人生で初めて『Re:vale』として出演した番組の出来は、間違いなく散々だった。
 しかしそれも当然と言えば当然の話だ。デビューして間もない上、テレビ業界の作法など何も知らないひよっこ二人が、突然地方局の情報番組に送り込まれ十分な成果をあげられるはずもない。
 岡崎事務所社長・岡崎凛太郎曰く。
『置物でいい』
『顔を売れ』
 顔を売るというのは、文字通り、千と百の顔を出来るだけカメラに抜かせろ、という意味だ。
 とはいえ素人同然の二人には酷な話だった。千は文字通り置物でしかいられず、百はカメラを意識しすぎるあまり口数が増え続け、しっかりと空回った。
 現場に立ち会っていた凛太郎にしこたま嫌味を言われる覚悟で戻ると、男は意外にも満足気だった。
「ぽっと出の新人が完璧に立ち回る方が、よっぽど可愛げがないからな」
 下手にプレッシャーをかけたのは、むしろ〝こう〟なって欲しかったからだ、と種明かしをされ、脊髄反射に近い速度で脛を蹴ってやった。
 マネージャーかつ弟である岡崎凛人は、その場にうずくまる凛太郎へ呆れ顔を向けた後、しかし不本意そうに「社長の言う通り、ディレクターへの感触は上々でした」と教えてくれた。
 その話の間中、百は心ここにあらずで、ひたすら顔を青くしていた。


 車で送っていくという凛太郎からの申し出を丁重に断り、電車を二回乗り換えた頃には、辺りは橙色に染まりつつあった。冬場の夕暮れは寒々しくて好きではなかったはずが、今はその落ち着いた色にどこか安堵を覚えた。二人の失敗を嗤うような快晴が、憎らしかったのかもしれない。
「各駅で帰ろう」
 と百に提案すると、地面を見つめ続けていた彼は否定も肯定もしなかった。
 都心であれば帰宅ラッシュであろう時間帯、片田舎であるここのホームに人はまばらだ。快速に乗っても余裕で座れることを知りながら、百の沈黙を肯定と受け取り、次にやってきた各駅停車に乗り込んだ。
 乗り遅れないようにと引いた百の腕は、冷え切っていた。
 前方車両だったせいか、二人以外誰も乗っていない。期待以上のガラガラぶりにほっとして、真ん中の席に腰をおろした。百も、のろのろと千の隣に座る。
 視線の先にある窓ガラスには、ホームの景色に重なるように憔悴しきった百がうっすらと映っていた。
「……癪ではあったけど、結果オーライってことなんじゃない」
 そう口にしても、百はピクリとも動かなかった。
 これまでの人生、誰かを慰めることをしてこなかったせいで、これ以上何をどうすればいいのか分からない。かといって、放っておくことが正しいとも思えなかった。

 発車ベルが鳴り、スライドドアが閉まると、ガタン、と車両が揺れ始めた。そのまま電車は目的地に向かってゆっくりと走り出す。ほんの数秒で、視界いっぱい真緑に作り変えられた。
 地平線まで広がる田園風景は、海辺育ちの千にとってどこか異世界めいている。それは都内に住んでいた百もきっと同じだ。
 本来であれば窓越しの絶景に様々な感想を述べてくれただろうことを思うと、この状況は単純に残念だった。
 橙色が車内に差し込み、二人も車両と同じ色に染まる。眩しさに目を眇めると、隣から蚊の鳴くような声が漏れ聞こえた。
「……もっと、うまく、やれたと思うんです」
「うん。モモくんならすぐに慣れちゃいそう。明日には番組MCやってそうな雰囲気あるしね」
「今日出来なきゃ意味なかったのに」
「そう? ディレクターのウケ、良かったって言ってたじゃない」
「……それはでも……結果論、ですし……」
 珍しく食い下がる姿を前に、やっと感情が戻ってきたな、と息をついた。このままロボットのような百を連れて帰るのは、味気なさ過ぎると思っていたから。
 百の肩に腕を伸ばし、側頭部を掴んでよいしょと力を込める。
「んわっ」
 千の肩口に倒れた丸い頭は、あっちこっちに髪が跳ねていてくすぐったかった。突然のことに、百が慌てて体勢を戻そうとするのを、力を込めて許さない。
「な、な、えっ、ゆ、ユキさん……っ?」
「悔しい気持ちは分かるけどさ」
 これだけ走っていて、電車の速度は一向に変わらない。一駅ずつが長いお陰で、こうして百と二人きりで話せていることが、千にとってはただ幸せだった。
「僕はそれより、モモくんと一緒にテレビに出れて、嬉しかったよ。Re:vale千と、Re:vale百ってテロップに出たのも、最高だった」
「……」
「君とデビューしたんだって、実感した。置物なりに、色々感慨深く思ってたんだよ。……置物だったから分かりづらかったと思うけど」
 役に立たなくてごめんね、までは言わないでおいた。それはきっと百を傷つけるし、より追い詰めることになる。
 千の言葉を飲み込んだ百は、しばらく固まった後、ゆるゆると体から力を抜いた。もう千が押さえずとも、頭は肩口に乗っている。静かに手を離すと、百が言葉少なに続けた。
「オレも、ほんとに、嬉しかったです」
「ね。だからこそ、うまくやりたかったんだろうなっていうのも、分かってるよ。有難う」
「……ありがとうなんて、言わないで……」
 声の僅かな震えから、涙を堪えているのが分かった。聞こえなかったフリも不自然かと、ぽんぽん頭を撫でてみる。肩への重みがぐんと増して、それがひどく心地よかった。
 置物には置物なりの役割があったらしい。今やっと、本当の意味で果たせたのかもしれない。
 流れ行く景色は未だ代わり映えせず、時折ぽつぽつと一軒家が見える程度だ。
「各駅だから、あと一時間はかかるよ。ちなみに朝が早すぎたから、僕は眠い。モモくんは?」
 問いかけるのと同時に、軽くあくびが出た。凛太郎が見たら、緊張感が無さすぎると苦言を呈するかもしれない。そんなのはビンタで黙らせると決めている。
 百が小さく息を吐き、観念するように言った。
「……つかれました」
「じゃ、寝よう。頭借りるね」
 許可が降りる前にこてんと頭を重ねて、目を閉じる。跳ねた髪はくすぐったく、けれどふわふわとしていて気持ちが良かった。
 橙色は次第に色をなくし、夜の到来はすぐそこだ。
 異世界から日常へ。
 いつかまた、大きくなったらお礼参りにあの局に行こう。そして今度こそ、広大過ぎる緑を前に、多弁になる百を笑うのだ。

 どうせ誰も見ていないからと、近くに力なく落ちていた手を取った。
 電車に乗ってすぐの時よりは随分マシになった温度。もっと上げてあげたくて、ぎゅっと握りしめる。
 百は受け入れるどころか、どこか縋るようにして握り返してきた。

 *

「モモ、おはよう」
 耳心地のいい声が、百の意識を現実世界へと引っ張りあげる。普段と逆だな、と思うより先に覚醒して「おはよぉ」と答えた。
 一瞬で返事がきたことに、千が目をぱちぱちと瞬かせ驚いている。あ、その顔可愛い、寝ぼけつつそんなことを思った。
「モモって、寝起き凄くいいよね。信じられない」
「んー、どこかのねぼすけさんが悪すぎるだけかも?」
「起き抜けに知らない男の話をするのは野暮だよハニー」
「あれ? オレはいつだってダーリンのことしか考えてないのに……」
 うん。寝起き一発目の夫婦漫才も、上々だ。むにゃむにゃと目を擦りながら起き上がって、そこではたと気づいた。
「え、膝枕ッ?」
「? そうだよ。頭が肩からずり落ちちゃったから、ちょっと移動させた」
「ええー! それ、ちゃんと写真撮ってもらった!? ラビスタにあげたッ!?」
「だ、誰に撮ってもらうの。おかりんは今挨拶回り中だし……」
「え、ええ〜〜〜! そんな……超貴重な機会が〜〜〜!! オレのバカ〜〜〜!!!」
 地方局の小さな小さな楽屋に、百の絶叫がこだまする。
「今日せっかくのリベンジなのに……! 幸先が悪いよ幸先が!」
「大袈裟だな。でもまあ、こういう時こそモモの腕の見せ所なんじゃない?」
「なんて軽やかかつ雑なフォロー……」
 一通り大騒ぎして満足した百は、パイプ椅子から立ち上がりぐっと伸びをする。この場所に来るのは二回目。Re:valeが初めて出演してから、もう四年が経っていた。なかなか都合が付かず、お礼参りが遅くなってしまったことを申し訳なく思う。
 無事――とは言い難いものの、紆余曲折ありながらも五周年を迎えたRe:valeにとって、この番組は特別だ。あの時の失敗が無ければ、今の百はいない。何も成果をあげられなかった悔しさに絶望した日、電車に揺られながら握りあった手のひらの温度を、今でも確かに覚えている。
 くるりと千の方を向く。完璧なあつらえで佇む彼は今日も綺麗だ。目が合うと、にっこりと微笑まれた。
「今日は電車で帰ろうか」
「名案! ……と言いたいところだけど、ぜーったいユキが先に音を上げるね。逃げ遅れて、ファンの子にもみくちゃにされるよ。服のボタン、全部弾け飛ぶかも……」
「モモが助けてくれるから大丈夫。ちゃんと手、引っ張ってね」
「んはは! 責任重大だにゃ〜!」
 千の冗談にけたけたと笑いながら、けれどその提案は、とてつもなく魅力的に思えた。
 あの日見ることの叶わなかった窓越しの風景を、二人で楽しめたなら、それはきっと、いや間違いなく、最高だ。
「……一駅分ぐらいなら乗っても許されるかなあ?」
「え、本気?」
「ちょっと! ユキが言ったんじゃんか!」
「あはは、ごめん嬉しくて。そしたらおかりんに、次の駅で待っててもらおう」
「いいね、バレて追いかけられたら、駅につけてる車に飛び乗るんでしょ? スパイアクションものだ!」
「各駅に乗ることもちゃんと伝えておかないとね。逃げた先に車が無かったら、僕ら〝詰み〟だよ」
「イエッサー!」

 リベンジという名の収録は大成功に終わり、果たして計画は実行に移された。
 美しい田園風景に目を奪われたり、時折現れる桜並木に騒いだり。わざわざレポート風に実況もしたりなんかして、目立つことには事欠かない。
 その姿を、千は笑いながら動画におさめていた。

 それなのに、同じ車両に乗っていた老夫婦にはついぞ声をかけられず、
「オレたちまだまだみたいです」
 とカメラに向かって眉を下げながら笑った。



冬は必ず春になるから