「ユキが死んじゃったらオレどうなっちゃうんだろうなあ」
 口にするつもりはなかった。し、したつもりもなかった。数秒、何もない時間が流れてから、「あ」と、もう手遅れであることに気づく。
 オレ今、完全に口に出してたな。大分面倒なことを。
「……どうなってくれるの?」
 そして、今日のユキは乗っかるタイプのポケモンだった。あーあ。
 あとちょっと「面倒だな」とか「ダルいな」みたいな気持ちがあってくれれば。今が仕事中で、共演NGを出された女優とスタジオの廊下ですれ違って、オレに舌打ちするぐらいのハプニングがあれば、――オレの独り言を、会話に昇華なんてさせなかっただろう。絶対。
 しかし今日は休日で、ユキの家のリビングで、だらだらB級映画三昧なのである。
 そんなの、どんなにくだらない言葉だって、拾ってしまいたくなるだろう。普通。
「……『なってくれるの』って、悪趣味ですぞ」
「へえ。じゃあ、いつも通り過ごすの? 翌日からも普通に仕事出来るんだ」
「無理! 無理無理無理。絶対ありえない!」
 うえー、と舌を出す。
「そもそもユキは死なないじゃんね。とんでもないことを考えたオレが馬鹿だった……」
「ちょっと。勝手に人を不老不死にしないでよ」
「不老不死じゃん。ヴァンパイアだよ!?」
「モモ、そのネタ永遠に擦るよね。出演したのもう二年も前なのに……」
 ユキがオレの肩に頭を乗っけながら、ちょっと辟易として言う。
 ユキ主演の、女性層狙い撃ちのヴァンパイア×OL映画は、娯楽としては百点満点の出来だった。
 オレは当然狙った層のど真ん中にいたので、そりゃもう、何百回も擦ってる。というか、死ぬまで擦り続けることに決めている。ユキに首筋噛まれたいし、そのせいで眷属になりたいし、一緒に不老不死になって世界中を旅したい!
「それでも僕が死んじゃったら?」
「はい、この話終わりー! 縁起でもない!」
「じゃあ、モモが死んじゃったら僕がどうなるかって話もして、調整しよう」
「マイナスとマイナス掛けても、意外とマイナスなままのモノって多くない?」
「芸能界では特にね」
「ねー」
 そんな話をしている間に、流していたスパイ映画のエンドロールが終わり、主演俳優繋がりで別のB級映画が自動再生を始めた。
 観るタイトルを決めずに、流れたてきたものを最後まで観るという試み。興味がない映画でも、雑談を挟んでだらだら鑑賞するそれは、ある種究極の娯楽だった。こんなこと、相当時間に余裕がないとやらない。特にオレが。主にオレが。っていうか、完全にオレが。
 ここ最近はちょっと異常なほどに仕事が詰まっていて、それに準ずるように仕事後の飲み会も乱立していた。故に、流石のオレもこの二連休は一歩も外に出ないと決めている。ユキと過ごす二連休。一日目はデリバリー使って、二日目はユキの手料理。三日目は、同じ現場にオレの車で向かうことになっている。最高の休暇だ。
 で、そんな中、オレの失言により最高が最低になろうとしている。よくない。とってもよくないですぞ。
「なんでいきなりそんなこと考えたの?」
 流れ始めたオープニングで、この映画がB級を通り越してC級だと察したのか、ユキの口は止まらなかった。さっきから、全体的にタイミングが悪い。ここで、突然S級の――ショーシャンクとかそういう感じの――映画が流れ始めたら、二人で没入して、会話は自然と止まったに違いない。
 しかし始まったのは、女子高生がおっぱいを揺らしながら男のゾンビに追いかけられるタイプのやつ。死体も今どき見ないレベルのハリボテだ。こういう映画も「自由でいいな」って思えるから好きなんだけど。物凄く集中して観るものでは、まあ、無い。制作陣からして、ポップコーン片手にゲラゲラ笑って欲しくて作ってるのだろうから、当然っちゃ当然だ。
「……デカいな」
「デカいね。で、なんで?」
「全然誤魔化されてくれないにゃ〜〜」
「そりゃね。映画以上に楽しそうな話、逃せないでしょ」
「絶対楽しくない。えぐいやつだって!」
「そう? 仮定の話は面白いよ。芸の肥やしにもなる」
「ええー……? 絶対適当言ってるし……」
「ふふ」
 全然信じていないオレに、ユキが喉をくつくつと震わせる。猫ちゃんみたいな笑い方、可愛い。猫が笑ったところ見たことないけど。笑うならきっとこんな感じなんだろう。その様子から、今ユキが本当に上機嫌であることを理解した。
 それって即ち、オレの負けだ。猫ちゃんみたいなユキに勝てる存在は、この世にない。
「……はあ。さっき流れてた映画で、泥棒がキッチンでシロップつまみ食いしてたじゃん?」
「大胆な犯行だったね」
「アレがさ、もしこの家でさ、泥棒がユキのキッチンの調味料舐めてたら……ユキはきっと、泥棒に襲いかかる」
「え? そうかな? びっくりはすると思うけど……それやるの、むしろモモでしょ。危ないからしないで欲しいけど」
「う、そうかも……オレかも……。でも、その時はそう思ったの! で、襲いかかったユキが……ど、泥棒に……。ウウッ……許さない、絶対に許さない……!」
 近くにあったクッションを引き寄せ、ぎゅっと抱きしめる。怒りの矛先をクッションに向けることで、暴れ出したい気持ちを抑える作戦だ。
「そこは僕を抱きしめるべきじゃない?」
「ユキのこと、壊したくない……」
「流石モモ。かっこいいこと言うね」
 オレが笑う時みたいにきゃらきゃら笑って、ユキはクッションをよいしょと掴み、遠くへ放ってしまった。一瞬の隙を突いての犯行。なかなかの手練だ。そのまま、空席になったオレの膝の上に、ユキの頭が乗る。吸い寄せられるように下を向くと、ユキがオレを見上げた。この角度、オレがブサイクになるから嫌なんだけど。ユキってそういう細かいこと、全然気にしないから助かる。嘘。もうちょっと気にしてもよくない? とも思う。何につけても可愛いと言われるのはちょっと、男の沽券に関わるというか。もっと可愛いオレがいるはずなんですけど、というか。全力で可愛くしてるときに可愛いと言って欲しいというかッ?
「いきなり百面相してる」
「……あっ、いけない。ちょっと飛んでた」
「この状況で? ……まあいいや。それで、僕が死んじゃったら、どうなるの?」
「……どうなるも何も……。泣いて喚いて落ち込んで巨大化して暴れて、この世の全部破壊するよ」
「そんなの現実的じゃなくない?」
「そうだよ。だからオレが壊れるのが一番手っ取り早い。世界が壊せないことに激怒したオレは、この世界をあっさり捨てるね」
「わお。怖いこと言う」
「ちょっと! 何笑ってんの! 本気だよ!」
 至近距離でぎゃあぎゃあ喚いていると、ユキがオレの頬をすりすりと楽しそうに撫でた。ペットにするみたいなやつ。オレはすぐに喉を鳴らして、くうう、と唸る。
「くそう、飼い慣らされてる……ッ、怒ってるのにぃ……!」
「飼い慣らしてるうちに入らないよ。狂犬くんは誰も飼えない」
「そんなことないんですけど! ユキなら大歓迎なんですけど!」
「そう? じゃあ『僕の後を追わずに、Re:valeを続けて』って言ったら? 狂犬は守る?」
 ゾンビの持つチェンソーが地鳴りのような音を立てる。人々の雑な悲鳴がそこかしこから上がって、ブシュッ、ザシュッ、と安っぽいSEが流れた。オレは黙る。ユキは構わず続けた。
「あ、でもその代わり、モモが困らないぐらい沢山曲を残していくよ」
「……やめてよ」
「そしたらモモはさ、その約束を果たす為に、それこそ死ぬまでRe:valeをしなきゃいけなくなる。モモが守りたかったものは、守られるね」
「なんでそんなこと言うの」
「モモは何より〝Re:vale〟を守りたい子だから。嫌味とか、そういうんじゃなくさ。そういうところに、僕は救われもすれば、嫉妬したりもする。流石に、僕とRe:valeどっちが大事なんだとか、そこまで馬鹿げたことは考えないけど。どっちも大事なんだって分かってるしね」
 だから厄介なんだよね。
 と、ユキはなんでもないことのように言った。オレはその言葉を、よく理解出来なかった。
 ――いくらRe:valeが大事だからって。
「『ユキのいないRe:valeはRe:valeじゃない』って思ったでしょ」
「……思った、けど。当たり前じゃん! そんなの」
「それ、自分に置き換えてみて。じゃあ、モモがいないRe:valeは?」
「……それは、……Re:valeだよ。ユキさえいれば、ちゃんとRe:vale」
「言うと思った。じゃあ、ダメだな。モモは僕に反論出来る立場にないよ。僕ら同じことを言ってる。分かってる?」
 よいしょと腹筋だけで起き上がったユキは、Mission撮影後の余韻を感じさせる。普段だったら絶対そんなことは出来ないので、トレーニングの成果が出ているようだった。
「……訂正。今のユキなら、泥棒にも打ち勝てるし、絶対死にません! おわり!」
「だいぶ力技で終わらせに来たな」
 またユキが、きゃらきゃらと笑う。その笑い方、オレのがうつっちゃったみたいだ。なんだかキュンとするからやめて欲しい。こんな真剣な話をしてるっていうのに、ときめきすぎて死にそうになる。死なないけど。ユキもオレも死んだりしないけど!
「なんで泣きそうになってるの?」
「ユキが酷いことを言うのでッ?」
「可愛いね」
「ユキの笑い方のほうが可愛いんですけどッ! あ、でもそれってオレも可愛いってこと…?」
「どういうこと?」
 心当たりがなさそうなところ、本人は気づいていないらしい。そういうところにも、キュンキュンくる。あー、もう、絶対嫌。絶対ダメ。死なないでユキ。死なせないよユキ。
 やっぱりどう考えても、オレ一人でRe:valeをやるのは、無理だ。
「あ、そうだ。ちゃんと調整しなきゃいけないから、僕も話すけど」
「え? 何を?」
「モモが死んじゃった時の、僕の行動について」
「……どうするの?」
「どうすると思う?」
 質問に質問で返すのは反則だ。話すって言ったくせに。またしても空席になってしまった太ももに両手を置き、俯く。うう、と唸りながら、それでも考えた。
 オレが死んだら、ユキはどうなる?
 ……。
 …………。
「…………流石に、Re:valeを続けろとは、言えないかな……」
「でしょ? どれだけ悲惨なことになるか分かったもんじゃない。だから、モモの願いは叶わないよ。そもそも僕は、モモ一人だけにRe:valeをやらせたりはしないけど」
「オレが、どうしても続けて欲しいって言ってもダメ?」
「ダメ。Re:valeは、〝僕の〟Re:valeじゃない。〝僕とモモの〟Re:valeだ」
 ユキの手がオレの手に重なる。太ももに乗っけたままだったそれはきつく拳を握っていて、ユキの体温が滲みたことでやっと力が緩んだ。
 手をくるりと返して、恋人繋ぎみたくして、ぎゅっと握ってみる。テレビからひっきりなしに聞こえる叫び声が、静まりかえる部屋に響いた。
 映画はまだ中盤。もう話なんて分かったもんじゃないけど、別に構わなかった。それに大抵の場合、ゾンビから逃げおおせるか逆転勝利でハッピーエンドだ。それが分かっているから観る、ということすらあるのだし。C級にはC級の様式美がある。じゃあ現実は?
 ――うまい言葉が返せない。
 ユキの言葉は嬉しいけれど、はいそうですねと頷けるほど、物分りがいい人間ではなかった。オレはそういうタイプのポケモンで、ユキもきっと、分かってる。だから答えを強く求めないのだ。
 絡んだ指先に、きゅっと力が込められた。
 ふう、とユキが軽く息を吐く。
「――まあ、上出来かな。もしかしたら、『オレが死んでも、ユキはRe:vale続けられるよ! おかりんもバンさんもいるし、サポートしてくれる人は昔よりずっと沢山いるから!』とか言いかねないなと思ってたし」
「うわ、言いそう……」
「でしょ。でも、言わなかった。今はそれで、十分だよ」
「……採点甘くない?」
「それぐらい甘くしておかないと、モモとハッピーエンド迎えるの大変だから」
「オレ、ユキのターゲット層のど真ん中なのに。完全に狙い撃ちだし、攻略難易度Cなのに……」
「それ勘違いじゃない? 僕がどれだけアプローチしたって分かってくれないくせに」
「え?」
「ううん。いいや、この話はまた今度」
 手は繋いだまま、ユキの視線が画面へと戻る。オレも釣られるようにして視線を移した。
 いつの間にか、主人公がチェンソーを奪い取り、ゾンビに逆襲を始めていた。あまりの絵面に、二人同時に「ぶはっ」と吹き出す。
「これはなるわ。ハッピーエンドなるやつだわ」
「そうね。これでならなかったクレームものだよ」
 きゃらきゃらと笑う。部屋に響く。
 オレたちは笑い方すら似てしまって、将来どうなっちゃうんだろう。ゾンビに襲われても撃退するぐらいの気概でないと、お互い生きていけないんじゃない? 生きていけたらいけたで、自分に絶望しそうじゃない? そうはさせないし、なるつもりもないけど。
 くっついた手のひら、絡んだ指は、まだまだ離すつもりはない。
 ユキ、やっぱりオレ、完全に狙い撃ちだよ。今度じゃなくて、今話してよ。



つまりはハッピーエバーアフター