女優だのアイドルだのタレントだの。
ラブシーンなんて、誰が相手であろうと、減りもしなければ増えもせず、ただの演技でしかない。
――というのが僕の持論だ。その行為に〝Re:vale・千〟の感情は伴わないし、ましてや〝折笠千斗〟として心が動くなどということも、絶対にない。
しかし。誰もがそこまで簡単に割り切れるものでもないらしいことも、薄々勘付き始めていた。
なにせラブシーンをこなした相手が、ことごとく僕に惚れてしまうのだ。いや、笑い事じゃなくて。これはもう、一種の営業妨害である。
どんだけ堪え性がないんだ? いくらなんでも、惚れっぽすぎないか? 相手女優の所属事務所から続々と「共演NG」の連絡が入る度、僕は釈然としない思いを抱えていた。
……。これは例え話の体で語る、ただの実話だけれど。
昔々あるところに、ヒモ体質のバンドマンが居た。その男は、人を愛する気持ちがなくても、セックスが出来る男だった。恋愛沙汰を全てすっ飛ばして本能的な行為に時間を割くせいで、脳がバグって判断能力が死ぬ。そのせいで、たった一回セックスをしただけで、相手は男をやすやすと好きになってしまうのだ。
その上、その男は通常人間に存在するはずの【理性のボルト】が緩んでいるどころか、そもそも〝無い〟状態だったがために、「好きになってくれていいよ」という態度を常に取り続けていた。
であるなら、まあ、相手は男を、当然好きになるだろう。抱いて欲しいと願った瞬間抱いてくれる男。全てを受容する姿勢。その男に、何かを我慢する必要は、ないのだ。(余談だが、そのボルトはある男の子によって、新品を取り付けられる。よって、その後バグは消え、数え切れない相手との関係も終わった)
例え話のような実話、終わり。
で、だ。
今とあの頃とでは、男――すなわち僕――の在り方は全く違う。
Re:valeの千とは、アイドルであり、俳優であり、駆け出しであろうと、プロだった。
その駆け出しの相手が、ある程度年季の入った女優だったとしよう。彼女は僕に比べて、何倍もの経験値を持つ、正真正銘のプロだ。
そんなプロが、何故だか僕の〝演技〟を、割り切れない。キスひとつ、甘い言葉ひとつかけられただけで、目の色を変えてしまうのだ。ラブシーンなんてこなした日には、捕食者そのものの眼光で僕をロックオンし始める。
その度、僕は困り果てていた。
いや、簡単すぎるだろうと。そんなんで、なんで今までやってこれたんだ? と業界全体ひっくるめて不信感を抱くことすらあった。
自分はただただ、真摯に芝居に打ち込んでいる自負があるからこそ、腹立たしさが募った。
僕なんかに流されるな。あてられるな。惚れるのは、役の中だけに留めろ。
「いやいやそれは無理でしょ! 演技スイッチ入ったユキのイケメンっぷりは国宝超えて、世界遺産超えて、宇宙遺産だもん!」
極めて真面目に語っていた僕に、モモがきゃらきゃらと笑いながら元気に答えた。あんまり能天気な音を出すので、恨めしい気持ちが一瞬なりを潜めて、普通につっこんでしまう。
「宇……? なにそれ」
「宇宙遺産のこと? 今、オレが作って、オレが制定しました! ユキが最初で最後の登録者ですぞ!」
以前よりずっと砕けた口調の声が居間に響いた。ガタガタッ、と戸棚が揺れて、この家に住まう目に見えない住人までモモに賛同しているようだ。
ちょっと不思議な時間がひととき流れて、危うく「じゃあそろそろご飯でも作ろうか」なんて言いかけ、ハッとする。
違う。
なにも僕は、身の上話をしていたわけでも、お悩み相談をしていたわけでもない。
モモに対して、真剣に問いかけていたのだ。
「僕が聞きたいのは、そういうのじゃないんだけど」
「え? もっとウィットに富んだ感じがいい…!? 辞書引くからちょっと待って!」
「ち、違うってば」
床に置いていたスマホに飛びついたモモを慌てて制止して、腕を引っ張り向き合うように座らせる。モモの頭の上には、「あれ、違うの?」という、大きめのクエスチョンマークが浮かんだ。
頼むから、一発で理解してくれ。そんなものを、浮かばせるな。
「全然分かってみたいだから、もう一度ちゃんと言うけど」
「はいッ」
僕があえて作った硬めの声に、モモの背筋がピンと伸びる。素直でよろしい。
「モモがこれから撮るラブシーンが、心配」
「それ、さっきも聞いたよ?」
そう。さっきも言った。「ラブシーンって、大変だよ。大丈夫?」と。
そんなに言うなら、とモモは困ったように眉を下げて言った。
「……やっぱ、上手く出来るように、相手見つけて練習しといた方がいいと思う……?」
「はあ!?」
窺うような上目遣いに、思わず大きな声が出る。
練習。練習ってなんだ。誰と、どういった練習をするつもりなわけ?
「うわっ!? びっくりしたぁ! ユキ、なんか今日元気だねっ!?」
「練習って、何」
「あ、いや、その……、相手見つけて……ってのは勿論、無理なんだけど! オレだって曲がりなりにもアイドルだし!? でもそうなると……イメトレ……するしかないんだよねぇ……足りるかなあ、そんなんで」
しょん、と肩を落とす姿は叱られた犬のようだ。可愛いけど、口にしている言葉はちっとも的を射ないものなので、やきもきしてしまう。僕が口を挟むより先に、モモは独り言みたく続けた。
「一応、それっぽい映画とか観まくってるんだけどさ、なかなか自分の中に……チャラっぽくない、健全なエロさ? みたいなの、落とし込めなくて。うう〜〜……ごめん。確かに、心配させてるね……」
モモの肩が更に一段回落っこちる。縮こまった姿があわれなほどで、危うく「もういいよ」と言いそうになった。
またしても、ハッとする。違う違う。流されるな、僕。
モモの演技は悪くないどころか、どんどん上達しているし、今後監督からの演技指導が入りさえすれば、今こうして悩んでいることもあっさり解決出来るだろう。
だから、そもそもそういう話は、していないのだ。
と、普通に言ったところで正しく伝わるとも思えなかった。
モモは妙に自己評価が低い傾向にあるし、何よりこの一年で、僕とモモの間で明確に演技スキルに差がついた。それをお互い理解しているし、役割分担している以上、当然だ。下手にアドバイスなんてして、モモにどう作用するかなど想像に易かった。
僕が難しい顔をして、かけるべき言葉を丁寧に考えていると、それを勝手に解釈したモモが今度は眉をへにょりと下げる。
「ラブシーンて言ってもさ、キスと、あとはほとんど朝チュンなんだよね。激しい絡みとかないし、スマート……まではいかなくても、なんとかなるとは思うんだけど……」
「…………」
ラブシーン、の一言に、僕の眉間にはシワが刻まれる。
「でも、多少の絡みはあるんだろ。……全裸?」
「じ、上半身だけだよ! それに、相手の人は下着もつけてるって! 多分……エロくないやつ!」
ちょっと想像したのか、顔の前でぶんぶん手を振りながら、モモの顔がカッと音を立てて赤くなる。こうして見ると、モモは本当に健全な男の子そのもので、不安は増す一方だ。
この反応は、素直で可愛いらしいが、ちっともよろしくない。
眉間に寄ったシワは更に深くなり、目も糸みたく細くなる。疑心暗鬼剥き出しの表情はわざと向けているものだ。
「……ユキ? なんか、チベスナみたいになってるよ……? キュートだね?」
恐る恐る、問いかけの体で語りかけてくるモモは、僕の感情を読み取ろうと必死だ。こうすると、モモが慌てるのを分かっている。僕も僕で子供っぽいなとは思うが、それでも、背に腹は代えられなかった。この説得をなんとか成功させ、ちゃんと自覚させなければいけないのだ。
自分がどれだけ人誑しであるかということを。
この、自己評価がやけに低い、顔の可愛いすぎる相方に。
しばらくチベットスナギツネのままモモを見つめていると、願いが通じたのか、モモが改めて姿勢を正した。
そして僕の両手を、体温の高い手のひらでぎゅっと包みながら、意を決したように答える。
「大丈夫。オレ、ラブシーンやったぐらいで、誰も好きになったりしません! そんなの考える暇もないぐらい、めちゃくちゃ緊張してるし!」
あれ、でもそれって、緊張が演技に出てヤバいかな?
と、モモの顔がサッと青く染まり、その後「いやいや弱音、吐かない!」と自分で自分の頬を叩いて頬を真っ赤にさせた。
……ダメだ。全然、分かってない。
もしかして、僕の力では、分からせることなんて出来ないのか?
モモの手のひらの熱の余韻を感じながら、特大のため息を落とした。
――この度、僕の大事な大事な相方のモモが、晴れて深夜帯ドラマの主演を勝ち取った。
バラエティ担当のモモにドラマのオファーが入った時、マネージャーの岡崎凛人、社長の凛太郎含め、四人で朝まで祝い倒したのは記憶に新しい。
少女漫画原作の〝ちょっとエッチなラブコメディ〟(キャッチコピーそのまま)は、モモが初主演ということで、始まる前からそこそこ話題になっている。
Re:valeとしてデビューして二年と四ヶ月。短いようで長い道のりだった。
僕としては、この初主演を足がかりにして、モモもどんどんドラマや舞台に出演すればいいと考えている。ワークショップや、深夜ドラマの端役出演も含めて、モモのひたむきで素直な演技は好ましいものだった。
決してかんぺきではないが、その荒削りさがむしろ胸を打つのだ。「かっこよく演じよう」なんて浅はかな考えはなく、〝演技〟という簡単な攻略法の存在しない壁を相手に、がむしゃらに立ち向かっていく感じ。思うように登れず、爪がボロボロになろうが、必死にしがみつく姿勢もよかった。
僕がよく表現される〝流水〟のような演技、とは対極にあるそれが、いつか二人でW主演を張るようになった時。きっと思いも寄らない化学反応を生み出すだろう。
未来は常に、見据えるものだ。五周年、十周年、十五周年。いつかどこかで、僕がモモを追いかけ回すような、あるいはモモが薄幸の麗人となるような、そんな映画が撮れたら面白い――とまで考えている。(ただ、今の時点では夢物語にも程があるので、モモには言っていない。「そんなのまだ無理だよ」と言われたら、普通にショックだし)
だからこそ、心配だった。
モモが今回演じるキャラは、当て書きかと見紛うほどモモ自身によく似ている。
天真爛漫で、前向きで、優しい大学生。寂しい時に「寂しい」と言えない強がりなヒロインを優しく抱きしめて、「大丈夫だよ」と耳元で囁きながら背中を撫で、求められたものを的確に与えてあげる――そんな役だ。
いや、まったく、いいと思う。全然、構わない。
僕にとって、危惧しているのはたった一つ。ラブシーンだ。
こんなにもモモに似ている役だというのに、一点だけ、ちっとも似ていない箇所があった。
主人公に「欲しい」と言われたら「いいよ」と言って、やすやす抱き始めるのだ。台本を読ませてもらって、驚愕した。
モモ(の役)に抱きしめられて、背中を撫でられ、キスされた上で、押し倒されたとしよう。
好きになるだろ。モモのこと。
本気の本気で、心の底から惚れ込むだろ。絶対。
僕が女優に向けられる劣情と同じか、あるいはそれ以上のものを向けられるに違いない。
これは我らがマネージャー・岡崎凛人通称おかりんが教えてくれたことだが、モモには〝ガチ恋〟ファンが相当数居る、らしい。ガチ恋ファン。それは即ち、モモにガチで恋をして、あわよくば恋人になりたいと願う人間のことだ。過半数が女性だが、時折男性も混じっているらしい。
モモがそこら中に、意識無意識関係なく振りまいている愛嬌が、誰彼構わず様々な人間をメロメロにする、のだそうだ。全部おかりん談。故に(最近はほとんど出来ていないが)ファンミーティングで定番の壁ドン会は、僕よりモモの方が人気だった。
……普通に生きていて、そんな状態なのだ。
裸で抱き合うなんてことをしてしまった日には、惨劇が起こるに違いない。冗談ではなく、危ない。
何がって、モモの命が。
モモをどこの馬の骨とも知らぬ女優に傷物にされたら、僕は倒れる。いや、倒れるどころか、その女優を無理やり引っ掛け、モモのことを忘れさせる為に何らかの何か――ご想像にお任せする――をしてしまう可能性すらあった。
(自分に否がある形で)これ以上共演NGを増やすわけにいかない僕は、いずれ訪れる最悪な未来を、なんとか食い止めたい。
だから懇切丁寧に、どれだけ僕と共演してきた女優がチョロかったかを説明していたのだ。
それなのに、モモは「自分は違いますから」という姿勢をちっとも崩さなかった。なんなら、自分が相手を好きになってしまう可能性、ばかり追っているのだ。
ため息が止まらない。僕は正しく呆れている。モモは、モモのことを何も分かっていない。
これから初対面を迎える女優を、突然好きになるわけないだろ。
「僕がいるのに……」
「え、なんて?」
「なんでラブシーン、OKしたの」
僕が発した突然の恨めしそうな声に、モモは怒ったり不審に思ったりすることもなく、きょとんとした顔で当たり前のように答えた。
「いや、普通に考えて断れるわけないじゃん。オレ、初主演だよ」
そりゃまあ、そうだ。
残念ながらこの話題、基本的に僕の方が分が悪い。だからといって、諦めてはいけないのだ。
「それでも、ほら……イメージとかも、あるし」
「うーん? むしろ、オレって全然色気とかないし、こういう時こそちゃんとエロい雰囲気出しにいった方がよくない? ギャップ萌え的なやつ」
ぜ、全然、色気のない、男?
驚きすぎて声も出なかった。
全然色気のない男。全然色気のない、男……。
頭の中で何度かリフレインさせて、いや、おかしいだろ、と結論付ける。
愛嬌を振りまいて人を誑すのは勿論のこと、それだけで終わらないからガチ恋が発生する。モモは知らないかもしれないが、火のない所に煙は立たないのだ。
例えば壁ドン会。チャームポイントの八重歯を見せて笑う。その笑顔にみんなが釣られて笑顔になる。それなのに、三秒後に鼻先がくっつきそうになるほど顔を寄せ、真剣な眼差しで「好きだよ」を言ってしまえる男だ。油断していたファンは、そこで一発KO。悲鳴を上げたり腰を抜かすファンの子の反応を、接待だとでも思っているのか?
そういえば、壁ドンからの告白、僕にもして欲しいのに、全然してくれないな。なんでだ。ファンの子ばっかりズルくない?
「ゆ、ユキ。今度はうっかりお肉を一切れ口に入れちゃって、でも人前だからすぐに吐き出せない時の顔になってるよ!?」
「……そうね。そんな、感じだね……」
「なんでッ!? オレ、なんかした!?」
「……してない。でも、いつかはするかもしれない……」
「な、なにを!? さっきからユキが言ってること、ちっとも分かりませんぞ!」
疲れてる? 寝る? と、真っ昼間に本気で心配されてしまう。確かに、セリフだけ抽出すると相当支離滅裂だ。モモをここまで困惑させる意図はなく、ただ説得したいだけなのに。
でも、ここまで〝Re:vale・百〟という存在をモモ自身が誤認しているとなると、一筋縄ではいかないように思えた。
試しに、思っていることをそのまま、口にしてみる。
「モモ。モモは、可愛いし、愛嬌があるし、人誑しだし、何より色気もたっぷりあるよ。……壁ドン会だって、モモの方が僕より人気だ。それって、何よりの証拠じゃないの?」
「今度は突然の褒め殺しだ……。えー、でもさ、ユキの方がキュートだし、流し目一つで国傾けるし、色気に関しては本気出されたら誰も勝てないよ? 共演NG出された数が証拠。壁ドン会は、オレの方が喋りやすいってだけだよ。ユキを前にした子、緊張しすぎて気絶しちゃうとかよくあるじゃん。そういう子たちもカウントしたら、余裕でユキの方が人気でしょ!」
ほらね。
「やれやれ」「なーに言ってんだか」みたいな顔してるけど、その顔、僕がして然るべきだからな?
僕の渾身の本音すら、一秒で倍返しされてしまう始末。モモの地頭の良さに悩まされる日が来るなんて。なんとか打開出来ないかと、うんうん唸りながら頭をひねる。楽曲制作以外でここまで僕を困らせる存在を、他に知らなかった。それは素敵なことでもあり、大変なことでもある。今回は完全に後者だ。
あんまり言いすぎると喧嘩になってしまうし。舌戦に持ち込みたいわけではない。
ただ、ラブシーンで、相手をメロメロにしないように気をつけろ。その教えを、叩き込みたいだけなのだ。
僕の気も知らず、モモはペラペラと続ける。いよいよ僕のことが面倒くさくなってきたのか、完全に説得モードに入っていた。
「もっかい言うけどさ。オレが経験不足なせいで相手に惚れかけちゃうならまだしも、相手がオレを好きになったりとか、無いの! ユキとオレは、違うんだから」
「……、…………」
埒が明かないな。これ。
仕方ない。本当は最終手段のつもりだったんだけど、やるしかないか。
腹をくくり、姿勢を正す。モモの背筋は、さっきからきちんと伸び続けていた。
「分かったよ、モモ。そしたら、モモが誰も好きにならないでいられる方法、教えてあげる」
「……というと?」
「僕と、ラブシーンの練習をする」
「……はいっ?」
素っ頓狂な声には、なるほど確かに、色気の欠片もなかったな。
*
オレのドラマ主演が決まった時、ユキは自分のこと以上に、物凄く喜んでくれた。
それがもう、とんでもなく嬉しくって、チェーン店の酒屋で安酒買って、社長とおかりんも一緒に朝までどんちゃん騒ぎしたのを、昨日のことのように覚えている。
テンションがハイになったユキは、何度もオレを抱きしめてくれて、オレも勢いで抱きしめ返したりなんかして。実は死ぬほどドキドキしてたけど、ユキは早々に酔っ払ってくれたから、バレることもなかった。
いやー、最高だな、超ハッピーだな、めっちゃくちゃ、頑張っちゃうぞ!
なんて、あの時から気合十分だったわけだ。
だから台本をもらってすぐ、読み合わせすらしていないのに、本が傷むぐらい真剣に読み込んだ。オレの必死さを笑うこともなく、ユキは優しく見守ってくれていたし、その視線には確かな期待も込められていたと思う。
浮かれたオレは、その期待を何倍にもして返すからね。と、心の中で勝手に約束までしていた。
なのに。
――思ってたのと違う展開は、ドラマだけで十分じゃない?
「モモ、体ガッチガチだよ。これじゃ、絶対リテイク食らう」
「は、はひ!」
いや、噛んでる噛んでる。リテイク待ったなし。ユキにつっこまれる前に自分でつっこもうと思ったものの、口がもつれて「うみゃみゃ」と声が出た。ねえ、マジで勘弁して。いくらなんでも間抜けすぎる。ユキはそれを気に留めることもなく(留めてほしい)、オレを押し倒した姿勢のまま、顎に指をかけてきた。色っぽい仕草に、叫び出す余裕もない。体は、ご指摘の通りガッチガチだ。
いやだから、なんでこんなことに、なってますか?
唇にそっと触れた親指の腹が、ふに、とわざと揉み込むみたいな動きをした。普段はギターを掻き鳴らしている、あの指だ。細くしなやかなのに、反して手のひらは大きく。皮の硬さは今知った。
なんだかオレが、ギターになっちゃったみたいな。
そう思った瞬間、耳も顔も首も、限界まで赤く染まった。
いますぐ熱を計って、病院に連れて行ってくれないだろうか。絶対40度あるし。このままじゃ溶けてなくなっちゃうよ。いいの? ユキ!
正気を保てていることが不思議なくらいだ。現状、このまま病院には連れて行ってもらえないだろうから、俺は無理やり喉から声を絞り出す。
「ゆ……ユキ」
「うん?」
「これ、これさ、本当に練習になる……?」
「なるよ。するし」
そ、そっか。するんだ。するんですね。有言実行、超イケメン。
律儀にせんべい布団を敷き直し、その上に押し倒されている。件のラブシーンの練習とやらは、マジのマジで行われるらしい。
混乱する頭で、布団を敷くのを手伝ったオレの気持ち、分かるかな。分かんないよな。分かんないでいいです。間に合ってるんで。
見慣れた天井ではなく、ユキの顔が間近に見えるのも、めちゃくちゃに参ってしまう。出来るだけ目を細めることで視界をぼやけさせ、その場をなんとかやり過ごしていた。まさか今度はオレがチベスナになる番だったなんて。
でもこの距離で、あの顔面をまともに食らったら、死ぬし。
前述の通り、まだ本の読み合わせもしていないのに、ここで死ぬわけにはいかなかった。
自分の中の冷静な部分が「マジでやめとけ」と警鐘を鳴らしている。オレだってそう思うよ。でも、オレは今、他でもないユキに押し倒されているのだ。
ねえユキ。オレ、ユキにこんなことされたら、本当に何も出来なくなっちゃうんだよ。自分の存在がどれだけ他人を狂わせるか、さっきまで滔々と語ってたじゃんか。なんでそれが、オレには適用されないと思ってるんだろう?
オレの悶々とした姿を見て、ユキが全く理解していない様子でくすくすと笑う。
「ああ、なんだ、ここに居たのか。さっきまで僕のところに居たのにね」
そう言って、オレの眉間のシワを指でぐいぐいと押してくる。こういう些細な触れ合いこそが、むしろクるというか。意識を逸らすように、急いで会話に乗っかった。
「こ、こいつを返して欲しくば、上から退い……」
「いらない。あげる」
「早ッ!?」
思わず叫ぶも、普段の5分の1程度の声量だ。へなへな声の情けなさに半泣きになる。ユキの指が眉間から離れたと思ったら、今度はぽんぽんと頭を撫でられた。「ほら、力抜いて」となんとも絶妙なセリフ付きだ。
「そ、そう言われましても……」
「じゃないと、モモの為にならないよ」
「う、うう……」
そう言われると、受け入れるしかない。だってユキからすれば、オレの経験不足を補ってあげようとしているだけだ。慈善事業も真っ青の善行。
普段から、ユキに演技について口を出されることはない。むしろ、アドバイスを求めても「監督と話しなさい」と真っ当な意見を返されるだけだった。
ユキにも色々思うところがあり、故にある程度の距離でもって接してくれているのだろうことは、理解していた。そしてそれはきっと、間違いではない。
なのに今。演技指導の枠を軽々と飛び越えるようなことをしている。
そこから導き出される結論は一つ。
それぐらい、オレの失敗が不安、ってことだ。
色んな意味で経験豊富なユキとラブシーンの練習をすれば、付け焼き刃だろうがそれなりの見栄えにはなる。それが自信に繋がることは間違いないし、オレが相手に頼りきりになったり、委ね過ぎるようなこともなくなる。……多分。
イコール、相手との距離感は適切に保たれ、変な勘違いも起こさず、相手に惚れずに済むのだ。
演技でも、それ以外でも、とんでもない失敗は免れるってこと。
……が、言いたいんだよね?
「うん? どうしたの」
チラと寄越された視線に反応したユキが、軽く首をかしげる。それだけで、怖いくらいに色気があった。
なんでもない、と首を振って、バカみたいに鳴る心臓を落ち着けようと深呼吸する。
――ユキってば、全然見当違いというか、考えすぎだ。オレは絶対、共演者の誰も恋愛的に好きになったりなんかしない。
むしろ〝なれない〟と言った方が正しい。
何故って――……そもそも、オレの好きな人が、ユキ、その人だからだ。
『あなたのことが性的な意味でも好きになってしまったので、他の人に目を向けている暇も余裕もありません。だから安心してください!』
なんて、言えるわけない。
故に、ユキがアイドルとしてのオレを評価してくれる度、嬉しさで舞い上がりながらも(でもオレは相方にガチ恋してるから、プラマイで0点なんだけどね)と頭の中でせっせと付け足している。
まあ、五周年を迎える頃には、オレはユキの隣には居ないわけだし。それまでの間、気持ちを隠し通すだけでいいと思えば気楽だった。
だったのに。
「っ……」
ユキが練習を再開したことで、意識は半ば強制的に現実へと戻った。再度唇に触れた指が、顎を伝うようにして滑り、手のひら全体でゆるく首筋を撫でられる。
その動きに、否応無しに背筋が震えた。
うぁ、ヤバい。これ、ユキさんにされてると思ったら、めちゃくちゃ――……。
目を瞑ってしまうと、逆に顔の隅々まで思い出してしまうので、いっそう目を細めて視界をブレブレにする。
「モモ、集中」
「うっ」
「チベスナ顔はやめて。僕のことちゃんと見て」
「うう……!」
当然、即ダメ出し。
ユキにとっては今後のRe:valeを左右する大事な練習なのだから、その指摘も当然だった。しぱしぱと瞬きをして、視界を一度クリアにする。
ああ、まずい。世界一イケメンでキュートでクールでスーパーなダーリンが、目の前に現れてしまった。軽く絶望していると、目元をそっと撫でくすぐられ、油断していた喉から「ひん」と声が漏れた。
あまりの羞恥と緊張と衝撃に、涙の膜が弾けて目尻を伝ったのが分かる。それを見たユキの口元が、ふ、と綻んだ。笑ってる場合か、と手刀でも入れたい気分。
「モモって、目に水分量多いのかな。だからいつもうるうるしてるの?」
「え、分かんないよ……。それだけ言われると、なんか、あざとくない?」
「うん。可愛いね」
息の根が、止まるかと思った。
そのセリフが合図だったかのように、ユキの手のひらがオレのTシャツの下に滑り込む。性急な動きにびっくりして、反応が遅れた。横腹にぺたりと手のひらが触れた時、全身が震え、思わず「うそ」と声が漏れた。
「うそじゃないよ」
耳元で甘く囁かれ、全身が焼き切れそうになるぐらい熱くなる。わざとワントーン低くした声。脳に直接流し込むには、劇薬過ぎる。
素肌の上でいたずらに動かされていた腕を、震える手でなんとか制止した。それ以上はだめだよ、と必死の表情で伝えてみても、ユキはきょとんとした顔をするだけだった。
その心底不思議そうな顔に、勝手に傷つく。
いくらオレが相方で、いくらこれが練習だからって、ここまで出来るのはひとえに、特別な感情が一切ないからだ。
少しでもオレを「そういう対象」として見る瞬間があるのなら、こんなことはしないし、出来ない。流石のユキも、それくらいの分別はついているはずだから。
唐突に残酷な現実を突きつけられて、胸の奥がヒリヒリと痛んだ。
――いや、余計なことは考えるな。今すべきことは、練習を完遂すること。やりすぎだって注意して、もうちょっとお手柔らかにって、お願いすればいい話だ。
しかし、制止していたユキの腕の方が先に動き出してしまった。一瞬の隙を突いて、ユキがオレの手首を握る。形勢逆転の図。
「へ」
間抜けな声をあげた瞬間、ちゅ、と手のひらにキスをされ、挙げ句の果てに、ぺろりとひと舐めされた。
「ひっ……!?」
下から突き上げるような衝撃に、悲鳴に近い声があがる。反射で腕を引っ込めようとして、強く掴まれたそれは微動だにしなかった。オレの方が力が強いことは確かだから、きっといま、全身から力が抜けている。
全神経がユキの方に向いて、戻らない。触れ合う場所全てが火傷するほど熱くて、このままオレの熱で溶けて混ざってしまうんじゃないかって、本気で心配になった。
視線は絡め取られたまま、ゆっくりとユキの顔が近づいてくる。薄縹の瞳が蛍光灯の光を集めてゆらゆらと輝く。
そこに、熱に浮かされたオレが、しっかりと映し出されていた。
――完全に、〝好きです〟と書いてある顔が。
そこでハッと正気にかえり、慌てて唇の間に手を差し込む。間一髪キスは防いだものの、ユキの唇が、また手のひらに触れてしまった。柔らかい感触に肩はビクついたけど、唇同士よりずっとマシだ。ユキは不機嫌そうに唇を離し「なんで?」と問いかけてくる。
いや。なんでもどうしても、ないから。
「そこまでする必要……なくないッ!?」
「えぇ? こんなの前戯にもならないよ」
「ぜっ……!? っ、違うから! これ、練習! 練習に前戯、要らないでしょ!」
「……雰囲気作りも重要なのに」
ムス、となんだか拗ねたような様子に、またしても混乱する。なんで素直に「それもそうか」と言ってくれないんだ。
そこまでオレの演技が、惚れっぽさが、心配? と、今度は全然別方向で凹みそうになる。期待、してもらえてると思ってたんだけどなぁ。そうでもなかったってことなのだろうか。
気分が淀みかけて、振り払うようにふるふると頭を振った。
よいしょと上半身を起こしながら、ユキの胸をぐいぐい押して距離を取る。ユキは素直に押されながら、感心したように言った。
「モモ、よく腹筋だけで起き上がれるね」
「鍛えてますから。……じゃなくて」
「じゃなくて?」
「もうやめよ! 何度も言うけど、こんなことしてもらわなくても、オレ、誰のことも好きにならないし!」
目を逸しているのは、許して欲しい。「あなたが好きです」って、一番伝えてしまうのは目だろうから。
しかしユキが、この程度の言葉で納得してくれるはずもなく。
軽いの沈黙のあと、ふう、と軽くため息が漏れた。
「その話に決着がつかなかったから、今こうしてるんでしょ。また同じ会話繰り返すの?」
はい、ド正論。
けど、これについてはオレも譲れなかった。五周年を前に、百の執拗な横恋慕により不和が起こり解散! なんて、全く笑えないだろ。
だから本当に、これでおしまい!
そんなつもりで、いつもと同じ、極端に軽いノリをあえて演じた。
「ってかさ、こんなんされたらオレ、ユキのこと好きになっちゃうって!」
視線は外したまま、みゃははと笑って、バシバシとユキの肩を叩く。
……。…………。
…………あ、あれ?
今度は、完全なる沈黙が二人の間に流れた。ユキは多分、オレを見つめている。目が見れないので、ちゃんとした表情は分からなかったけれど。
額に、じわりと汗が滲んだ。こういう時、おちゃらけながら誤魔化すのは得意だった。
二人の間で喧嘩がこじれてしまった時、最終的にこのノリに持っていくことは多々あった。ユキも、埒が明かないと判断した時は、わざと誤魔化されてくれて、おしまい。
よし、買い出しにでも行こうか。そうだね。そういえば昨日さ――……そうやって日常に戻っていくのが、オレたちのいつものやり方だったのに。
今回は、なんらかの地雷を踏んでしまったのかもしれない。そう思ったら途端に恐ろしくなった。
何か、言わなくちゃ。口をはくはくさせて、最初の一言を探していると、ユキが前触れなく、さらりと言った。
「それって、僕のことまだ好きになってないってこと?」
「……はっ?」
思わず、ユキを見る。そこには、想像以上に悩ましげな表情があって、いよいよ気が狂いそうになった。……はっ?
怒ってるわけでも、呆れてるわけでも、驚いてるわけでもない。ただ、悩まし気。それって、どういう感情なの?
オレの心の大嵐などお構いなしに、ユキは非常に困ってます、みたいな声で続ける。
「モモ、僕のこと嫌い?」
「そ、んなわけないじゃん! でも、ほら、好きって、色々あるでしょ、色々……」
「うん。だから、モモにはちゃんと僕を好きになって欲しい」
「……ほんやくコンニャク、持ってる?」
「持ってないし、要らなくない?」
「要る、要るんだよ。喉から手が出るほど欲しい!」
「え、僕より?」
「なんてっ!?」
ヤバい。泣きそう。オレは感情が高ぶるとすぐに涙腺にキてしまうので、その度ユキに「泣き虫」と言われてしまうのだ。今このタイミングでそれを言われたら、多分決壊する。大泣きだ。地団駄踏んで「意味わかんない!」と暴れてしまうかもしれない。二十歳を過ぎてそれは、色々とヤバすぎる。
――……よし。
逃げよう。
「ごめん、ユキ。オレ、ちょっと用事思い出したから、この話は、また後」
「逃さない」
「ぎゃっ」
立ち上がろうと片膝を立てたところで、ドサッと押し倒される。さっきみたいに優しいやつじゃなくて、もっと乱雑で本気っぽいやつ。ユキの真剣な眼差しを真正面から食らって、オレは体を硬直させた。
こつん、と額同士をくっつけられて、反射でぎゅっと目を閉じる。近い、近い近い近い!
「モモが僕のこと、これ以上ないぐらい好きになったらさ」
「は、……は……?」
「僕のことばっかり考えて、女優とかタレントのことなんて、目に入らなくなるでしょう」
「………うん?」
「そしたら、モモは他の人に惚れずに済むよ。それに僕も、安心してモモを見送れる。モモが誰かに言い寄られたって、僕のことが好きなんだから大丈夫、って思えるから」
――…………。
このイケメン、自分が何を言ってるか分かってんの?
自分の生み出した幻聴である可能性に賭け、恐る恐る目を開く。未だ二つの額はくっついたままなので、ユキの顔はぼやけてほとんど見えなかった。目を凝らすと、ぷは、と笑われる。
「またチベスナになってるよ」
「こ、これは逆パターンのやつ」
「? よく分からないけど、可愛いね」
機嫌よく笑われながら眉間を伸ばされて、ああ、と確信する。
これ、本人も、ヤバいことを言ってるって、自覚してない。
それに。
もしかして、もしかするとさ、オレのガチ恋、叶っちゃってるかもしれないよね。
凄くない? 奇跡じゃない?
だとしたら。
なるほどオレは、ここで最高の演技をお見せしなきゃいけないわけだ。
頭の中で、カチッとスイッチが鳴った。意識がクリアになって、動揺も、混乱も完全に消える。
すうっと息を吸い込んで、吐き出すのと同時に、声量をバカみたいに上げた。
「ユキ、それ……超、超、ダメなやり方だからね!?」
オレの言葉にユキは虚を突かれたように驚き、すぐにおろおろしだした。
え、え? と、突然始まったお説教タイムに混乱する。オレが起き上がるのと同時に向き合うような形になり、改めて口を開く。
「オレを心配してくれるのは、嬉しいし、有り難いよ? でも、オレの意思とか現場の空気の作り方とか、そういうの無視して欲しくない。出来れば、オレのやり方を尊重して欲しい。ユキに心配かけないように、オレ、一生懸命頑張るから」
オレの、それらしい言葉に、ユキが時間をかけて、ゆっくりと項垂れていく。
ごめん。ごめんね。オレ、全部分かっちゃったんだ。好きだから不安になること。好きだから繋ぎ止めたいと願うこと。
ユキがそれを、オレに願ってくれているということ。
そしてそれを、オレは受け止めてはいけないということ。
ユキが「ごめんね」と小さく呟く。胸が張り裂けそうになる。
それでもオレは、怒ったフリして「もう二度とこんなことしないで」と、重々言いつけるのだ。
これでやっと、元通り。オレは晴れて、初主演ドラマを高視聴率で終わらせることと相成った。
――ほら。
思ってたのと違う展開は、ドラマだけで十分だからさ。
*
「えっ、ちょっとユキ、何見てんのッ!?」
「モモの初主演ドラマ」
「分かってますとも! やめてって言ってんの!」
ズザーッとソファにスライディングしてきたモモが、僕の膝の上のリモコンを奪おうと勢いよく腕を伸ばす。それを制するように、モモの顔面を鷲掴みにし「んぎゃっ」もう片方の手で、ピッと早送りのボタンを押した。「ちょっと!」すぐにやってきた一度目のラブシーンで、容赦なく再生ボタンを押す。もがもがと暴れ、僕の手から逃げおおせたモモが騒ぐ。
「ギャー!! よりによってなんでここ!?」
「モモには恨みがあるからね」
「うっ……!」
思い当たる節がありすぎるらしいモモは、一変して僕の膝に頭を乗せ、上目遣いで目を輝かせ始めた。きゅるきゅるとした顔で、「怒ってる……?」と訊いてくるモモは、笑えるほどあざとい。瞳の水分量を自由自在に操れるようになったらしく、なるほど、向かうところ敵なしだ。泣き虫なのは、相変わらずだけど。
あの頃はもうちょっと頼りなく、もうちょっと初心だったね。
まあ、だからといって。
「僕の恋心をなかったことにした罪は重いよ」
「ぐぅ……。いや、でもさっ? そういうのって自分で気づけなきゃ、意味なくない?」
「喧嘩する? 今日、折角のオフだけど」
「しません、すみません、申し訳ありませんでした……」
くぅんと架空の犬耳を垂らして謝る姿は、それでも本音と建前半々というところだ。
初めてこの件で詰問した時も「あの選択を間違っていたとは思わない」と堂々と言われたし。モモの中での譲れないラインは、未だ存在していて、それを僕はきっと、一生かかってもかんぺきには理解できない。モモもきっと、僕に同じ思いを抱えている。
それに。モモの言うことも、正しい部分はあるのだ。
僕も僕で、モモと他人のラブシーンを強烈に嫌悪する理由に、名前をつけようとしなかった。
今なら分かる。
あんなのは単純に、恋であると。
「まあ、僕も若かったしね」
「あ! じゃあ、次はユキの初主演ドラマ観よ! オレ、あれ大好きなんだよねー」
僕の膝の上で頭を揺らしながら、楽しそうに話すモモは可愛い。僕にだけ見せる気の抜けた表情に、簡単に胸が躍った。腰を折って、ちゅ、と鼻先にキスをする。
ピタッと体の動きを止めたモモは、そのまま僕の髪の毛を軽く引いて、唇へのキスを促した。素直なやり方に喉で笑って、ちゅ、ちゅ、と軽いものだけを落としていく。
「……うー……。ね、ユキ。ベッド行こ?」
「ドラマは観なくていいの?」
「流しながらする!」
「却下。悪趣味」
「えー!」
きゃらきゃらと笑うモモの背中と膝裏に腕を忍ばせ、よいしょと気合いで持ち上げる。
「キャッ! ダーリンったら、大サービスねっ!」
「そうね。この後沢山いじめる予定だから、これぐらいはね」
「えっ、うそ。じゃあ降ろして。自分で、自分で歩けますから!」
僕の腕の中で、じたじたと暴れるモモは、やっぱり可愛い。なんだっけ、宇宙遺産? 僕の次に登録されたのは、間違いなくモモだな。
ご機嫌に鼻歌を歌う。モモは何を勘違いしたのか「お願いだから優しくして!」とバカみたいな声量で叫んだ。
色気の欠片もない声に、僕はいよいよ盛大に笑う。
声が大きいことは、いい役者の証だね。