「あ、そうそう。この前モモとヤッたんだよね」
「おまえさ、俺になんでも話すその姿勢、改めた方がいいぞ…………」
世界一聞きたくなかったな、と大神万理が項垂れるのを折笠千斗は不思議な気分で見ていた。
改めろと言われても、そもそもこんな話は万理相手だからこそしているわけで、この特別扱いが理解出来ないなんて〝あり得えない〟と思ったからだ。
「おい、『何言ってんだこいつ』みたいな顔やめろ」
「何言ってんだこいつ、って思ってるんだから仕方なくない?」
その返事に全てを諦めたらしい万理が、がっくりと肩を落とし「マジで知りたくなかった……」と呻く。そんなにショックを受けるだなんて予想外だ。何せ万理は、千斗と春原百瀬の仲の良さを誰よりも知っている。
万理の二つ後輩である百瀬は、他校かつ年上でお世辞にも愛想がいいとは言えない千斗に対して、初対面から『ユキって呼んでもいい?』とタメ口で話しかけてきたような猛者だった。
天真爛漫、コミュ力限界突破、今世紀最大の後輩王――とは誰が言ったか(万理だ)、始めこそ距離感のバグり方に驚いたものの、これぐらいの気軽さで接してもらえた方が千斗としても気楽だった。そもそも百瀬は、千斗が嫌う要素がひとつもないという稀有な存在だ。
それからは千斗が放課後、万理たちの高校へ訪れるたびに話すようになり、休日に三人で遊ぶようになって、更には万理が彼女にかまけている間、万理抜きでも会うようになった。
そこからはあっという間で、出会って三ヶ月目の日曜日、千斗の部屋でセックスをした。
「展開が早い。どっかでページ飛ばしたのかと疑うレベル」
「そう? むしろ僕的には遅いぐらいだけど」
「色欲魔神のおまえと一緒にされたら百くんが可哀想だろ」
「ナニソレ。モモと会ってからは他の女とセックスとかしてないし」
「……ッッッ……えッ!? ウッソだろ!?」
万理が椅子から飛び上がるほど驚いて、二人の間にあった机がガタガタと大きな音を立てる。幸い放課後の教室には二人の他に誰もおらず、注目の的になることは避けられた。
「その驚き方、ちょっと僕に失礼じゃない……?」
「いや、いやいやいや……毎日毎日女をとっかえひっかえしてた〝あの〟折笠千斗だぞ……? 高校生のくせに裏の通り名が〝美食家〟だったおまえが……? 驚かない方が無理あるだろ……」
「ちょっと、ナニソレ初耳なんだけど。ダサくない?」
はあー、そっか、マジなのか。そうか……。
千斗の返しなどそっちの気で、呆けたような安心したような声を出す万理に対し、露骨に顔を顰めた。一つ年上の男は、時々やたらと上から目線――というより、兄貴ヅラをする。それがなんとも言えないくすぐったさと居心地の悪さを生み、千斗を所在なくさせるのだ。
「まあ、とにかくそういうことだから。邪魔しないでね」
「邪魔って何を」
「僕の恋路」
「……へー。……………………は!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
今度こそ窓ガラスが割れる勢いで叫んだ万理は、ガターン! と椅子を倒して立ち上がった。大袈裟すぎる反応に、流石の千斗も目を白黒させる。体ごと前のめりになった万理から、のけぞるように距離を取った。
「す……す、好き……ってことか? 百くんをっ?」
「は? 好きじゃないのにセックスしたと思ってたの?」
「どの口がそれを!!??」
万理の絶叫に対し、千斗が当然のように補足する。
「好きじゃないから出来るセックスと、好きじゃなきゃ出来ないセックスがあるでしょ。モモは完全に後者だし、こんなの人生初だよ」
だから邪魔せず、応援だけをよろしくね。
そう言ってかんぺきに微笑んでみせた千斗に、万理はひたすら「嘘だろ」としか返せない。天変地異とはこのことだと、その後も暫く絶句していた。
*
「『藪蛇になるから邪魔も応援もしない』だって。ほんと万って冷たいよね」
「あちゃ〜……もう言っちゃったんだ? あとでバンさんに謝っておこ……」
何を謝る必要があるのだ、と千斗は憮然とした。百瀬が苦笑して、宥めるように頭を撫でてくるので、そのまま百瀬の肩口にこてんと落とす。甘えるようなその仕草を当たり前に受け入れられたのは、ここが千斗の部屋であり、誰も二人を見ていないからだった。
万理がさんざん驚愕している間に、サッカー部の活動を終えた百瀬が教室に顔を出した。これ幸いと見せつけるように百瀬の手を引き、さっさと教室を出る。万理の表情はやけに複雑そうで、それがどんな感情かは図りかねた。
百瀬は千斗の突拍子もない行動を気にもせず「今日もユキんち?」と一言だけ聞いてくる。こくりと頷くと嬉しそうに表情を華やがせた。それがうまく形容出来ないほど可愛い顔だったので、素直に「可愛いね」と言ったら「そりゃね、モモちゃんはキュートでやってますから!」とピースサインを送られた。それすらも、とても可愛い。
それ以降は、サッカー部でのあれこれだとか(モモは一年生にしてエースという優等生だ)、今日の授業での一幕であるとかを千斗に身振り手振りで話してくれ、会話に花を咲かせた。
父親は夜遅くまで自営のジャズ喫茶に籠っているし、母親はプランナーの仕事で各国を飛び回り殆ど帰ってこない。両親の放任主義に対し今までは感慨ひとつなかったが、百瀬と出会ってからは、揃って不在がちで居てくれることに感謝を覚えるようになった。
だってモモは声が大きいから。
ベッドの上でゴロゴロし始めてそれなりの時間が経過した頃、うつ伏せでスマホをいじっていた百瀬の背中を撫でた。唐突な千斗からの誘いに、ビクッと体を震わせる。顔だけを千斗に向けて、百瀬が八重歯を覗かせるよう口を大きく開いた。
「びっくりしたー! え、今日もするの?」
「うん。ダメ? 明日休みだし」
「いや、いいけどさ。オレいちおう、サッカー部所属なんですケド?」
「じゃあ、今日は挿れない」
「すっごい、ヤリチンみたいなこと言ってる〜〜」
「そうなの?」
ヤリチンってそんなこと言うんだ、という千斗の言葉に苦笑しつつも、百瀬もまんざらではない顔だ。
じゃあ一応、一応だけど準備してくるね。そう行って、百瀬は慣れた足取りでバスルームへと向かった。片手にローションを携えての一応、とは。
普段誰よりも快活で、性のせの字も知らないような笑顔を振りまいているくせ、いざ千斗に触れられると顔を赤らめ、目をとろつかせる。でもそれは、恐らく演技なんだろうと思った。千斗を視覚でも楽しませようとしてくれているだけで、本来はもう少し、男っぽいはずだ。
そう。演技出来る程度には、百瀬はこういう場に慣れているらしかった。
初めてセックスをした日も「自分で準備してくるね」とさっさとバスルームに消えてしまい、千斗は自室に取り残されていた。とはいえ、千斗は男同士でのやり方をちゃんとは知らなかったので、百瀬が詳しくて助かったところもある。当然挿入もスムーズで、そのお陰でかなり楽しませてもらった。
千斗にとって、体の相性は心の相性と同じかそれ以上に大事なものだった。好きじゃなくても大抵の相手が抱けるのに、好きになったら毎日抱きたくなるに決まっている。百瀬と出会って初めて知ったことだが、好きな人が出来るとその人しか抱きたくなくなる、という現象も起こった。なるほど、特定のひとりに絞るというのは、こういう心境なのか。千斗はまた一歩人間に近づいた。
ともかく。相手が慣れていたお陰だとしても、セックスをした結果お互いに気持ちよくなれたのだ。そして千斗は百瀬が好きである。
そんなのもう、告白する以外ないだろう。そう思い、事後百瀬に声をかけようとしたところで――あまりに軽いノリで「気持ちよかったねー!」と言われ、はたと気づいた。
――あ、これ、セフレ前提でセックスされた可能性があるな、と。
百瀬が部屋に戻ってきて、笑顔で千斗に抱きついてくる。いつも自分が使っているボディーソープの香りが漂って、そんなことで簡単に興奮した。
ベッドに押し倒し、わざわざ着直していた制服を手早く脱がせると、素肌があらわになる。やけに整った肌はきめ細かく触り心地がいいのでお気に入りだ。
胸元に手を忍ばせると、ふふ、とくすぐったそうに百瀬が身をよじった。
「舐めていい?」
「いちいち聞かなくていいよ〜恥ずかしいから!」
――本当に恥ずかしいと思ってる?
とは聞かずにおく。演技力高めの百瀬に、いちいちつっこんでいったらキリが無さそうだ。
そして今更ながらに、他の男にもこういうことを言ってきたのか、と嫉妬心が湧き上がった。
胸元にある主張控えめな飾りに、当てつけのように噛み付くと、鍛えられたしなやかな体がビクリと跳ねた。
「わっ、ちょ、な、舐めるって言った……!」
「同じようなもんでしょ」
今度は宣言通りぺろりと舐めると「ひぅっ」と甘い声が上がる。また甘噛みして、舐めてを繰り返していくうち、漏れ出る喘ぎ声がどんどん大きくなっていった。
「うっ、やあっ、も、それ、やだぁっ!」
「なんで? 真っ赤に腫れておいしそうだよ」
「ひぐっ、だ、から、腫れるの、はずかしいから……っ、噛まないでぇっ……!」
なるほどモモは、噛まれると案外興奮するタイプ。脳内のノートにメモして、一切触れていなかった他の部分にも手を伸ばした。
「にゃあっ!?」
「ふふ、『にゃあ』だって。可愛い」
「ひ、は、耳元で、しゃべ、るなぁ……」
既に主張していた下半身にスラックスの上から触れて、ゆるゆると撫でる。ぐんと硬くなったそこに機嫌を良くしてもっと優しく触れると、百瀬の目にはハートマークが浮かび、とろとろに溶けていった。それから、目だけで「もっとちゃんとさわって」と懇願してくる。千斗はその願いを素直に聞き入れ、ジッパーを下げてボクサーパンツごとずるりと下ろした。
既に完勃ち状態の先端からは先走りが漏れていて、しとどに濡れている。
「もうこんなびちゃびちゃにしちゃったの?」
「い、いちいち言わなくて、いいからっ」
そうするとモモが喜ぶ言ってるだけだよ。そう返す代わりに竿を掴む。カウパーのお陰で楽に扱けるそこを、触れるか触れないかの力加減で、にゅるにゅると優しくもどかしく刺激を与えていく。
「ひっ、あっ、ううっ」
「きもちい?」
「は、ふ……っ、うんっ、あっ、あぅっ♡」
上下運動に合わせてビクビクと腰を震わせ、今にもイッてしまいそうな反応が続く。百瀬は慣れている割に(慣れているからこそだろうか)快感に弱かった。
このままどんどん快楽に溺れて、自分でなければダメな体になればいいのに。告白はそれからでもいいんじゃないか? なんて邪悪な考えが浮かんでは消える。
ソフトタッチに近い刺激がもどかしすぎたのか、モモが半泣きで腰を浮かせ「もっと、もっと」と口を開く。まだ始めてそう時間も経っていないのに、ここまでメロメロのぐずぐずになっていて大丈夫だろうか。
千斗の手によって張り詰めたそこを指先で撫で、耳元に唇を近づけて優しく言った。
「一回イッておこうね」
「え? ……ぅあッ!? ま、まって、やだぁっ、ごしごしするの、やだっ! は♡ あぅっ♡」
今までの優しい刺激とは比べ物にならないほど強く扱くと、百瀬はすぐに降参してびゅくびゅくと射精した。日焼けしていない生白い肌にかかる精液が扇情的で、ごくりと唾を飲み込む。
まだ痙攣が続く百瀬の体を容赦なく反転させ、うつ伏せになった腰を持ち上げ服従のポーズを取らせる。すると、百瀬が恨めしそうに言った。
「……しないって言った……」
「でも、後ろまでちゃんと準備して濡らしてきてくれたんでしょ。……使わないの、勿体なくない?」
「さ、さいてぇ……。っ♡ あっ♡」
ぷちゅ、と濡れた穴に中指を挿し込むと、百瀬の形のいい尻がふるりと揺れた。そのままずぷずぷと埋め込んで、中の〝いいところ〟を探していく。それも、百瀬が教えてくれたことだ。
いわく、中には前立腺というものがあって、そこのしこりを押すとたまらなく気持ちよくなる――
「ふぁ、や、そこっ……んぁッ!?」
「あ、ここ?」
指先にほのかに掠めるそれが前立腺だとわかり、嬉しくなってぐいぐいと指の腹で押し込む。
「あっ、だめっ、だめぇっ、そこやだぁ……! ……ッ♡♡♡」
あっという間に上り詰めた百瀬が、今日二度目の射精を迎える。先ほどより勢いが無くなったそれは、とろとろと細く零れてシーツに濃い滲みを作っていった。
ちゅぽん、と指を抜いて、またしても体を反転させる。脚を開かせて間に割り入った。息も絶え絶えの百瀬が、「え」とうつろに問う。
「うしろからじゃ、ないの……?」
「うん。顔が見たくて」
「……見られたくない……」
「逆に考えなよ。僕の顔見て出来るの、モモは嬉しくないの?」
「…………」
沈黙は肯定だ。そもそも百瀬は、千斗の顔が相当好きな部類なのだと思う。いわゆる、面食いというやつ。千斗としてはこの顔になんの思い入れも無いが、百瀬を喜ばせる要素の一つとなっているならば幸いだった。
額がくっつくほど近くまで顔を寄せる。唇が触れるギリギリのところで喋った。
「初めては後ろだったから、今日はこっちでした。……いいよね?」
もう「だめ?」とは聞かなかった。どうせ拒否されようが反故にするだけだ。百瀬もそれを理解しているらしく、仕方なさそうに首肯した。
まだ一枚も服を脱いでいなかったことに気付き、正常位の体勢のままインナーごとシャツを脱いだ。百瀬の目に一気に光が戻ったかと思うと、そのまま凝視されて笑ってしまう。
「どうしたの」
「着痩せ、するよな〜って、思って……」
「そう?」
まあ、百瀬がそう言うならそうなのだろうと片付ける。そんなことより、と前をくつろげて「挿れるね」と自身の先端をぐしゅぐしゅの穴にぺとりとつけた。
「っ、……はい……っ」
急にしおらしくなって、可愛い。初めての時も、挿れる時だけは少し怯えた様子だった。そもそも千斗のものが大きいらしいので、仕方ないのかもしれない。これからもっと回数を重ねて、期待に胸を膨らますような反応が出来るよう躾けていけばいい話だ。
百瀬の両脚を抱えるようにして持ち、ゆっくりと腰を進めていく。ぐぷぐぷ、とローションに空気が混ざる音が卑猥だった。
「あっ、ふぁ、あっ……」
「っ、はあ……」
百瀬の中は、女のものとは比べ物にならないほどの締め付けな上、内側のヒダが絡みついてくるので、気を抜くとすぐに射精してしまいそうになる。ゆるゆると腰を進めていき、一番奥に先端がぷちゅ、とくっついたところで、一旦動きを止めた。
百瀬の体を抱きしめるように覆いかぶさると、その動きで中が反応し「んっ」と悶えるような声が聞こえた。百瀬の腕と両脚が、背中に巻き付いてくる。体が隙間なく密着して、挿入が更に深まった。
「っ、んっ♡ はぁ……っ♡ ゆき、きもちい……?」
「……うん」
気持ちいいなんてもんじゃない。そもそも好きな人を抱く、ということ自体初めてのことなので、脳が溶けそうという感覚に体が慣れていなかった。体を離すのが惜しく、そのままの体勢で腰を引き抜き、ガツッ、と抉るように穿った。
「んぁあッ!!」
モモの腕と脚から一気に力が抜けて、その代わり中がぎゅうぎゅうと搾り取るような動きをする。あえてそこから逃れるように腰を引いた。そしてまた強く穿ち、抜く、というのをゆっくり何度も繰り返す。都度体をビクつかせる百瀬の両腕は、今はシーツを掴んでいた。
なんだかそれが寂しくて、千斗は思わず、ちゅ、と音を立てて唇にキスを落とした。百瀬が一瞬呆けて、
「……へっ?」
キスをされたのだと自覚した瞬間、瞬く間に顔が真っ赤に染まり――今度こそ、逃げられないぐらい強く中を締め付けられた。
「モモ、ちょっと、締めすぎ、っ……」
「あっ、だって、やだ、おれ、ど、どうしよ、ごめ、ごめんなさ…っ♡ んんっ♡」
あれ、なんで、ごめんなさい、どうしよぉ、何度もそう言って、自分をコントロールできず混乱する姿が異様に可愛く見えた。たまらず頬に、額に、唇にと雨を降らすようにキスしていく。少し慣れたらしい百瀬の中が少し緩んだので、腰の動きをやと再開させた。
もういい加減限界も近く、ごちゅ、ごちゅ、と一番奥にぶつけるような動きをする。
「ひぐっ、うぎっ、にゃ、あっ♡ あっ、やぁ、も、むり♡ むりぃっ!!」
「はっ、無理? やめる?」
「や、やだっ、なんでっ、やめないで、やだぁっ……」
もう何がなんだか分からなくなってしまった百瀬が、大きな瞳からぼろぼろと涙を流し始めた。それをぺろりと舐め取ってから、丸い頭の後ろに腕を回して、ぎゅう、と強く抱きしめる。
一番奥が潰れてしまうんじゃないかと思うぐらいきつく打ち付けると、百瀬の中がぶるぶると痙攣し、その刺激で千斗は射精した。
「………っ、はぁっ……、あー……」
「ふっ、んんっ、あっ……♡♡」
一滴残らず種を注ぎ込むような野蛮なセックスも、ゴムを付け忘れたのも人生初めてだ。初めて尽くしの中、考えるより先に口が動いていた。
「モモ、好きだよ。こういうことするの、僕だけにしてほしいんだけど」
まだ抜いてもない状態で言ったのは、少し滑稽だったかもしれない。
百瀬は一度大きく目を見開きぱちぱちと瞬きをした後、
「ああ、なんだ、夢かぁ……」
そう言って気絶した。……はい?
*
百瀬が目を覚ますイコール、否が応でも返事をされるということだ。もっと段階を踏む予定だった千斗からすれば、予定外も予定外である。その場の勢いでの行動を反省し、ラビチャにて事の顛末を万理に伝えた。
『ヤッた勢いで告白ほどダサいものはないよね』『でも可愛かったんだもん』『断られる可能性大』『ならせめてセフレの中で一番になれるといいんだけど』
最後の一文を送ったところで、着信音が鳴った。万理からだ。普段こういうことは完全無視を決め込むくせに、珍しさに負けて、百瀬が寝ているにも関わらず思わず通話ボタンを押してしまった。出来るだけ小さな声で話す。
「どうしたの?」
『いやおまえ、何。セフレの中で一番、って!?』
「え? だってモモ、慣れてたし……絶対初めてじゃないから、他にも相手いるんだろうなって」
自分で言って、落ち込んだ。楽しむだけの相手としての一番は、やっぱり味気ないのだ。しかし千斗の言葉に、万理は暫く絶句し、そのあと『マジかよ……』と呟いた。電話越しでも、頭を抱えているのが分かる。
「さっきからなんなのそれ。俺は分かってます風のやつ、やめてよ」
『……千。俺は基本的におまえの味方だけど、百くんのことは後輩として物凄く可愛がってるし、幸せになって欲しいと思ってる』
「なにそれ。邪魔する気?」
『最後まで話を聞け! ああもう……。あのな千、信じられないかもしれないけど、百くんは基本、年上には絶対敬語の男だ。超体育会系に育ってるんだから、それが普通なんだ』
その言葉に、ひとまず「は?」とだけ返しておく。だからいったい何だと言うのだ。千斗の態度など気にもせず、万理はやたらと必死に続けた。
『その上、距離感の見極めが抜群にうまい。初めましてでタメ口きいてスキンシップするような子じゃ絶対にないんだよ!』
「へえ、そうなんだ。僕はそこに該当しなかったみたいだけど」
『いや、おまえなんて一番当てはまってるからな? 普段の百くんなら、完璧に距離取って様子見てじっくり詰めていって半年かけて仲良くなる。それも最初は絶対敬語』
「俺は百くんをよく分かってますアピールってこと?」
『ここまで来てそれか……。はあ〜〜〜……。じゃあこれ、最大のヒント。……百くんが千を知ったのは、俺が紹介した時じゃない。学祭でバンドやってるとこ見てくれたのが最初だよ』
「え?」
それは流石に予想外で、目を丸くする。百瀬から一言も聞いたことのない事実に、多少動揺した。そんな大事なこと、百瀬なら最初に言ってくれそうなのに。
『……あとはもう、本人から聞いてくれ。あーあ、百くん……こじらせすぎだよ……』
さめざめと悲しむような声を残し、万理は挨拶もそこそこに通話を切ってしまった。
ふむ、と顎に手を当てて、ベッドの方を振り向く。
「ねえモモ。万が変なこと言ってきたんだけど、どう思う?」
「………………」
そこには仰向けのまま、両手で顔を覆い隠した百瀬がいた。顔、首、どころか全身真っ赤にして、ぷるぷる震えている。
「……もしかして、今まで結構、無理してたとか?」
「………………バンさんのバカぁ………………」
いやそこで他の男の名前出さないでくれる?
千斗はムッとしてベッドに乗り上げ、百瀬に覆いかぶさった。
「ごめんなさい、近いです、勘弁してください……」
蚊の鳴くようなそれは完全に涙声で、まるで今までの百瀬が噓のようなしおらしさだ。これが本当の百瀬なら万理もある種の共犯だろう。千斗と百瀬を見つめる目がやけに複雑だったのは、親友がまんまと後輩を好きになった上、後輩の様子がおかしかったからだ。
「まあ、今日から全部教えてよ。あ、その前に、恋人になってくれる?」
「本気で言ってんのかこの人……」
思い出作りみたいなもので、バレたら逃げるつもりだったのに。
なんて言うものだから、逃がさないよう、もう一度キスをした。