「サプリだから大丈夫だよ」
って言っても、ユキは全然納得してくれなかった。オレの手から緑色のカプセルを取り上げたかと思うと、ゴミ入れに突っ込んでしまう。
それ、わざわざ海外から取り寄せためちゃくちゃ効くやつなのに。なんて勿体無いことを! 未練がましくゴミになってしまったそれを見つめていると、乱暴な手つきで顎を掴まれて、そのままキスされた。うん?
抵抗する間もなく今度は舌が入ってきて、オレの舌を絡め取る。それから八重歯を舐められて、上顎をくすぐられてから、唇をガブリと噛まれた。
怒ってる、完全に。
甘噛みには程遠い刺激に背筋が震えて、それと同時に唇が離れる。唾液で濡れた唇を自らの舌でぺろりと舐めるユキの色気は、そりゃもう、壮絶だった。目元は不機嫌に眇められたままで、それがまた、とてつもなく素敵だ。イケメンだ。
呑気なことを言ってるなよ、と更に怒らせそうだから、顔に出さないように努める。努めただけで、出来たかどうかは分からないけど。
――一粒飲めば、あら不思議。疲れが取れて元気に動けるサプリメント。そんなの、この業界ではさして珍しくもない。特にオレが飲んでるやつなんて、裏で出回ってるような粗悪品ではなく、正規の業者から買っている超良品だ。超真っ当な完全合法サプリ。ただし値段だけは法外。
とはいえ、ユキは菜食主義の健康志向だ。こういうのに(たまに)頼ってるのがバレたら、怒られるだろうな、とは思ってた。
でも、まさかここまで怒らせるとは思わなんだ。突然のディープキスなんて、トチ狂った行動に出てしまうくらい、許せなかったの?オレたち、恋人でもセフレでもないのに。お茶の間に大人気なトップアイドルなのに。場所も場所だし、理由も理由だし。背徳感全部載せかよって感じだ。
ユキとのファーストキスはライブでのファンサだったけれど、2回目がこんな熱烈で強烈なものになるとは夢にも思わなかった。シチュエーションも手伝って、一生忘れられない経験になりそうだ。
だってここ、ロケバスの中だし。
オレたち二人は準備が出来るまで待機を言い渡されていて、イコール束の間の休憩時間だった。スタッフも買い出しに出掛けていて、ここにはオレとユキしか居ない。けれど、外から出入り口を見張っているスタッフは居るし、カーテンの向こう、窓ガラス越しには何十ってスタッフがひしめいてる。そんな状況で、こんなエッチなことして、いいと思ってんのかな。ユキは。
どうしてもこの休憩中にサプリを飲んでおきたくて、ユキの目を盗んで口に放り込もうとしたら、目敏く見つけられてしまった。通路を挟んで並びで座っていたユキが、寝起きにオレを見た、その瞬間だった。タイミングが悪かったとしか言いようがない。
簡易テーブル横のフックに引っ掛けたコンビニ袋には、おにぎりの包み紙と、ゴミになってしまった錠剤がうっすら見える。あーあ。やっぱ、勿体ない。
と、今度は後頭部を掴まれて引き寄せられた。
うわっ、強引。その力強さに、ちょっとどころか、かなりときめく。ユキはオレより細いくせ、実はオレぐらい力があるのだった。
今度は、いいようにはされない。ユキの舌が割り込んでくるより先にオレが雛みたく口を開けて、ユキを誘い込んだ。されるがままだったさっきより、舌が触れ合う面積が増えて気持ちいい。
あったかくて、生々しくて、息苦しさすら刺激になった。
は、は、と細切れに漏れる息に、オレって本当に犬みたいだな、なんてぼんやり思う。意識が一瞬他に向いたことに気づいたらしいユキが、集中しろ、と言わんばかりに、ぎゅっとオレの両耳を塞いだ。
キスで粘膜が擦れ合う音が、耳元にダイレクトに響く。ぐちぐちと鳴る音が生っぽくて、当たり前に興奮した。危うく声が漏れそうになって、喉元でなんとか堪える。
これはちょっと、流石にマズイですよ、ユキさん。抵抗の意思表示のため、ユキの両腕を掴んで耳から離す。またしても不満げな顔を向けられて、オレ悪くないでしょ、って表情を作ってやった。
さっきから、お互い一言も喋っていなくて、してることはでろでろのキスだけだ。ADが他スタッフに集合をかける声がうっすらと聞こえて、自然と二人の体に距離が生まれた。
口のまわりをごしごしと袖で拭って、はあ、と息をつく。ユキも、隣の席にぽすんと座って、ふああ、とあくびを漏らした。今の今までしていたことが、まるで夢だったみたいに。流石演技派――というわけではなく、ただただ満足したってだけなんだろう。
GW前はテレビ局も特番の準備に大わらわだ。当然Re:valeも各番組に駆り出され、今日を超えれば一ヶ月ぶりの一日オフが待っているという、山場だった。だから久々に、サプリのお力添えをいただきたかったんだけど。
「――要らないでしょ、あんなの」
まあね、とオレは正面を向いたまま答えた。
「こんなことされたら、嫌でも元気になっちゃいますよね。主に下半身が」
「ふっ、……モモ、今日僕のうち来る?」
「えー? このタイミングでそのお誘い、勘ぐっちゃいますな〜〜」
「いいよ。存分に勘ぐって。おまえの思ってる通りのお誘いだから」
「……スマートすぎて怪しい。オレ、何か買わされる?」
「そうね。モモには特別価格、0円で売ってあげる」
なるほど。オレはユキという特級品を、0円で売りつけられているらしい。
「破格だ。でも、タダより高いものはないよ。条件があるんでしょ!」
「今残ってる薬、全部処分」
「……ええ……? ええ〜〜……?」
「僕ほどのものが手に入るのに、そんな粗悪品に頼る理由がわからない」
「ユキが言うと、説得力、すごいな……」
このまま、ユキという特級品を手に入れてさ、ユキなしじゃ生きられなくなったらどうする?
そんなの――めちゃくちゃ怖くて、超がつくほど最高だ。
あーあと残念がるフリをして、オレはバッグからケースを取り出し、ユキに渡した。やわいケースをくしゃりと握りつぶし、ユキが満足げに笑う。
「そういえば僕、一生返品不可だけど。いいよね?」
「とんでもない後出しじゃん……。いいともー!」