小規模ながら都内有数のお花見スポットとして有名な某所を、モモが自らのポケットマネーで「貸し切った」と聞いたときは、流石に「正気?」と聞いてしまった。
据わった目で「うん。本気」と返してきたのを見るに、全然正気じゃない。
そのめちゃくちゃさがどうにも愛しく、普段は屋外で飲むことをあまり良しとしない僕も、素直に「いいよ、付き合うよ」と頷いたのだった。
頑張るモモの、目の下の隈はどす黒い。僕も恐らく似たようなものだろうが、そっと労るように撫でてやると「よせやい」と言われて笑ってしまった。明らかに、先ほど共演した江戸っ子芸人の名残りだったから。
そのまま喉をくすぐると、ごろごろと猫の喉鳴らしをし始めたので、気に入ってしばらく続ける。ごろごろ。にゃあ〜。ああ、ずっと、こうしていられればいいのにね……。
「うわっ、疲れてんなぁ、Re:vale」
「今日は特にヤバそうだな、アーメン……」
馴染みのスタッフたちが僕たちのお遊びを奇行と思い込み、遠くの方で手を合わせたり、十字を切ったりしているのが見える。
そう。客観的に見ても〝ヤバいぐらい疲れている〟僕たちのスケジュールは、多忙を極めていた。
――番組改変による特番地獄を乗り越えたRe:valeを待ち受けていたのは、自身がMCを務めるテレビ番組が三本追加になるという、有り難くも恐ろしい現実だった。
二〇二十一年四月改編期のテーマは『癒やしとチャレンジ』……だそうだ。
アイドル枠で癒やしを求められ、芸人枠でチャレンジを求められた結果、新番組を三本、任されてしまった。今まで出演していた番組の放送時間はほぼ現状維持、一本だけ深夜帯からプライム帯へと大躍進したが、ゲスト枠が少し豪華になる程度で、内容自体に大して変わりはなさそうだ。
結論から言おう。
絶対王者は、あまりにも力を持ちすぎた。
既に抱えているレギュラー番組は七本。その内MCは四本。四月期からはプラス三本。計十本の番組に出演しながら、七本の番組を回さなければいけない。単純に、出すぎじゃないか? 色んな業界人のお株を、奪いかねないよ?
勿論、テレビの仕事はレギュラー番組だけではなく、音楽番組や特番への出演も多数ある。年間計画からざっと算出しただけで、四百近い出演数になるらしかった。
いや、僕たち、本業はアイドルなんだけど。人気芸人との区別、ついてる?
そう問いかけると、僕たちが絶大な信頼を置く統括マネージャー・岡崎凛人、通称おかりんが「勿論です!」と胸を張って断言した。顔の半分を覆う大ぶりメガネの黒縁がキラリと光って、頼もしいったらない。
なるほど。おかりんがそう言うなら、そうなんだろう。僕たちは正しくアイドルで、人気芸人では、ない。
……ほんとに?
おかりんから「何故ここまでRe:valeが支持されているのか」という褒めと宥めと愛と鞭と単純に説得――を、死にそうな顔で聞いているさなか、モモはふんすふんすと鼻息を荒くさせ、キリリと眉毛を釣り上げていた。大きな目が、きらきらと光り輝いている。
「モモ、やる気凄いね」
「うん」
表情とは裏腹に、こくりと頷いたモモの声は、思いのほか静かだった。意表を突かれ、片眉を少しばかり上げる。背筋をいつも以上にすっと伸ばし、会議室に於ける僕の定位置――入り口すぐの・テーブル右側、三脚並んだ椅子の真ん中―に向き直ったモモから、一言。
「ユキ。これは、力を持った者の責務なんだよ。ノブレス・オブリージュってやつ!」
「……うん? ノブレス・オブリージュは、ちょっと違くない?」
モモが突然わけのわからないことを言い出したので、上がっていた眉はへにょりと下がった。への字に曲げておかりんの方を見ると、ふる、と首を横に振られる。
え、何?
「違うんです、千くん。百くん、昨日やっと乗車したらしくて……」
「乗車? 何? 新幹線?」
「列車です。鬼を退治したんです」
「……鬼……?」
なんとなく聞き覚えのある言葉の羅列。興行収入が話題になっていたアニメ作品――だったような気がするが、定かではなかった。時事ネタは全部モモに任せているし、アニメは特に専門外だ。
まあ、それはともかく。列車に乗った(?)ことで、モモは物凄く影響(?)を受けたらしい。
流石、自他共に認めるミーハーだ。どんな話題もすかさずキャッチ出来るアンテナの鋭さは見事の一言で、モモの才能の一つだった。それは自体はとても素敵なことだと思う。
ただ、話題提供の際は、僕に分かるように話してくれないと、僕が拗ねる。それだけはすぐに忘れてしまうモモだった。
燃えると、一人で突っ走るタイプ。というか、わざわざ何も知らない僕に説明するより、同じ話題で盛り上がれる仲間が沢山いるのだ。故に説明のターンを飛ばしがち、というだけなんだけど。まあ、知ろうとしない僕にも、ちょっとだけ原因はある。
とはいえ、こうやってわけのわからないことでテンションを上げているモモも結局可愛いから、僕も今回は、拗ねるのはやめておいた。おかりんがある程度説明してくれたのも大きい。
モモが楽しいことが僕にとっては嬉しいし、結果困らされたとしても(内容と度合いによるが)僕自身、そこそこ楽しんでいたりするのだ。
今回は間違いなくそのパターンで、よく分からずとも乗っかることにした。モモがやる気だと、素直に触発される。
そういうところ、僕もなかなか可愛いやつじゃない? あとでモモに聞いてみよう。きっと大喜びで抱きしめられて、「超キュートだよ、ユキ〜〜!!」と叫びながらくるくる二人で回ることになる。会議室では邪魔になるから、岡崎事務所のエントランスで踊ろうね。
やれやれと仕方なさそうな顔を作りつつも、首を縦に振る。演技がかった口調で言った。
「モモがそう言うなら。僕も一緒に、責務を果たすよ」
「ゆ、ユキ……! 有難う……ッ! 宇宙一、いや……銀河一イケメンだよ!」
「百くん。宇宙より、銀河の方が狭いですよ」
「あれぇッ!?」
で。結果、目の下にはどす黒い隈が浮かんでいる、今日この頃というわけだ。
頭では理解していたことだが、メインMCの番組が増えるのは、想像を絶する過酷さだった。
まず、レギュラーメンバーや準レギュラーメンバーの面々との顔合わせ。加えて、番組内容摺り合わせ。ここまではいい。
その後の〝親睦会〟と言う名の〝飲み会〟が、物凄く厄介なのだ。
テレビ局の態度だけは嘘みたいにデカい(モモ談)大御所プロデューサーから、コネクションづくりに躍起になっている中堅芸人、つい最近動画配信でブレイクした読モタレント、グラドルやモデルやアイドルや、番組に全く関係ないそれらの人間の友達、の友達、の友達まで。
会員制の高級クラブにぎゅうぎゅうに詰め込まれた魑魅魍魎たちを相手するのは、当然MCである僕たちの最初の〝責務〟だ。
フットワークの軽さと社交性の高さから、モモはあっちへこっちへ縦横無尽に動き回る役目。もう二度と僕の元には帰ってきてくれないんじゃ、と不安になるレベルの働きっぷりだ。
僕は僕で、Re:vale狙いの女優たちに絶対零度の笑顔を振りまいたりだとか。モモにお痛をしそうなやつらに目星をつけて、ロックの酒を飲ませ続けるだとか。裏方的な役目を担っている。こういう大規模飲み会はチーム戦だ。
とはいえ僕とモモは二人チーム。かなり厳しい戦いが続いていた。何せこの手の飲み会は、三回目だった。新番組が三本あるなら、そりゃ、そうなんだけど。
しかし何より、僕には刻一刻と迫り続ける、新曲の〆切があった。
これが本当に、最強の敵だ。言ってしまえば、鬼である。震え続けるスマホの電源を落とすわけにもいかず、時折トイレに行くフリをして電話を取り、「まあまあ」「そこそこ」「ぼちぼち」「そろそろ」「ゆくゆく」……そんな言葉で、編曲チームを宥めすかし続けている。
故に、結局、会場内での忙しさはモモと張るのだった。
Re:valeはスキャンダル王でもあるので、こういった飲みの場を撮られることも織り込み済みだ。
『文秋の記者来てる。入り口右側のメガネくん』
『了解。タレコミ先は?』
『オレの隣で寝てるおじいちゃん♡』
『人気No.1キャバ嬢を相手に寝こけるなんて、無礼なやつだな』
『やんっ、許してあげてっ! お代は十分いただきました♡』
その程度の情報、安い安い。モモを横につけるには、あまりにお粗末だ。軽やかに現場まで足を運び、あえてモモの隣に腰を下ろした。
「あれ? ユキだ。なんかあった?」
「うん。可愛い子とお喋りしたくなっちゃって」
「えー。それは、いつでも出来るでしょお〜?」
「そんなことないよ。君は、いつもつれないもの」
「やだ……そんなこと言わないで……。ユキさんのこと、一番大事って思ってるよ……ッ?」
一瞬でノリを理解したモモが、わざとしなを作り、首をかしげてぶりっこのフリをする。こんなふざけ方、昔は出来なかったのにね。この業界に入らなければ、決して得ることのなかった処世術の一つだ。
まるい頬をするりと撫でてから、モモの手の中で微動だにしていなかったショットグラスを、気づかれないうちに奪った。喉が焼ける度数のそれを一気に喉に流し込み、空のグラスを大理石のテーブルへと置いた。
モモと、テーブル越しに僕らを引き気味に見つめていた若手芸人が、唖然としている。そんな視線は気にもとめず、近くを通った黒服に、ウーロンハイ――と言う名の薄めた烏龍茶――を追加でオーダーした。
これで責務は果たされただろうか。
「……ユキ、イケメンすぎない……?」
蚊の鳴くような声は、僕にしか聞こえない。
モモの真っ赤に染まった顔が答えだった。
こうした努力の甲斐あって、僕たちの新番組は初回から高視聴率を叩き出し、『最高の滑り出し』とネットニュースで褒めそやされた。
チームワーク、万歳。
でも来年は、増えた分、減らして欲しいと切に願う。
実のところ僕たちはアラサーアイドルで、なんと毎年、年齢を重ねているのだ。いくら髪や肌のツヤが衰え知らずだろうとも、いつまで体力勝負が出来るかは分からない。
そんな大事なことを、おかりんは忘れがちだね。
Re:valeを最高のアイドルだと思っている証拠なので、許してあげるほか、ないのだけれど。
*
数々の死闘の末、ついに勝ち取ったオフ。それが今日だった。しかも、奇跡の二連休だ。
モモ発案の夜桜見学、通称『夜のドキドキお花見会』に向けて、僕は朝から、柄にもなくウキウキと上機嫌だ。モモと二人っきり、誰にも邪魔をされることなく、綺麗にライトアップされた桜を眺める。その上、ワインや焼酎、日本酒をちゃんぽん出来るなんて、素晴らしいことだ。よくよく考えたら、それ以上素敵なことなんて無いんじゃないかと思えるほどに。
せっかくここまでお膳立てしてくれたモモに、せめてもの恩返しのつもりで「僕が今用意できる一番のワインを持っていくよ」と伝えると、モモは頬を赤く染め「お花見にも本気で挑むダーリン、最高……♡」と語尾をとろとろにさせていた。
それにもやっぱり、大満足。
なのに。
「……万だ」
「はい、万だよ。どうもこんばんは」
「…………万だ?」
「壊れたか?」
そう、万がいた。
二人っきりでは、なかったのだ。
モモ。おまえ、本当に、ほんっとうに、そういうところだぞ。
特大のため息をついて肩を落とすと、全てを察したらしい万が、僕が抱えていた荷物の半分を引き受けた。その妙にスマートな所作にちょっとした懐かしさを覚えつつ、僕も自分が抱えている分を、バカでかいレジャーシートの上にどさりと置いた。
もう一度、特大のため息。
「大歓迎だな。そんなに俺に会えて嬉しいか。よかったよかった」
あからさまな皮肉に、僕も「そりゃね」と答える。
「最高のサプライズだよ。今日は素晴らしい日だ」
「へえ、嘘はつかないやつかと思ってたけど」
「……嘘じゃないよ。ちょっと盛っただけ」
「それも盛ってる?」
ふ、と万が綻ぶように笑って、許されたことを理解する。紙袋の中身をテキパキと取り出し並べていく万を見て、自分の態度の露骨さを少し反省した。
「……ごめん。手伝う」
「どうも」
でも、こうなるのも、仕方ないのだ。
だって万とは、三日前に二人で飲んだばかりだった。全然、目新しくもなんともないのだ。
MEZZO"のレギュラー収録と僕のドラマ撮影が、同ビル内で行われた。そのことを知った僕は、一時間だけだから、と万の首根っこを捕まえて飲みに付き合わせたのだった。
花見を目前にした僕はご機嫌で、その時に近況報告もあらかた済ませている。ただ、花見については二人きりの秘密のパーティーだと思いこんでいたので、決して口にしなかった。約束通りきっちり一時間で解散した上、特別な話をしたわけでもなく――故に、モモには一切、そのことは伝えていなかった。必要性を感じなかったから。
だから、モモにとって〝大神万理登場〟は、本気のサプライズだったに違いない。その好意を無下にする気はないし、有り難いと思う気持ちも勿論あった。それに万だって、モモのお願いを聞き入れてくれたに過ぎず、正当かつ正式なゲストに他ならない。
気を取り直して、持参したクーラーボックスを開けながら会話を続ける。
「今日はオフ?」
「いや、さっきまでMEZZO"の現場に居たよ。酒有りって聞いてたから、事務所に車置いて、電車でここまで」
「あ、そうだったんだ。交通費は僕に請求してくれればいいから」
「するか! ……貸し切りって聞いて、驚いたよ。いくらそこまで広くはないって言ったって、モロに一等地だぞ、ここ」
もはやちょっと引き気味に感想を述べる万を笑う。後天性セレブである僕たちは、金銭感覚がバグりがちだ。それ故に、万が見せてくれるような〝普通の反応〟がそれなりに新鮮で、面白い。
「六本木にこんな場所があるなんてね。僕も知らなかった。普通は貸し切り出来るような場所じゃないんだけど、モモがありったけの人脈とポケットマネーを使ったんだって。おかりん曰く『事務所に請求書が回ってきたらおしまいです』」
「うわあ……。岡崎さんの心中お察しするよ。百くんって、やっぱりどっかぶっ飛んでるな……」
「最高でしょう」
そう言ってふふんと鼻を鳴らすと、やれやれと首を振ってから「おまえと相性ピッタリだよ」と笑った。
あ、これ。モモが聞いたら、気にする言葉。万にとっては、全然なんでもない言葉だ。ここにモモがいなくてよかったな、と今だけ思う。
――僕も僕だけど、万も万だ。
どうせ今後も直らないし、僕も直す必要はないと思うので、何も言わないけれど。
ある程度の準備が整い、あとは食事類の調達係であるモモが到着したら、晴れて花見はスタートだ。目の前にはライトアップされたソメイヨシノ――だと、事前にモモが教えてくれていた――が威風堂々と立ち並び、見事としか言いようのない景色が広がっていた。
銀色のレジャーシートに、二人して腰を下ろす。靴を脱ぐほど本気にはまだなれなくて、体育座りで膝を抱えた。万も靴を履いたまま、ゆるくあぐらをかいている。今日は金曜なので、スーツが軽く汚れても、許容範囲なのだろう。
一度強く風が吹いて、夜空に無数の花びらが舞った。雪景色のようですらあり、圧巻だった。
二人で空を見上げたまま、ぼんやりとその様子を見つめる。
「モモと最初に見るもんだと思ってたよ、これ」
「俺だって、可愛い子と見たかったよ。今年初花見だぞ、今日」
「……へえ。IDOLiSH7の子たちとか、マネ子ちゃんとはしていないの? 事務所ごと、そういう行事好きそうなのに」
素直に疑問に思って問いかけると、万はこれみよがしにため息を吐き、先程とは全く違う「やれやれ」を見せつけてくる。あ、今のは完全に馬鹿にしたやつ。
「俺はしがない事務員だぞ。そうそうアイドルたちと遊んでられないんだよ。立場が違うんだから」
「とか言って、誘われたら誰よりも気合い入れて準備するくせに」
「そりゃ可愛い子たちの頼みなら、応えてあげたいとは思うよ」
「モモも可愛いもんね」
「……」
肯定しても、否定しても、面倒なことになるから答えない。賢明な判断だ。けれど僕はしっかりと肯定して欲しかった。面倒がれるような問題じゃないからだ。ただ一つ真実としてあるのは、モモが可愛いこと。それは世界共通の一般常識だろって、胸を張って言える。
――なんてことを考えていたら、急激に、あの八重歯全開の笑顔が恋しくなってしまった。もう百年は会っていないような気さえしてくる。
「モモ、遅いな。このまま桜が全部散っちゃったらどうしよう」
「俺は今日中に帰るからな」
「薄情なやつ」
「意味が分から……あ、噂をすれば」
万の言葉のあとに、背後からたったか走る音が聞こえて、勢いよく振り返る。十数メートル先に、息を切らして走ってくるモモが見えた。自分の曇り空そのものみたいな顔が、晴れ渡ったのが確かに分かった。やけに可愛い。すごく可愛い。
飼い犬がボールを加えて走り寄ってくる可愛さって、こんな感じなんだろうか。
「すみません〜! お待たせしましたぁ〜!」
ひぃひぃ言いながら大声で謝るモモは、レジャーシートの前で急ブレーキをかけた。セットされた髪はところどころ跳ね、肩で息をしている姿すら愛しく思う。二人で立ち上がりつつ「お疲れ様」と声をかけた。それに反応するように、両手いっぱいに下げていた紙袋を勢いよく下ろし、モモがガバリと顔をあげる。頬は上気していて、桃みたいだ。がぶりと噛み付いて、食べちゃいたいな。
「はあっ、バンさん、ゲストなのにお待たせしちゃって……! ユキもっ、お疲れさま〜! 買い出しありがとね!」
「全然待ってないよ。今日はお誘い、有難うございます」
万が笑顔でぺこりと頭を下げると、モモがずざざと一歩引いた。
「はあっ! そんな、そんな……! や、やばい、イケメンだ……超ド級のハイパーイケメンが二人……並んでる……ッ! しかも、桜をバックにして……あっ、写真、写真を……」
僕らにあてられたモモが、即座に持病を発症したので、さっさと二人で紙袋の中身を物色し始める。ファンモードのモモの行動ひとつひとつが、どうしようもないほど懐かしい気持ちにさせる。胸がチクリと痛んだのは、感傷ではなく、過去の自分のダメさ加減を思い出したせいだ。昔の僕だったら、花見をしようと言われたって、断るか、時期が時期なら家から出ることすら出来なかっただろう。……いや、そう考えると、僕もなかなか成長した方だ。
あっという間にポジティブ思考に切り替わる。
長い時間をかけて、モモのが、うつったのかな。
「ほんとは屋台とか出せたらと思ったんですけど、それだと落ち着かないかなと思って」
「や、屋台……!? 思いとどまってくれて助かったよ。貸し切りってだけで、もうかなり満腹だし……」
「あははっ! 美味しいとこのデリいっぱい買ってきたので、もっと膨らませてくださいね!」
「ほんとに? 楽しみだな」
「…………」
そして、それはそれとして、モモの万に対する可愛い態度、全然気に入らない。きゃるきゃるしやがって、と思わずにはいられなかった。背景に花とか飴とか飛んじゃってない? そういうの、僕だけにしてればよくない?
僕のじっとりした視線に気づかないのが、モモが極度に浮かれている証拠だ。普段だったら、一秒足らずで気づいて宥めてくれるのに。
「あ、バンさん! その黒い袋に入ってるのは、IDOLiSH7のみんなとマネ子ちゃんへのお土産です! 荷物になっちゃうのは申し訳ないんですけど、よかったら持っていってください」
「え、本当に? ごめん、気を使わせちゃって……。有難くいただきますね」
「いえいえ、いえいえいえいえ……!」
なんでもいいからこっち見て、と言おうとして開いた口が、モモの気遣いを前に閉じられる。
勿論僕も、ワインの土産は用意していた。けれどそれは万にのみ選んだものだ。好みを把握している相手への土産は選びやすく、気兼ねない。
でも、確かにそれだけでは、配慮不足だったように思う。モモに感謝しつつ、きゃるきゃるとした色んなことに目をつぶって、紙袋からプラスチックのパッケージを取り出した。
新宿の百貨店でしか取り扱いのない有名店のオードブルはモモの大好物。その下には、当然のように野菜オンリーのパックもある。モモはこういうこと、打算的にも自然にも出来るから、素敵だ。勿論、この場においては、全部当たり前にやってくれていることだった。本人からすれば「してあげてる」という意識すらないだろう。
そういうところもひっくるめて、愛しいし、好きだなと思うのだ。
「あっ、ユキばっかりやらせてごめん! オレも手伝うよ」
「……万とのイチャイチャはもういいの?」
「あれっ!? なんか、ご機嫌ナナメ!?」
「ふ、冗談だよ。モモが可愛くて嬉しい」
「えっ、えっ!?」
そんな一言だけで、ぶわわと顔を赤くさせたモモを見て、色んなことがどうでもよくなる。
その様子を呆れたように見守っていた万は「俺、要る?」とため息まじりに言ってみせる。これも全然、本気じゃないやつ。
「当たり前だろ」
「当たり前です!」
綺麗に声が揃った。
チームワーク、万歳。
さて、『夜のドキドキお花見会』は、つつがなく進んでいる。
どころか、普段と違うロケーションに、パパラッチを気にせず、好きな人間しかいない空間と、特別な要素が積み上がった結果、僕はかなり酔っ払った。モモも、万も、そこそこ酔っていたとは思うけれど、それにしたって、ひどく酔っ払った。
この日の為に用意した〝一番〟のワインは、銘柄を見て二人ともが絶句していたし、必死に止めようとする二人を差し置いて栓を抜くのは、単純に気持ちが良かった。というか。万はともかく、この場を貸し切った張本人であるモモが悲鳴をあげたのは、解せない。
そもそも、僕は僕が大事だと思う人としか、大事にしているものを渡さない人間だ。ワイン一本とってもそう。
「喜んでくれると思ったのにな」
などと言ってわざとらしく肩を落とすと、モモが慌てた様子でフォローを入れてくる。
「いや、嬉しいよ! 嬉しいけども! なんか、もう、規格外すぎちゃってない……!?」
「あー……なんでこんなワインをプラスチックのコップで飲んでんだ、俺……」
万の悲壮そのものみたいな声が面白く、肩を落としていたのを忘れて、喉でくつくつ笑う。
「グラスのこと、すっかり忘れてた。でもここまで美味しいと、何で飲んでも味は一緒じゃない?」
「それは……そう、なの、かな……? え、もう全然わかんない。オレ、こんないいワイン飲んだの、本気で初めてだし……」
「あはは、モモの初めてもらっちゃった」
「ユキに初めてあげるの、ぜんっぜん初めてじゃないからねッ? どれが初めてだったか、全部教えてあげようか!?」
「いいねそれ。最初から言ってってよ」
「……なあこれ、俺がツッコむべきなの?」
なんてことを言わせながら、僕はまた、喉を潤し、味覚を楽しむ。モモが用意してくれたオードブルの味は素晴らしく、三人ではどうにもならない量が用意されているのがおかしかった。どれだけつついてもなくならないから、魔法でも使ってる? と何度か聞いた程だ。
モモは確か、鬼退治が出来るらしいので―脱す魔法が使えてもおかしくはなさそうだった。
ワインを空け、日本酒やビールにも手を出し始めた頃。モモと万が会話に花咲かせているのをぼんやり聞き流しながら、視線は自然と光の方へ吸い寄せられた。
白く照らされた桜の木は、今は風に吹かれることもなく、静かに佇んでいる。地面に無数の花びらを散らし、あと一週間もすれば新芽が出てくるような、儚いようでしぶとい存在。
モモみたいだな、と思う。「なんでもかんでも百くんか?」と、さっきも万に言われたような気がしたけれど。やっぱり、改めて、モモみたいだ。
綺麗で、儚くて、強くて、しぶくとくて、そこに、在ってくれる人。その上モモは、可愛い。無敵だな、と思う。
僕はごろりとレジャーシートの上に横になって、ゆっくり瞼を下ろした。遠くから、二人の声が聞こえたような気がしたけれど、もう耳には届かない。
ああ、楽しいな。
それが、嬉しい。
僕が嬉しいと、モモや万も、楽しいといいな。
*
「ユキ、起きて。ゆーき」
「……ぅん?」
「そろそろ帰る時間だよ。バンさん、先に帰っちゃったからね」
「……あ、そう……」
「あれ、ショック受けない。やっぱり、三日前に会ったから?」
「まあね……。……って、……えっ」
そこで急激に現実に引き戻された。霞がかっていた視界が開けて、僕にしては機敏に、勢いをつけて起き上がる。目を見開いてたままモモを見つめると、ぼさぼさだったらしい僕の頭を、手のひらでよしよしと撫で付けてくれた。
「やっと起きた〜」
「万か。万が言ったんだな……」
「違う違う。聞いたんだよ、オレが! ユキの反応があんまり普通だったからさ。……ほら、立って立って」
「……くらくらする」
「飲みすぎちゃった?」
「それもあるけど」
万が「言ってしまった」事実に、くらくらしている。自分が呼ばれた理由ぐらい、分かってだろうと、今すぐ追いかけ問いただしたい。しかし、アルコールが入りすぎた体は、ちっとも言うことを聞かないかった。脳みそが芯から揺れていて、視界がぐらついている。立ち上がろうとしても、手をついたまま動けなかった。
そんな僕を見て、モモは「あーあ」と笑う。モモもモモで、かなり上機嫌のようだ。頬が赤いので、それなりに酔っているのかもしれない。
「ダーリンったらしょうがないなぁ。あと三十分でここ、出なきゃいけないから。もうちょっとだけ、ゆっくりしてく?」
「うん……ごめん。今、すぐには動けないかも」
「オッケー。じゃ、オレはそんなユキを見ながら、残ったビール、いっちゃおっかな!」
「元気だ」
「超元気だよ。ユキとお花見だもんねッ」
あ、可愛いことを言った。嬉しくなって、酔いの回った体を引きずるようにしながら、モモの肩に頭を乗せる。ワックスで固めているはずなのにふわふわな髪の毛が心地いい。
「ユキがデレてる……ッ! かわいい! 写真撮っていい!?」
「お好きにどうぞ」
「やったぁ〜! じゃあ、ここのカメラ見て……って、やばいユキ、頭に桜の花びらついてるよ!? キュートすぎ! あとでラビスタに載せちゃうッ」
「タグは?」
「んーとね〜、#ユキ見酒 #四季とか関係ない #一生飲める」
「ふ……ふふ、桜の話、しなよ、そこは」
モモは凄い。何を言えば僕が喜ぶかをこんなにも熟知している。それなのに、全然予想外のこともしでかすし、喜ばせるのと同じぐらい、怒らせるのも得意だ。流石にそれは意図してやっているわけではないんだけど――そういうのひっくるめて、全部、モモだなあと思う。
はらはらと散る桜の花びらが、あぐらをかいたモモの膝に落ちる。よくよく見れば、レジャーシートの上は花びらで真っ白になっていた。
「僕、どれぐらい寝てた?」
「一時間ぐらいかな? 何度か起こしたんだけど、あんまり気持ちよさそうだったから、諦めちゃった」
「いつもみたいに無理やり起こしてくれればよかったのに」
「ずっと作曲詰めでお疲れモードだったでしょ〜」
「それはモモも同じだろ。ロケ三昧」
「オレは体力バカだから、平気ですぞ」
「アラサーなんだから、無理しない」
「そ、それ、禁句……! バンさんともその話になって、せっかく盛り上がってたのに、一気に無言になっちゃったもん……」
あ、僕が知らない話を、万としたな。僕が寝ていたのが悪いのだから、仕方ないんだけど、やっぱり起こして欲しかった。ちょっとムッとして、その瞬間にモモが笑う。それは明らかに僕の反応に対するもので、敏すぎるのも考えものだ。
「あはっ、ごめんね? ユキが嫉妬してくれるかな〜と思って、今のはモモちゃん、ワザと言いました!」
「……何それ」
「にゃはは。だってユキ、ほんっとに起きてくれなかったんだもん。ちょっと意地悪したくなっちゃった」
こてん、と僕の頭に自分の頭も乗せて、そんなことをのほほんと言ってのける。こういう、自然なあざとさも、モモの持ち味だった。僕に出会わなかったら、きっと〝こう〟はならなかっただろう確信があるのも、良い。
僕に可愛いと思われたいモモは、正しく僕のものだから。
全く、僕という生き物は単純で、やっぱりすぐに上機嫌になるのだった。モモが可愛くて、嬉しい。酩酊感もちょうどよくなってきた頃、少しばかりトーンを上げた声色で答える。
「いいよ。じゃあ今夜は無礼講にして、僕を嫉妬させまくるといい。嫉妬して寂しがる僕に弱いモモが、そのあと目一杯甘やかしてくれるしね」
「それ、ユキばっか得するやつじゃん」
「僕を甘やかせるんだから、モモにも沢山得があるよ」
「む……? 確かに。お〜〜よしよしユキさ〜ん、キュートだね〜っ」
イマジナリーユキさんを前にわしゃわしゃと腕を動かすモモに、本物はここにいるよ、と言い聞かせたくなった。肩に乗せたままだった頭をするりと引き抜いて、よろりと体勢を崩したモモの腕を引いてから、よいしょと押し倒す。どさっ、と倒れ込んだモモは、土の地面に頭を打つ――こともなく、僕が脱いでいた上着に頭を着地させた。
「びっくりした! 頭割れちゃうかと思った!」
「割れないよ。僕がそんなヘマすると思う?」
「……しない、しないね。事、こういうことに関しては、特にしないイメージ……」
「でしょう。もっと褒めて」
「嫉妬させなきゃいけないから、あとでね!」
「あ、そっか」
モモの上に脱力するように体を乗っけて、それと同時に二本の腕が僕の頭をわしゃわしゃとかき混ぜた。結構雑な動きが、モモの酔っぱらいぶりを示している。
「お〜〜よしよし、ユキさん、キュートだね〜っ。そんで、イケメンで、ねぼすけで、才能があって……」
「嫉妬させるんじゃないの?」
「あ、そっか! つい癖で褒めちゃった……」
酔っぱらいって、何をしても駄目だ。言ってることとやってることが、ちっとも噛み合わない。
そして、こういう酔い方が許される場を作ってくれたのは、他でもないモモだった。
頭に両手が乗っかったままの状態で、僕はのそりと上半身だけを起こし、少し下の方からモモを見つめる。モモも、ちょっとだけ首を起こして、僕を見つめていた。躑躅色の瞳が光る。きっとモモは、僕の薄縹の瞳を見て、綺麗だなって思ってるね。
「有難う。万とも飲めて、嬉しかったよ」
「……サプライズ失敗しちゃったのに?」
へにょりと眉が下がって、不安げな表情になる。飼い主に怒られた犬みたいな顔。
「やっぱり気にしてたか」
「そりゃ、もう、泣いて喜んでくれると思ってましたから……」
「それなんだけどさ」
一呼吸置いて、「うん」の返事を待ってから、一息で言った。
「モモと二人っきりの花見を楽しみにしてる僕が、万の登場で泣いて喜んだら、浮気じゃない?」
「う、浮気じゃないよッ。素敵な友情だなって思うよッ!?」
「ほんとに? 絶対、それだけを思っていられる? 全く嫉妬しない? 僕が万に会えて嬉しいよって咽び泣いても? 万が僕と仲良さそうに飲んでても?」
「……い……ら、れ、る! オレのRe:vale愛を疑う気!?」
「……はあ。まあ、そうね。モモは、そう言うしかないか」
よいしょと隣に寝転がって、至近距離でちょいちょいとモモを手招きする。仰向けの姿勢から、僕の方に向き直ったモモの瞳は、ゆらゆら揺れていた。言いたいことは言えず、言わなきゃいけないことを探してる時の目だ。
だからこれは、僕が先に言うべきだった。
「僕は、万からのサプライズでモモが泣いて喜ぶのを、結構見てるわけだけど」
「う……? は、はい」
「その度、もう、一生どっかに閉じ込めてやろうかなって思うぐらい、嫉妬してるよ」
「ば、バンさんをッ!?」
「も、モモに決まってるだろ!」
「あ、はいッ!」
酔っぱらいに何を言ってもなと思いつつ、今の返しはいささかショックだった。
なんでこう、モモの中の僕は、一生、〝万が最優先〟なのだろう。そもそも、それぞれに好きなのだから、あっちが先とかこっちが後とか、無いわけで。
とはいえ、ひたすらラビチャを返すモモに「僕との時間を最優先しろ」と散々言ってる身では、説得力の欠片もないことは分かっている。ので、口にはしなかった。言ったら多分、大変な修羅場になるので。
一時間も寝た甲斐があってか、酩酊感も醒めた今、僕の思考はすっかりクリアになっていた。
いい加減、本題に入ろう。
「だからさ。モモも、もっと普通に、自分がしたいようにしてくれていいんだよ。僕を喜ばせるためだけに、万を呼んだわけじゃないだろ。万とも、一緒に花見したかったんだろ?」
「……うん」
「万と飲めて、楽しかった?」
「……楽しかった。し、嬉しかった、よ……」
「僕も同じ気持ちだった。万もきっとそうだと思うよ。でもそれを言うと僕が不機嫌になるって、モモは知ってるもんね」
「……」
自分で言っておいて、僕ってかなり面倒くさいな、と思う。僕を優先することは即ち、モモが色々なことを我慢する羽目になるということだ。
でも、その全てを、僕が望んでいるとは言い難かった。
「万の為にも、『モモが呼びたかったから呼ぶ』、でいいんだ。モモの〝楽しい〟を、優先してね」
「……でも! ユキに喜んでもらいたかったのも、本当の本当だよ」
「それもちゃんと分かってる。有難う」
「うん……。あの、オレの方こそ……有難う」
「どういたしまして」
モモのゆらめく瞳を覗き込みながら、僕は考える。
僕にとっては、モモとの時間が何よりも幸せであると、都度伝えては、分からせているつもりなのだけど。言葉でも、曲でも足りないなら、どうすればいい。
Re:valeという唯一無二を前にすると、モモはいつだって頑張りすぎるきらいがあった。僕とのRe:valeを大事にするがあまり、ラビチャの通知は止まらないし、飲み会の誘いもなくならない。僕の知らないコミュニティを作り上げ、仲間を増やし、芸能界を牛耳らんとしている。
助かるし、有り難い。
けれど、君が傍にいないのは、寂しいよ。
揃いの指輪や合鍵があっても、モモのことを捕まえることが出来ないのは、歯がゆかった。
正しく、君は僕のものだと、僕自身も、ちゃんと理解したい。そして何より、モモにも理解して欲しかった。
僕がモモのものであるということを。
「モモ」
「……なんでしょう」
「ここ出るまで、あと何分?」
「あ、そうだ! えっと……あと5分じゃん! もう起きよっ。これからどっかで飲み直す? それとも、今日はもう――」
終わり、の言葉を聞かないように、唇で唇を塞いだ。モモの目は零れ落ちそうなほど見開かれて、ぐっと体が強ばる。大丈夫だよ、の意味を込めてちゅっと吸いあげてから、静かに唇を離した。
明らかに、ふざけてしたものじゃないと、分かるキスにした。僕はこういう時に、ヘマをしない。
それはモモも十分理解していることだ。
真っ赤に染まった顔をみれば、分かる。この顔は、僕のことが好きでたまらない時に見せる顔。
血行が良くなりすぎると、酔いが回りやすくなる。薄めた烏龍茶を飲ませてあげたいな、と思った。
「なんでぇ?」
素っ頓狂な声がおかしくて、第一声がそれか、と笑った。これは確かに、心の底からの、素直な言葉だ。
「今日のお礼に、僕をあげたくなっちゃった」
「……お返し、なんも出来ないよ」
「モモをもらうよ」
「オレじゃ等価交換にならない……。そんなんじゃ錬金術、使えないよ……」
「それも鬼退治の話?」
「違うっ、これは兄弟の話!」
まあ、それは今どうでもいい話だ。このまま脱線されても困るので、転がったままのモモをぎゅっと抱きしめる。
ビキ、と固まったモモは、ひどく緊張したように、息をするのも忘れているようだった。酔いはすっかりと醒めてしまったらしい。
「僕らはこんなに頑張ってるんだから、お互いにご褒美があってもいいと思うんだよね」
「……オレにとっては、一生返しきれないぐらいのプレゼントなんですけど……」
「返さなくていいんだけど。まあ、でもそこまで言うなら、来世でいいよ。繰り越しさせてあげる」
「そんなシステム、あるんだ」
「僕が今作った」
その言葉に、モモの体から力が抜けて、ぎゅっと片腕だけが僕の背中に回された。相変わらず横に寝転がっているので、それが今の精一杯なのだろう。
答えをもらった気がして、抱きしめる腕に力が籠もる。
「あだっ、だだだっ! ユキ、ぐるじっ、あだだ」
「くっ……、ははっ、嘘みたいに色気がないな」
「ひ、ひっどぉい! ユキさんのこと、こんなに愛してるのにっ!」
「僕もだよ」
あえて乗らずに真面目に返してみる。
するとモモは、あろうことか、この後に及んで言ったのだ。
「……正気?」
この花見の、最初の、最初を思い出す。
「うん。本気」
あの時のモモの言葉をそっくり返すと、モモはもう、何も言い返せないようだった。
5分なんてとっくに過ぎ去り、退去の時間をオーバーしているのは明らかだった。
それでも僕は、降り注ぐ桜の花びらが、僕らを埋めてしまうまで、こうして抱き合っていたかった。
大丈夫。延長料金は、僕が払うよ。
*
「バンちゃんさっきから何見てんの? ん? ももりんとゆきりん?」
「そうそう。……環くん。お花見、したくない?」
「えっ、したい。ちょーしたい! つーか、する!」
「じゃあ、みんなに伝えてきてもらっていい? 今日、全員寮にいるよね。桜の木はないけど、寮の庭でやろう」
「マジ!? すぐ呼んでくる! あ、マネージャーは、バンちゃんが呼んで! ボスも!」
「勿論。いま丁度メッセージ入れたところ」
「っしゃー! 寿司! ピザ! うなぎ!」
全部応えられるかは分からないラインナップを吠えつつ、とんでもないスピードで消えていった背中から視線を外し、ふう、と一息つく。
先日行われた規格外の花見は、思い出すだけで胃もたれを起こしそうな濃さだった。
勿論、百や千と花見が出来たことは、万理にとってもとても素敵な思い出の一つである。
しかし、何より。
「本当に、似てるよなあ、あの二人……」
全く違う素材で出来た凹と凸なのに、ピッタリハマって二度と離れない。その様子は見ていて楽しいし、疲れるし――良かった、と心底思うのだ。
俺に、あの人たちと、あの子たちが居るように。
二人には、お互いが居る。
「あ、万理さーん!」
レジャーシートやジュースを持ち寄った七人が、ぞろぞろと列をなしてやってくる。
万理はその様子を、たまらなく愛しい光景として目に焼き付けた。
桜はなくとも、彼らは今日も七色に咲き誇っている。