「意外でした」
 と、言ったのは天くんだ。透き通る声に耳を傾けるついでに、隣に視線を移した。
 現在、僕が最も苦手とする体を張るタイプの番組の収録真っ只中。かなりグロッキーな気分でひな壇に座って敵チームの活躍を眺めていると、同チームに配属された同じく待機中の彼が、冒頭の言葉を発したのだった。
 珍しく主語がない。ひとまず首をかしげる。
「僕の運動神経が?」
「いえ、それは重々……。千さんのチャームポイントですから」
「あれ……もしかしてディスってる?」
「まさか。百さんが『そんなダーリンも超キュートだよね』って言ってましたよ」
「ふふ、知ってる。モモの手にかかれば、泥水に顔面から突っ込む僕も世界一キュートだよ」
 細くて形の綺麗な眉がピクリと動いて、けれどそれ以上は歪まなかった。表情管理が完璧なのはいつものことで、今は特に(音声は拾われないにせよ)カメラに抜かれる可能性があるから尚更だろう。
 ちなみにさっき、僕の失敗によってチームの点数がとんでもなくマイナスになったところだ。天くんの残した数々の功績を全て水の泡にしているので、僕たちの相性は見事だと言えた。
 そもそも、アイドルだからって常人より高くジャンプなんて出来ないし、そのまま壁に張り付くなんて以ての外だ。残念ながら、モモが僕をお姫様抱っこしたまま飛んだ方が倍は飛べる。
 と、ちょうどモモがジャンプしているのを見て思った。
 ジャンプと同時に、スタジオ全体がワッと声を上げ沸く。僕はため息をつく。世界一可愛くて頼りになる相方は敵チームな上、業界随一のフィジカルを遺憾なく発揮し、次々と満点を叩き出していた。
 いくら手袋やジャージ全体にマジックテープがついているとしても、足元は普通のスニーカーなのだ。それで壁登っちゃうのは、やりすぎじゃない? よく見れば、一番高い場所の、その上にまで手が届いてしまっている。
 全身が壁に引っ付くため、自力で降りれずスタッフに救出されるところまでが醍醐味とされるゲーム。それなのにモモは力技で壁から体を剥がし、地上へとひとり軽やかに降り立った。
 観覧席が黄色い声をあげて大きな拍手を贈っている最中、僕の顔がワイプに抜かれた、のが、モニターに映った。
 これはあれだ、圧倒的勝者を相方に持つ圧倒的敗者の図。
 モモが煽るように手招きしてくるので、わざとらしくため息をつき、肩をすくめる。黄色い声が更に大きくなる。隣の天くんは、そんな僕を慰めるように頭を撫でてくれた。へえ、いいねそれ。
 想像以上に悲鳴が轟いた。
 その中で一際大きな声を出していたのは当然モモで、彼にビシッと人差し指を向け「負けないよ、天!!」と高らかに宣言。天くんも天くんで、「受けて立ちます」と好戦的に返した。
 うーん、このチームプレイ。敵味方関係なく、惚れ惚れするね。ひと仕事終えたしもう帰っていい?

 メインのチームにカメラが戻ったところで、天くんはスン……と表情を元に戻して僕から自然に距離を取った。あれ、おかしいな。モモと天くんで僕を取り合うシナリオの筈なんだけど。
「百さんチーム、点数凄いことになってますね」
「うわ、本当だ。モモも、チームメイトの子も凄いな。若手俳優だっけ?」
「運動自慢が揃ってるのはあそこだけですからね。……ああ、ボクはこれから、一人であの点数の倍を取らなきゃいけないのか……」
「天くんなら余裕でしょう」
「他人事だと思って」
 そんなことはない。ただ純粋に、僕は僕の戦力外っぷりを理解しているだけ。だから天くんが僕とタッグを組むことになった。自分の有能さを、是非誇らしく思って欲しい。
 今のモモの活躍により、僕チームとの点差は約1万点となった。まだ中盤戦でこの点差は前代未聞だと、実況役のアナウンサーが熱っぽく語っている。Re:valeは新記録樹立が趣味なので、それも仕方のないことだと言える。
 とはいえ、最終ゲームでの勝者に5万点入るような、定番のガバガバ採点方式を採用しているのもこの番組だ。僕的には、そこで天くんが華麗に全ポイントゲットでゲームセット、千チームの勝ち、として欲しいところ。
 僕の考えなんてお見通しだろう天くんは、しらーっとした目つきで僕を見る。基本的にモモ派閥の子だ、僕への当たりはそれなりに厳しい。まあ、たった二人のチームなのにこれだけ足を引っ張っているのだから、甘んじて受け入れるけど。
「で、意外って?」
 冒頭の言葉を拾い直す。そもそも天くんから話題を提供してくれること自体少ないので、その機会を逃すのは少し勿体無い気がしたのだ。次の休憩まで出番はもう無いし、暇潰しにもちょうどいい。
「……昨日公開された写真ですよ。百さんと、狗丸トウマの」
「ああ。あれね」
 ある人気雑誌によって『アイドル16人の素顔を知りたい』というコンセプトで始まった企画は、毎号発売の度に好評を博しているらしい。一ヶ月に2号分発行され、天くんは環くんと、僕はナギくんと同タイミングの撮影だった。
 そして今回は、満を持して愛しの相方・モモが参戦、というわけだ。相手はトウマくんで、なるほど肉食対決、と素直に理解した。露出多めで、一部のファンがとても喜びそうなカバー写真。公開直後からラビッターのトレンドを席巻したとモモ本人から聞いている。
 が、感想と言えば、ひとまずそれぐらいだ。天くんにとって何が「意外」なのか分からなかった。
「モモ、最近やたらとボディメイクに凝っててさ。撮影用にパンプアップしとかなきゃ、って気合い入ってたよ」
「あそこまで仕上げるの、流石に意外でした。ちょっと別人みたいで……」
「うちのモモ、やる時はやるからね。あの筋肉でメイド服着ろって言われたって、きっと完璧に着こなすし」
 まるで我が事のように自慢げに言えば、「そうですね」と軽く流される。
 あら。なるほど天くんは、僕みたいなヤツの扱いがよく分かっているのだと素直に感心した。例えば大和くんならここで、「どんな設定の何の衣装なんだよ……」とかなんとか言って、僕に詰られる隙を作るから。何度話しても同じ隙を作るあたり、大和くんのそれは天性のものだとは思うけど。
 天くんがモモに視線を向けたまま、どこか言葉を選びながら続ける。
「どちらかというと……千さん向けの企画に近い気がしたので。もちろん『背中で語る』のコンセプトは百さんにピッタリだと思いますけど」
「……確かに、筋トレはともかく僕の方が脱ぎそうか」
 天くんがオブラートに包んでくれた言葉をそのまま取り出すと、若干バツが悪そうな顔をする。別に失礼でもなんでもないのに。自分が天くんの年の頃なんて、どれだけ明け透けな物言いをしていたか知れない。脳内で、若い頃のバンが頭を抱える姿が浮かんだ。
 モモは明るくて健康的な、お茶の間のヒーローだ。そんな彼が脱ぐのはギャップ狙いであることが多く、狙い通り評判はすこぶる良い。まあ僕からすれば、クールな表情や口角を上げて妖しく笑ってるモモも、正しくモモなのだけど。
「その通りだよ」
「え?」
 今度は僕が主語を抜く番だった。天くんが不思議そうな顔をして僕を見るので、それにならうように視線を合わせる。
「提案されたの、僕が先だった。最初は全然違ってさ、音楽にストイックな僕が夜は……みたいな感じ? どちらかというと虎於くん寄りだね」
「突然毛色が違いすぎませんか。……うわ、想像しただけで死人が出そうな……」
「うん。だからモモPからNGが出ちゃったんだよね」
「……は? P?」
「プロデューサー。僕が脱ぐ系の企画、基本的にモモが目を通してるんだよ。その上でほぼNG」
 天くんの顔があっという間に曇っていく。というよりは、うんざりしているのかもしれない。それを顔に出さないように努力しているせいで、なんだか奇妙な表情になっていた。これが大和くんだったら、全力で顔を歪めて「マジで聞くんじゃなかった……」とか言っている。
 別にいいのに。その分いじるし。それが嫌なんだろうけど。
「……確実に需要があるのに? 百さんらしくないですね」
「そう? モモが僕の裸を世間から隠そうとしてるの、可愛くない?」
「……」
 天くんが敢えて触れなかった部分を無遠慮に触るのは二回目。そろそろ怒られるだろうか。
 僕の裸、確かに需要はあるだろうけど。自分の欲求を優先することも数え切れないほどあるのがモモだ。特に僕関係になると、よく目の色が変わるし。『ユキが素肌を見せるタイミングは、オレが決める……!!』と豪語していることは、天くんには言わないでおくことにした。きっとショックを受けるから。
「今回モモが文字通り一肌脱いだのはさ、割と戦略的だったと思うよ。僕がお色気路線やると、虎於くんと雰囲気被りそうだったしね」
「お色気……」
「モモのお色気はさ、『うちのモモの体、凄いでしょ?』って見せびらかしたい気持ちにさせる。健康的なセクシーさって、いいよね」
「………千さんって」
「うん」
「どこまで本気で」
 そう言いかけた天くんの横からぬっと現れた腕が、小さな頭をぎゅっーっと抱き締めた。
「……ッ!?」
 目を白黒させ、警戒心丸出しの猫みたく一瞬で全身の毛を逆立てた天くんは、
「コラー! 仲間外れは禁止ですぞーッ」
 と聞き馴染みのある声を聞いた瞬間、元に戻るどころか、露骨に体から力を抜き「苦しいですよ」と笑った。その笑顔がびっくりするほど柔和で心を許したものだったから、僕はパチクリと目を瞬かせる。
 ……おかしいな。モモと天くんで僕を取り合うシナリオの筈なんだけど?
 カメラに抜かれていないのをいいことに、モモは天くんを思うままもみくちゃにする。それに気づいた観覧席がにわかに騒ぎ始める直前で、パッと離れて出雲通りを装った。
 今は自分たちにフォーカスが当たるタイミングでないことを分かっているような動き。放送日にSNSでレポートを書かれることを見越した、モモなりのファンサービスだった。こういったことで幾度もバズっているのがモモだ。そして大抵、後輩を巻き込んでいる。それもまた戦略のひとつ。
 後輩想いで頭が下がるね。
 それからは二人での会話が中心となって、モモのチームメイトくんも混じって三人でわいわいしている姿を微笑ましく見守っていた。
 真相は、眠かったのであんまり喋りたくなかったってだけだけど。

 暫くして、観覧席を入れての収録分が終了した。
 全員で締めの挨拶をしてから客席に手を振りつつ、スタジオからぞろぞろとハケていく。勿論これで終わりなはずもなく、衣装を変えた後にもっとハードなゲームが始まる。カゴを背負ってボールをキャッチとか、アーチェリーとかクライミングとか。考えただけで更にグロッキーな気分だ。眠いし、楽屋で仮眠でもしてやろうかなと思う。
 が、モモは違ったらしい。楽屋に向かう途中、元気が有り余った様子でふんすと鼻息荒く提案された。
「ねえねえ、ラウンジ横のフリースペースあるじゃん、あそこで龍と楽も呼んでワンナイト人狼やろうよ!」
「ナシ」
「ナシですね」
 お手本みたいに声を揃えた僕と天くんにモモが目を見開き、よよよと大袈裟によろけた。
「い、いつの間にそんな仲良しに……!?」
「でしょう。強力なライバル登場だね」
「百さん、ボクが相手でも手を抜かないでくださいね」
「抜くわけないじゃん! でもオレ、絶対負けないんだから……!!」
 メラメラと瞳に炎を燃やすモモを見つめる天くんの瞳は優しい。昔、まだ彼が業界に馴染む前。モモが天くんを助けてくれたのだと、本人の口から語られたことを思い出す。僕も同じ場所に居たはずなのに、評価に大分差があったことに笑った記憶も呼び起こされた。あの時から、モモは天くんのヒーローなのかもしれない。
 まあ、分かるよ。
 僕にとっても、魔法使いで、ヒーローで、最強の相棒だし。

 TRIGGERのセンターをRe:valeで挟んで歩く姿は、さながら保護者とその子供だ。周りのスタッフが微笑ましそうに僕たちを見つめているが、普段から大きな男二人に挟まれているからか、天くん自身は慣れた様子だった。
 TRIGGERは今回全員別チームに配置されていて、楽くんのチームと龍之介くんのチーム(と言っても全て二人一組だが)は僕たちより先にハケていた。
 絶対負けるから人狼はしたくないけれど、龍之介くんと楽くんを呼ぶのは賛成だ。
 やっぱりパズルのピースはしっかり揃っていた方が、見ていて気持ちがいいし安心するから。

 結局三人でRe:valeの楽屋に戻り、パイプ椅子に腰を下ろして一息。休憩は一時間近くある。モモはTRIGGERを集結させようと二人にラビチャを送っている。ひとまずゲームは諦めて、雑談をする気らしい。モモのチームメイトは同期と一緒にラーメンを食べに行ったらしい。若さって凄い。この後もっとハードな運動するのに? と若干引いた。
 ――ところで。
 廊下を歩いている最中から、僕はずっと、天くんが言いかけた一言について考えていた。
 正面に座る天くんと目があって、ちょうどいいので考えていたことの結論を述べてみることにした。
 なにせ僕は眠く、龍之介くんと楽くんが来たら軽く挨拶をして、すぐに寝る心算だから。畳の小上がりはこの為にあるわけで、使わないのは勿体ないし。
「……? どうかしましたか?」
「みんなが知った〝つもり〟になったことの中に、僕〝しか〟知らないことがあるのって、よくない?」
「……は」
 主語がなくても、賢い子だ、すぐに察したらしい。途端、絶対零度の視線が僕を射抜いた。その遠慮のなさに、懐いてくれた気がして嬉くなる。
 勘違いです、と言われたくないので口にはしないけど。
「セクハラはやめてください」
 突然飛び出した不穏な単語にギョッとしたモモがスマホから顔をあげた。
「えっ? ちょっと、なんの話? せ、セクハラ!? ユキが天に!?」
 モモの動揺は構わず続ける。まさか自分が話題の中心であるなんて、夢にも思っていない様子だ。
 天くんの刺すような言葉に、肩をすくめて、おどけて返す。
「酷いな。素直に答えただけなのに」
「だから厄介なんですよ……」
 どこまで本気か、と天くんは僕に訊いた。そんなのは。
「全部本気だよ」
 だから『見せるための裸』なんて、いくらでも晒してくれて構わなかった。カメラ越し、写真越し、それだけじゃ決して知り得ないものを、僕だけは知っている。もっと言えば、僕だけが、知ることを許されている。
 それに、ボディメイクを頑張るモモは可愛いし。一生懸命で偉いし。何より、誰よりも格好いいから。
 僕がにっこりと微笑むと、天くんは頭痛を庇うように頭に手を置いた。
「楽、龍、早く来て……」
「て、天ちゃんっ? どしたの? ユキに何されたの!?」
「とんでもなく惚気られました。訴えたら勝てるぐらいに」
「い……今の会話が!? テレパシーでも使ったッ……!?」
「ごめんね。聞いてくれる人があんまりいないから、つい」
「ま、マジで伝わってる……!!」
 それからモモが、ずるいずるいオレだけ仲間ハズレなんてひどいと騒ぎ始めたところで、タイミングよく龍之介くんと楽くんが現れ、モモの慰め役を買ってくれた。
 訳もわからず先輩を宥めすかすことになった二人を見守りつつ、少しだけ抑えた声で天くんに話しかける。
「ところでこの後、モモチームには勝てそう?」
「……ちょうど、モモさんにボクの良いところをうんと見せて、千さんから奪い獲ろうかと考えていたところでした」
「ふふ、やる気十分で最高だね」
 でもね、それは出来ないし、させないよ。
 するつもりで、小さな頭をぽんと撫でた。想像よりずっとサラサラで、びっくりしてもうちょっと撫でていると、モモが飛んできて感触はいつもの猫っ毛に変わった。


 その後。
 チームは宣言通り、良いところを見せまくった天くんのお陰で僕らが優勝。
 それなのに、アーチェリーでのみ高得点を出せた僕に対し、モモは自慢げに「うちのユキ、やる時はやるんです!」とふんぞり返っていた。
 天くんが心底うんざりと「似た者同士……」と言ったシーンはしっかり電波に乗り、その週の顔になったのは言うまでもない。

   *

「……で、天と何の話してたの。のろけ話って、何!」
「モモ、すっごい怖い顔してる。そんな顔、天くんに見せちゃダメだよ。百年の恋も冷めちゃう」
「……なんかぁ〜〜天の話ばっかすんじゃん……。天はオレのなのに……」
「………あ、そっち? ちょっと。僕が盗られそうなことに嫉妬して欲しかったんだけど」
「天がユキを盗ることは、天地がひっくり返っても、ないね……」
「言うね。……で、天くんはモモのだとして。モモは誰のなわけ?」
「……ユキのだね」

 顔をちょっと赤くして満点の答えを出したモモは、その後天くんに「ボクはファンの子たちみんなのものですけど」とこっぴどく叱られていた。
 そもそも、僕が「モモの」だし。
 大人げないとは分かっていても、ここは絶対、譲ってあげない。





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