最低最悪の季節の到来。手のかじかみがそれを教えた。
 苛立ちをなだめるためにしこたま赤ワインを飲み、ベロベロに酔っ払った状態でベッドへ潜り込む。
 寝室の暖房をオンにすることも忘れない。本当はつけっぱなしで寝たいけれど、喉を守るためにオフタイマーは必須だった。
 泥沼の眠りを無理やり覚醒させんとするけたたましいアラームが恨めしく、そして何より冷え切った部屋を憎んだ。
 寒い。とにかく寒い。最低最悪。冬とかいう季節。誕生日があるとか、関係ない。それとこれとは全く別問題だ。そもそも、全身全霊で祝ってくれる人間が出現する前までは、誕生日すら面倒なイベントでしかなかったのだ。
 ひとまずアラームを止め、もう一度目を閉じる。スヌーズは5分置きに設定されているので、十回目ぐらいで起きればいいだろうといつものようにたかをくくった。
 うとうとと瞼をおろして、引力に逆らうことなくもう一度眠りについた。
 この季節、良いことと言えばひとつしかない。


 数えていないが、多分5回以上はアラームを止めた時だった。はあ、と息を吐く音が聞こえたかと思うと、
「おはようございまーーーす!!」
 怪獣の叫び声が、突如部屋中に響いた。個人スタジオの次にセンシティブな場所である寝室に、なんの躊躇もなく入れるのはこの世に一体、いや、一人しかいない。
 愛しい相方の、モモである。
 ぼふんっ、とベッドのスプリングが大きく跳ねて、今日の安寧はここまでと悟った。来たる時を前に、毛布の中で胎児のように体を丸める。
「寝顔もハイパーウルトラセクシーだけど起きてる時が一番イケメンと有名なRe:valeのユキさーん! 起きてくださーい!」
 心地よい重みで僕を守ってくれていた毛布は力いっぱい剥がされて、お別れを迎えた。当然冷気が全身を襲う。この瞬間が世界で一番嫌いで、こんな仕打ちはないだろうと悲しくなる――どころか普通に腹が立った。
 起床断固拒否の姿勢で丸まり続けていると、「オレは今日、締切の擬人化です!」と耳元で叫ばれた。うるさすぎて鼓膜がキィンと鳴る。商売道具に傷がついたらどうしてくれるんだ。
 が、抵抗する気力はまるで起きない。寒いし、眠いから。
「…………締切は、お呼びじゃないよ………。帰りなさい……」
「違うんだよなあ。締め切りはずっとここに居るんだよ? ユキが、オレの元へやってくるのが正解なの!」
「おやすみ」
「ちょっとぉ!」
 お客さんお客さん、終点! 終点来ますよ! ほらほら起きてぇー! と、普段のささやきボイスとは真逆の叫びが続く。ということは、次は部屋の窓を全開にされるのだろう。
 この作業は既にルーティーンと化しているが、そもそも前段階三つで僕がちゃんと起きたことはない。ただただ、締切の擬人化くん――モモが楽しいからやっているだけである。
 まあ、十二月に入って毎日これでは、遊びに昇華しなければやってられないのは分かる。僕だって、冬の僕はとても手に負えない。が、春から秋にかけては遅刻知らずの僕なのだから、ワンシーズンぐらいの怠惰は許して欲しかった。モモの真面目さは恐らくサッカー部由来であり、万年帰宅部だった僕からすれば、その文化を持ち込まないで欲しい、の一択だ。
 なんてことを考えていたら、体がふわりと持ち上がった。
「うぇっ……っぷ」
「あ、ユキってば超お酒臭い! 昨日も飲んだの!?」
「のんだ……ことを、今思い出させられた……から、おろして……」
「んー、じゃあ、担ぐのやめるかあ」
 そしたら世界がぐるりと反転して、またしても「うぇっぷ」と声が出た。
「じゃじゃーん、お姫様抱っこ♡」
「………お城に帰りたい……」
「ダメだよ〜。悪い魔法使いのオレに攫われちゃったんだから」
「王子じゃないんかい……。せっかくだし、キスして起こしてよ」
「いやだから魔法使いなんだって。酒くさいユキ姫様、解釈違いだしにゃ〜」
 それ。たまにモモが言う〝解釈違い〟とかいうやつ、意味が分からなくて嫌い。
「それよりさあ、ユキのこと普通に運べてるの凄くない?」なんて言って、ふふんと得意げなモモは可愛いが、とことん憎かった。可愛さ余って憎さ百倍である。鼻歌を歌いながら行儀悪く脚でドアを開け、そのままリビングへと歩き出した。
 僕は力なく運ばれ、このままソファに座らされるかと思いきや、朝ごはんを作ってとお願いされる。もう、知ってるのだ。だって昨日も、一昨日もやった。
 が。
 ドサリとソファに放り投げられると「今日はオレが作ってあげるね!」とキッチンへ消えていったので、心底驚いた。ソファに落とされた衝撃で、思いっきり吐きそうになり意識も冴える。
 しばらく仰向けで天井を見つめてから、仕方なくのろのろと起き上がった。二日酔いにはギリギリなっていないものの、頭の中身がぐわんぐわん回るような心地だ。
「……ねっむ……」
 地を這うような低い声に改めて驚き、これだけの不機嫌を朝からモモにぶつけてしまったであろうことを少し反省した。
 モモが戻ってきたら、ソファに雑に放り投げたことに対し文句を言いつつ、起こしてくれて有難うと伝えよう。
 よくよく考えたら、今日はミキサーとの新曲ミックス最終打ち合わせ日である。明らかに遅刻したらアウトな予定な上、モモに参加の予定はないのだ。
 次第に意識が覚醒していくのと同時に、頭の中も冷静になっていく。この瞬間も嫌いだ。自分のダメさ加減に嫌気がさすから。
 普段であれば、モモのために朝から料理を作ることでイーブンとしているのに、なんで今日に限って――と様子を見に行こうと立ち上がったところで、耳を疑うような音がキッチンから聞こえた。
 
 ガガガガガ ボンッ!!

 漫画みたいな音をさせるな。
 慌てて音の方へと駆け出す。一瞬で辿り着いた先では、モモがオーブンレンジからとんでもない量の煙を出し、途方に暮れている姿があった。
 僕を放り出してから十分も経っていない。よくここまでの惨事を生めたな、と逆に感心した。あの箱の中には一体何が眠っているのだろう。想像するのも恐ろしかった。
「……」
「……」
 立ち上る煙を二人して呆然と見つめ、少ししてからモモが言った。
「……目ぇ覚めた?」
 にへらと笑う顔は、いたずらがバレた時の子供のようなバツの悪さがあった。
「こら。ワザとやったみたいに言わない」
 そりゃ完璧に覚めたけれど。
 やっぱり朝ご飯は、僕が作るべきだと確信した。モモは僕を担いだ代として、丁重にもてなされるべきだし、美味しい美味しいとほっぺたを落とすべきだ。
「なんで今日に限って料理するなんて言ったの?」
「もっと別の方法で驚かせようと思ったの……」
「なるほど。大成功だね」
「思ってたのと違うんだよにゃ〜!?」
 次こそは! と意気込む前に、モモの顎を掴む。そのままチュッとキスをして「次はこれで起こしてね」と念押しした。
 毎朝のように愛用のオーブンを破壊されては、美味しいご飯を作ってやれない。自称悪い魔法使いは、修理用の魔法を知らないだろうし。
 不意打ちを真正面から受けてしまったモモが、恨めしそうな声を出す。
「く、酒臭い口にキスとか、いやなんですけど?」
「ふふ。いつもしてるくせに」
「はっ? はっ……、…………はっ!?」
「解釈違いでもさ、今度は舌でも入れてみて。そしたらちゃんと起きてあげるよ、王子様」
「ッッッ……!? はっ、な、なん、なんで知っ……!!??」
 だってモモ、扉を開ける音もかなり大きいし。
 キスする前に息を止めて、キスしたあとに安堵したみたく息を吐くのまで、ルーティーンだ。
「ほら、もうリビング戻って。モモのお陰で目も覚めた」
「う、嘘でしょ、いつ、いつから……っ、いつからだ、言え、言えー!!」
 最初からって言ったら、いったいどんな反応をするのだろう。
 モモの茹で上がるような顔にインスピレーションを受け、今朝はトーストにりんごたっぷりのフルーツヨーグルトを添えた。

 この季節、良いことと言えばひとつしかない。
 ――ちっとも起きない僕のため、君がひっそりキスしてくれる。
 寒さの中で最低最悪と呻く中、それだけは、どんなお伽噺にも負けない自信があった。



ツメが甘いよ王子様