接待上手だよね。
と、ユキは言った。
「せったいじょうず……?」
「うん。僕のこと気持ちよくさせる天才だなって」
「き、気持ちよくなってたのッ?」
「全力でサポートしてくれるじゃない」
「……そんなの最初だけでしょ? 今はお互い様じゃんかー」
試射場で微動だにしない標的へ狙いを定めて撃つ、を機械的に繰り返しながら、ユキの準備が整うのを待っている時間。だらだらと身のない会話をするのが定番になってどれくらいの月日が経っただろう。
それでもって、なんの気のないユキの言葉に、毎度無駄にドギマギするのも何回目だ?
ボイスチャットツールでの通話は、ゲームを始める前、ユキが帰宅直後から繋ぎっぱなしだ。だからゴソゴソと着替える音も、何かをなぎ倒しただろう音も、何か飲み物を飲んでいる音も、全部クリアに聞こえる。
これじゃ生活音AMSRじゃんと笑ったら、何それ、ときょとんとされたっけ。そういう用語にはてんで疎いようだった。
「何度も言うけどさ、別にすぐに繋がなくたって、準備出来てからでいいのに」
「え? モモは僕と喋りたくないの? 僕、ずっと喋ってたいのに。本当はゲーム終わった後だって繋いでおきたいぐらい」
ねえ、そんなこと、シラフで言う?
とは言えなかった。ちょっと赤くなった顔を冷ますように手でパタパタと仰いでから、作ったようなおちゃらけた声で返した。
「寝落ちもちもちだ!」
「もちもち?」
どさ、とソファに腰掛ける音が聞こえて、それが準備完了の合図。
「ごめん、お待たせ」
「はいはーい」
そう言ってユキのログインを確認し、同じチームに入ってきたところでキャラをピックしスタンバイだ。
全く同じタイミングで『START』のボタンを押下した時――〝噛み合ってる〟ってこういうことだと、強く確信するまでがルーティーン。
今から、オレたちの時間が始まる。
*
この手のゲームをするなら当たり前のことだが、ゲーム内でランダムにマッチングする相手なんて、素性など全く知らない赤の他人だ。
二人一組で参加が基本のゲームに、野良で一人迷い込んだユキを見つけたのは、だから本当に偶然だった。
普段は複数の友人とローテでタッグを組んで挑んでいたFPS。その日は誰も捕まらず、SNSで相手を募集するのも面倒で、ソロで参加していた。
決まったステージで安全地帯を確保しつつ、武器や補給品を回収し、接敵した相手チームと戦闘し最後の一組になるまでそれを続ける。勝ち残った1チームだけが、『1ST』の称号を得ることが出来るという、極めてシンプルなバトルロイヤルゲームだ。
ソロでトップを獲るのは流石に難しいので、今日はあくまでエイム――標的に照準を合わせる動作――の練習を兼ねてのゆるっと参加で。
そんな気分でマップをうろついていたところで、ユキに出会ったのだ。
安置読みも出来ていない、ポジション取りも不十分、そもそもエイムが超不安定。明らかな若葉マークが、それなりに上級ランクの二人に囲まれてボコボコにされている。
それは明らかな初心者狩りの姿で、カチンときたオレは短射程武器であるサブマシンガンを捨て、まだ漁られていなかったボックスから長射程武器のスナイパーライフルをひっつかんだ。
気づかれない場所まで敢えて飛び、遮蔽物の間を縫うようにスコープを覗く。すぐそばをふよふよと漂っていたピンクの正方形フレンドマスコットが、射程距離と与ダメージを読み上げる。
最高ダメージが読み上げられた瞬間、息を詰めるように狙いを定めて、一発。
バシュッ。風を切る音と共に頭は弾かれ瞬殺だ。仲間がこちらに気づくより先に、そっちの頭も撃ち抜いた。
さっすが、最高145ダメージの即死武器。
とはいえ、普段ならここまで簡単に仕留められない。カモになってる初心者がいたお陰で完璧に決めることが出来ただけだ。
すぐに地上へ降り立ち、その初心者の元へと走る。
(お、おお……!?)
このゲームはアバターの見た目を自分好みにカスタマイズ出来るのも人気の理由の一つで、オレは没入感を深める為、自分の見た目に完全に寄せたアバターを使っていた。
ボロボロで瀕死状態の初心者は、シルバーのロングヘアで、顔も一番綺麗なパーツを使っているようだった。イケメンになりすぎて逆に使えないだろ、みたいなパーツ全部載せの顔で、驚いた。
なるほど。理想の顔を作りたいタイプか。オレみたいに、自分に寄せてるってことは無さそうだ。
なんて考えているうち、現実味のないイケメンはオレを不思議そうに見上げた。
ゲームのアバターにしっかり見惚れていたことに気づき、ハッとする。
あのキャラメイクうまいですねだからビックリしちゃって!!
全部が口から出そうになって、慌てて飲み込んだ。いくらなんでも、最初の一言がそれは怖すぎる。
ボイスチャットをONにして回復用の医療キットを渡し『よかったら使ってください』と伝える。相手もすぐにONに切り替え『いいの?』と返事をくれた。
うっっっっ……わ。
ヘッドセットから直に耳に届いた声は、異様なほどに艶っぽく、しかし不思議と爽やかさもある、とんでもなくいい声だった。ゲーム内部のボイス機能なんて、音質はたかが知れているのにこのレベルって。
アバターの見た目にこれ以上ないほどしっくりきて、一瞬で脳がバグる。
いや、でも、このイケメンアバターにぴったりの声って、それだけでもヤバくない?
『親切にどうも。……この人達を倒してくれたのも、君?』
『え、あ、……は、はい! あんなのリンチだから』
『有難う、本当に助かったよ。もうPCの電源切ってやろうかと思ってた。初めてのログインでこれはなくない?』
『え、今日が初日なんですか!?』
あまりのいい声ぶりに気圧されながらも、なんとか会話を続けていく。
声色からするに、年上だろうか? ともかく中高生でないことは確かで、一切の敬語が省かれた口調なのにもかかわらず、全く嫌味がなかった。
――とはいえ、初日。初日かあ。
恐らく、友人と一緒にログインした、ということでもなさそうだ。初回無料ガチャで絶対にもらえる、戦闘をサポートしてくれるフレマスすら装備していないのだ。
立ち話をしているうちに【フィールド縮小開始】のアラートが画面上に出現した。
このフィールド外に出るとダメージを食らってすぐに死んでしまうので、円状のフィールドの中へ中へと参加者は追い込まれていく。自然と別チームとのマッチ率が上がり、相手を倒さざるを得なくなるというわけだ。
多分この様子だと、それすら知らない。折角医療キットによって体力を回復させたのに、みすみす見殺しにするのは気が引けた。
野良で出会った初心者に色々教えてあげることは珍しいことではない。オレはそれなりに場数をこなしてきた上位ランクのプレイヤーだし、この人を守って戦闘は、普通に練習にもなるかも。
『あの、このままここに居るとオレたちすぐ死んじゃうんです』
『え、そうなの? どうすればいい?』
相手も、自然と教えを請う姿勢だ。
ならば、と手に持っていたパッドのキーをぐっと押し込んだ。
『こっち、ついてきてください!』
『うん』
縮小していくフィールドから逃げるように、敵に見つからないように、建物の間と間を縫うように走る。敢えてアイテムが取りづらく人気のない場所へと移動する。建物の中に入って一息ついたところで、そういえば、と気づいた。
『お兄さん、名前は?』
『千斗。みんなにはユキって呼ばれてるよ』
あんまり普通に言われて、びっくりして固まる。みんなには、って、絶対現実の話してるよねこれ!?
『……もしかしてそれ本名ッ?』
『え、うん』
『ちょちょちょ……あ、危ないよ!? ネットで本名名乗るの、禁止!!』
初対面だというのに、あまりの無防備さに驚愕して思わず口調が崩れた。こんな危なっかしい人がFPSって、どんな風の吹き回し!?
『そうなの? じゃあ、もう言わない。で、君の名前は?』
催促され、いつも使っている「ハル」と名乗ろうとして――やめた。
『……百瀬。オレは、モモって呼ばれてるよ』
『え。もしかして今本名教えてくれた?』
『だってフェアじゃないじゃん……完全にもらい事故だけどさあ……ッ』
『ふっ……はは! ネットで本名名乗るの禁止なんじゃないの?』
『しょうがないじゃんかー!! ユキさんが悪い!!』
『ユキでいいよ。すっごいな。近年稀に見るいい子に出会っちゃった』
『オレは近年稀に見るネット音痴の人に出会っちゃったって感じ……』
『音痴ってほどじゃないと思うけど。……ねえ、僕もモモって呼ばせて?』
……だからいい声でそんなこと言わないでってば!!
*
――というのがオレとユキの馴れ初めである。
何度思い返しても、そこそこ特殊な出会い方だ。初っ端から、はじめましてとは思えないほど波長が合っていたし。
初対面のその後、数時間かけてゲームのルールや武器の使い方、補給品の使用タイミングなどを叩き込み、フレンドコードを交換して、それからは殆ど毎日のように一緒にゲーム上で会っている。
現在は外部ボイスチャットツールを使っている為、会話の音質も向上した。初めてそのツールを使って会話した時、耳に直接この声が届くのはなんだか「やばい」気がして、結局ヘッドセットは使わなくなってしまった。今はもっぱらPCのスピーカーと、外付けのマイクで会話をしているのだから、妙な話だ。
最初の数戦は手慣らしと決まっていて、世間話はそのまま続く。
「あ、そうだ。僕、今月これからちょっと忙しくなるんだよね」
「そっか〜〜……。仕事関係?」
「まあそんなところ。……だから暫く、ログイン出来ないかも。出来たとしてもかなり遅いと思う」
「うん、わかった。残念だけど、落ち着いたらまた出来るんでしょ? 仕事頑張れ!」
「……うん。頑張って、すぐ戻ってくるね」
ユキの、ほっとしたような声に、ちょっと心がくすぐったくなる。
だから少し気が緩んだのかもしれない。普段は口にしないようなことを、ついこぼしてしまった。
「んー……オレもさー、そろそろ色々考えなきゃなーって時期なんだよねえ」
「へえ。就活、つまずいてる感じ?」
バキョーン。ドゴーン。
画面の中でも外でも、ユキは慣れた様子で爆弾を投げた。
「…………ぅえっ、……………えっ!!?? な、なんで分かったの。あれっ、オレ、歳とか言ってたっけ!?」
「ううん。ごめん、ただのカマかけ。こんなちゃんと引っかかると思わなかった」
「ちょっ……!!」
「ほんと、素直すぎて心配になるよ」
「待って待って、それユキにだけは言われたくないんですけど!?」
出会って即本名を暴露したユキほど素直な人間、探そうと思ってもそうそう居ない。もはや世間知らずとも言えるその行動は、ユキの浮世離れ感を補強するに余りあった。どれだけ喋っていても、どことなく掴めない部分がある感じ。それはのらりくらりかわされているわけではなく、ユキ自身の性質のような気がしていた。
だってユキは基本、どこまでも素直で、裏表が無い。……気がする、だけだけど。
「うわーもう……全然言うつもりなかったのに〜〜……」
「聞かなかったことにする?」
「手遅れじゃん……。絶賛モラトリアム中なのバレたぁ〜〜……」
「もう? あんまり言いたくないけど、流石に早すぎるでしょ」
「うー……」
分かってはいたことだが、ユキの言葉からは年上の余裕を感じる。圧倒的に大人なんだろう事実を突きつけられた気がして、ちょっとしょげた。
「オレのこと、ガキだって思う?」
「思わない。そもそも、僕らの関係に実際の年齢とか社会経験の差とか……そんなもの要る?」
「……なにそれイケメン……」
「モモに育ててもらったお陰かな」
否定しないところが更にイケメン。
顔なんて見たことないけど、ユキは絶対に顔もスタイルもいいに決まっていると、何故だか確信していた。まあ、この完璧な見た目のアバターに引っ張られている部分は大いにある。
「いつかモモに会う日が来たらさ」
「……うん?」
「僕に接待の仕方教えて」
「ええ、なにそれ? 接待する仕事なの?」
「そうね。そんなとこ」
昇進目前のサラリーマンとか? と考えてみても、どうもしっくりこない。何も知らない割に、ユキが人の下につくイメージが全く出来ないのだ。
「オレが出来る接待、それこそFPSで初心者キャリーするぐらいしかないんだけど」
「それが一番知りたいんだよね。僕も、初心者をキャリーする為に始めたから、このゲーム」
「…………???? わ、かった……????」
ちっとも意味が分からないながら、適当に了承する。
この時は、ほんと浮世離れしてんなあ、ぐらいで流してしまった。
の、だけれど。
*
某日、渋谷。
すれ違いざまに、運命としか言いようのない出会い方をしてしまった男が二人。
スクランブル交差点を渡った先のカフェで、向き合って喋っていた。
あのイケメンすぎるアバターを、現世にそのまま送り込んだらこうなるのか。そんな見目の男は、オレを前にやたらと上機嫌だ。スリーピースのスーツはどう考えても仕立てがよく、オーダーメイドの文字が頭を過る。
銀糸のような髪は風なんて吹いてないのに、ずっと靡いているような錯覚に陥った。よくわかんないけどキラキラしまくってるし。
出会っちゃったんだからいいよね、と。渡されたのはプラスチックの名刺。ペラペラじゃないだけで大いにビビっているというのに、名前の横に付記されている役職名に、腰を抜かすほど驚いた。
「……だ、だいひょうとりしまりやくしゃちょう……?」
それなのにあんなに毎日ログインしてたのヤバくない?
オレたち『1ST』獲ったの、昨日だって覚えてる?
全部全部喉元まで出かかって、全部全部引っ込んだ。手汗やばい。プラスチック汚れる。オレは慌てて名刺を置き、ナプキンで手を拭った。
「そんな大きい会社でもないけどね。あのゲームも、他企業との交流会でやる予定だったから始めたんだよ。『キャリー頼む』って先方から言われてて、最初は全然意味分かんなかったんだけど」
意気揚々と話すユキは、確かに通話での声そのものだ。
むしろ、当然ながら音質は通話以上にクリアなので、耳に直接はちみつとメープルシロップとチョコソースとマシュマロ溶かしたやつを混ぜた液体を流し込まれているような心地だ。
いや、声が。いつもの何倍も甘すぎる。
困る、めちゃくちゃ困る。
「はぇ、あ、……。そ、なんデスカ……」
「ちょっと。今更敬語とかやめてよ。そういうの、一番要らないって話したでしょう」
「う、うう……。でも、緊張は、する、じゃん……!?」
「これからは一緒の部屋でだって出来るじゃない。接待の仕方、教えてもらうならそっちの方がいいと思ってたんだよね」
「なに、なんで」
「モモの操作画面、隣で見てた方が分かりやすいし。……モモがどうやって僕を〝気持ちよくさせてた〟のか、隣で見学させてよ」
明らかに含みのある言い方をされて、ボッと火を吹いたように赤くなる。かんっぜんにからかわれてる、これ。
大人の余裕が恨めしい。
「いやマジでもうほんとに無理だって……」
「あ、いいね。敬語抜けてきた。その調子だよ、モモ」
「…………マジで無理だって!!!!!!!!!」
オレのバカみたいに脈打つ心臓と、真っ赤に染まった顔と、震える声。
それを全部全部受け止めるみたいな優しい瞳と甘い声、頬の輪郭を楽しげに撫でる指先。
全部が綺麗に噛み合って、離れがたくなる日が来てしまったらどうしよう。
かくしてオレとユキの、二度目の馴れ初めはこんな感じ。
これからの人生どうなるかは――ひとまず、神のみぞ知る。