ユキって結構「オレのこと好きなの?」ってことを言ったり、やったりする。
少なくとも、オレたちの間に「友情」は存在しないから(相方であり仕事仲間でありパートナーであって、〝トモダチ〟とは違う、と思う)それらは「友愛」的な行動にはあたらないはずだ。
例・その一。
ふとした瞬間目が合って、あらやだイケメン、なんて軽口を叩く隙もなくキスされる。頬とか額とかじゃなくて、標的は常に唇だ。
はじめこそひっくり返りそうになったけど(嘘。実際ひっくり返った)よくよく考えると、キスぐらいライブでもバラエティ番組でも散々してきた。プライベートでする意味、ある? とは思うものの、行為自体は今更どうってことはない。
でもさあ、目が合って相手の合意を確認する前にキスって、オレ以外にやったら普通にマズイやつだよ?
キス魔のユキ。字面だけでもホワイトアウト案件で、かなり怖い。
例・その二。
びっくりするほど、イチャイチャ、べたべたしてくる。
ユキのパーソナルスペースの広さは結構有名で、ユキが心を許した相手以外は、実は握手すら出来ない。別名ポータブルテリトリーと言われているだけあって、なかなかどうして難攻不落だ。
勿論、アイドルとしては正しい心がけで、オレもユキに倣って、一見狭そうに見せつつ、実は割と広めに取ってるつもり。ユキはそれでも、全然足りないだろって怒ったりするんだけど。
で、そのユキのスペースが、オレに対しては、何故か0になっちゃう。最近はそれが顕著で、真冬でもないのにべったりだ。
肩に頭を乗せられたり、背後から腰に腕を回されて抱きしめられたり、首筋に顔を埋められたり。
所構わず行われる激しめのスキンシップに、流石のオレも最初はちょっと戸惑ったけど、二日もしたら慣れてしまった。「仲良しで何より」って、スタッフさんも秒で慣れて、いつものことと笑ってる。
ただ、首筋に顔を埋めるついでに、オレにしか分からないように、舐めたり、噛んだりしてくるのは、ちょっとオイタが過ぎません?
人恋しいんだか、口寂しいんだか。春だからかなあ。――うん。春だからだな。
例・その三。
プレゼントしようとしてくるものの額がエグい。そもそも提案の時点で、規模感がバグっちゃってる。
(一緒に住むための)マンションとか、(お揃いの)マクラーレンとか、言い出したらきりがないのだ。
「なんでも買ってあげる」と背景に可愛い花を散らしながら言うのだから、めちゃくちゃ困る。いや、それ、欲しければオレ自分で買うしね。給料、大体同じだからね? ユキに入ってくる楽曲印税、自宅スタジオ維持費とか機材費で割と消えてるでしょ。
オレからすれば超がつくほど真っ当な理由でのお断りを、ユキは全然理解してくれなかった。しかも、断ってばかりだとめちゃくちゃ不機嫌になるので、「それよりユキの手料理が食べたい」となどと言って誤魔化し続けている。いつかこの誤魔化しに気づかれて、問答無用でマンションを買い与えられたら、どうすればいいんだろ。なんて、割と真剣に考えたりする始末。即売却なんてしたら、ユキ、しばらく口きいてくれなくなりそうだし。アイドル界のおしどり夫婦としての関係を維持する為に、今後も誤魔化され続けてくれと祈るしかない。
で、これだけ例を出してみて、思うことはいつも一つ。
――ユキがオレのこと、本気で好きだったらよかったのに。
正直に言おう。ユキがオレ以外の人間にこんなことし始めたら、ありえないほど嫉妬しまくって、烈火のごとく怒り、それを誰にも言えず、熱出してぶっ倒れる未来が見えている。
えー、それ、今までオレに対してしてたことなんですけどッ! なんで、オレじゃなくてその人にやっちゃうの? 相手の首舐めるとか、アイドルとしての自覚、足りてなくないッ!?
ぐらいは、全然言い兼ねないオレです。さっきまで、全然気にしてませんみたいなポーズ取ってたのに、これ。めちゃくちゃ怖いよね。オレもそう思う。
そう。オレは、〝オレ相手〟だからこそユキを許していることが、沢山あった。
ねえこれ女々しい? かなり痛い? どう思う、おかりん! ――なんて、我らが超絶有能マネージャーの胃薬を増やすような質問はしない。当然、ユキ本人に直談判なんてもってのほかだった。
だって、オレも今をときめくトップアイドルだから。ユキに、「オレだけを本気で好きになってくれませんか?」なんて、言える立場にないし、言う気もさらさらなかった。
アイドルは、みんなの恋人。オレも、ユキも、ファンのみんなのもの。それは未来永劫変わらない事実で、みんなで作り上げる夢だ。
故に、オレは今日も「オレのこと好きなのかな?」なんて甘い幻想に数秒浸っては、正気に戻って背筋をきちんと正している。
何もかも一人で完結する、生産性0の、けれど楽しさだけは保障されてる遊び。
いつか、オレが知ってる誰か、あるいは全く知らない誰か――に、ユキが惚れ込んだとして。
そんなユキにべったべたに甘えられてた時期が、オレにもあったんだって思い出さえあれば、なんとかやっていけるのも、オレだ。そういうところだけは、かなり信頼が置ける。諦めは悪い方だけど、思い切りは良い方。どーも! Re:valeの百です!
大丈夫、大丈夫。この想いは墓まで持っていく所存ですし。今際の際になったとて、決して誰にも言いません。神様仏様おかりん様に誓います!
胸の前で手を握り目を瞑って、天に祈るみたいなポーズをしていたら、目の前を通りがかったユキに、ちゅっと軽くキスされた。
いやマジで相手がオレじゃなかったら、ユキは逮捕されてるからね!?
*
そして本日華の金曜日、深夜一時、ユキの自宅にて。
ユキはご機嫌にオレの頬を撫でくすぐり、頭をわしゃわしゃかき混ぜて、ちゅっちゅと鼻先にキスをしつつ、時々思い出したように首筋を甘噛みしている。色んなこと同時進行出来て、器用だ。とか考えないことには、やってられない。与えられるなんかちょっと、大分、かなり気持ちいいことを、オレは必死に意識の外に追いやっていた。オレも酔っ払うことは多いから分かるけど、酔っぱらいって、碌でもない。特にユキみたいなタイプは。
すっかり見慣れた広いリビングの中央、めちゃくちゃ大きいL字ソファの上で、この過剰なスキンシップは繰り広げられていた。つけっぱなしのテレビは、ただのBGMと化している。
大好きな銘柄の赤ワインが手に入った喜びが、ユキを特別高揚させているのだろう。
オレは単発ラジオの収録帰りで合流が遅れたせいで、乾杯してからまだ一口飲んだだけだ。二口目を喉に流し込む直前にスキンシップが始まってしまったので、当然、全く酔えていない。せっかく美味しいワインなんだから、これ以上酸化する前に、とワイングラスに手を伸ばしても、するりと長い指を添えられて制止されてしまう。
そうして、「そんなのはあとでいいだろ」って、耳元で囁かれるのだ。普段以上に落とされたトーンで囁かれると、背筋がぞわりと総毛立って、そのあと体がふわふわしてくる。これ、女の子にやったら、即死のやつ。
ちょっと困りますよお客さん、みたいな気持ちで覆いかぶさってくるユキを睨むと、オレの眼光なんて意に介さないどころか、薄縹の瞳がとろけた。
うわっ。
うわー…………。
あまりに無遠慮にあてられた色気にちょっと茫然としたあと、意識を取り戻して必死に取り繕った。
「……っ、あの! 早く飲み直そうよ。オレ、ユキと一緒に飲むの楽しみにしてたんだよ? 結構久々じゃん、二人で宅飲み!」
「ふふ、そうね。ところで、宅飲みと僕とキスするの、どっちが大事?」
「このクイズ考えた番組スタッフ、怒られただろうな〜〜」
なんて、軽口を叩いてみせるオレの背中には、大量の汗が滲んでいる。やばい。これは、やばい。ちょっとでも気を抜くと「ユキ、絶対オレのこと好きでしょ」と言ってしまいそうになるほどのヤバさだ。
本当は、全身全霊で叫び出したい。このイケメンで、美形で、美人で、格好よくて、スマートで、キュートな、酔っぱらい。すなわち、〝めちゃくちゃ厄介な男〟に対して、「好きだー!! いい加減にしろー!!」って大声で叫び散らかしたかった。それが叶ったら、どんなにスッキリするだろう。朝の情報番組もびっくりの爽快感に違いない。
だから、酒を飲ませてくれ。情けないことに、オレは突然訪れてしまった局面を、アルコール無しで乗り切れる自信がなかった。
だってこの睦み合いはもう、スキンシップ過剰を超えて、普通に恋人同士のそれだ。オレのこと〝相方として好き〟なユキから繰り出される究極の悪ノリに、素面でついていくのはそろそろ限界に近かった。
それに、こうも正気だと、「へー、ユキって好きな人にこういうことするタイプなんだ」とか「まあ、本気出す相手はオレじゃないんですけどね」とか、余計なことを考える隙が生じる。それって物凄く虚しくて、悲しい行為だろ。生産性0な上に楽しくないのは、困る。幻想を見てすぐ正気に戻るぐらいが、オレには丁度いいのだ。
そんなオレの気も知らず、ユキの行動はどんどんエスカレートしていく。シャツのボタンを恐ろしい程の手際の良さで外していくので、慌てて両手で留め直そうとすると、使っていない方の手で止められた。
不満げに寄せられた眉の、その一本一本の生え方すら絵みたいに綺麗で、びっくりする。そんで、不満げなことにも、めちゃくちゃびっくりする。
「モモ、僕とそういうことするの、嫌?」
「いやいや、嫌というか、いやさ……」
「なに、嫌ってこと?」
「いや、だからさ、いや……嫌というか……あれ? なんか日本語に自信なくなってきた……。って、違う! 嫌とかじゃなくて、普通にダメでしょ!」
「なんで?」
お願いダーリン。せめて会話をする、努力をして。
嫌、とか、なんで、とか、そういうこと以前にオレたち、そういうんじゃ、ないでしょうが。
が、そんなこと言ってもきっとユキはノーダメージだ。「そういうって、どういう?」とか聞かれて終わり。だからそれよりもずっと強い言葉で、脅す必要がある。
オレは懇親の力を込めて眉間に皺を寄せ、くしゃくしゃの顔で言い放った。
「ユキさんや。これ以上、なんかエッチなことしてみろ。ユキは相方にもノリで手を出すホワイトアウト野郎だって、おかりんにチクッてやる!」
「へえ、恐いね」
わぁ、全然ご機嫌。どれだけ凄んでも、ユキは永遠にお花を散らしている。ひまわり、パンジー、デイジー、ポピー、そういう華やかで可愛い花が、ぽんぽん飛び出てくるから、呆れた。
イケメンって、すっごいな。オレは一瞬諦念を覚えて意識を飛ばしかけ、ぐっと堪えた。いけない。諦めるな。ここで諦めたら試合終了だぞ。
もう、ここまで来たら仕方ない。少女漫画原作の恋愛映画でよく見る伝家の宝刀、抜かせていただきます!
「あの、オレ! 付き合ってない相手と、こういうこと、しないって決めたから! 今! ユキとも、もうしません!」
……いやこれ、今どき小学生でも言うか?
言い終わった直後に賢者タイムに陥ったものの、思ったよりも効果があったようで、ユキの動きがピタリと止まった。これ幸いとユキの下から抜け出そうと上半身を起こすと、ガッ、と肩を掴まれて捕獲される。
ヒェッ。
「おまえ、本気で言ってる?」
背後に飛んでいた花が一瞬で枯れ果て、突然ブリザードが吹き荒れる。それにより、オレの心臓は一秒もかからず綺麗に凍りついた。ユキの目が、思いの外、マジのやつだったからだ。
美人の真顔が怖いのは有名だが、宇宙一イケメンの〝睨み〟は、死人が出る。今オレが死んでないの、ただの奇跡だから。
「ほ、本気……だよ、そりゃ……」
「……なるほど」
ついさっきまで超がつくほどご機嫌だったユキは鳴りを潜め、気のせいじゃなければ、めちゃくちゃ素面に戻っていた。
そ、そんな、百年の酔いが覚めるほど気に障りました? オレ、そこまで悪いこと、した!?
「ゆ、ユキ」
「でもさ」
ユキが、オレのビビリまくった問いかけを無視して言葉を被せる。何を言われるのか想像がつかなくて、オレの顔は多分、見るに堪えないほど怯えていた。さながら捕食されるウサギだ。薄くて形の整いすぎた唇が開かれるのを見逃さないようにしながら、耳を塞ぎたい衝動を必死で抑え込む。そんなことしたら、更に不機嫌にさせるだろうし。オレはユキに詳しいんだ。
でもさ。念を押すようにもう一度ユキが言った。
「モモに『付き合って』って言ったって、どうせ頷いてくれないだろ?」
「……へ?」
「だから言わなくても伝わるように色々してきたつもりだし、モモはそれを甘んじて受け入れてたんだと思ってたんだけど。違うの?」
「…………うん?」
「……おい。もしかして、本気で分かってなかったのか? ……全く? 何一つ?」
信じられない。という顔をして、ユキが目を見開いたので、オレも釣られるように、全く同じ顔をした。
突然、宇宙に放り出されたような気分だ。
そしてオレの、何一つ理解出来ていません、という反応に、ユキは心底、心底驚いて、そして何より本気で困惑しているようだった。お互い、頭の上にはクエスチョンマークが何個も乗っている。
「……待って。じゃあ、モモの中で、僕がキスしたり抱きしめたり首舐めたり噛んだりしてたのって、どう処理されてたの?」
「……過剰なスキンシップ……?」
「は? 僕は、スキンシップの一環で、キスしたり抱きしめたり首を舐めたり噛んだりする男だと思われてたのか?」
「は、はい」
「はい、じゃないだろ。……え、……は???」
いつ見ても綺麗な長い髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜて「なにそれ?」とか「おかしくない?」とか「そんなのただの変態だろ」とか言ってるユキは、とても、とても――貴重だった。
いや、こんなタイミングで貴重とか言ってる場合じゃないことは百も承知なんだけど。おぐしが乱れて困惑のさなかにいるユキは、苛立ちと怒りとやるせなさと呆れをちょうど等分して撹拌したみたいな顔をしていて、なんというか、イケメンだ。うっかり見惚れてしまうほどに。
「……いや、でも、なるほど。だから、あんなに反応が薄かったのか。……え? でも、そんなの、おかしいだろ。だって、……え?」
こうして独り言をブツブツ言うのだって、かなり珍しい。オレのせいで、ユキがこんなことに。しばらくその様子を見つめていると、視線に気づいたユキが、観念したみたくオレに向き直り、盛大なため息をついた。
「……モモ、前から言ってただろ。アイドルはファンが恋人って」
「……うん」
「僕たちがどれだけ想い合おうがそんなことは関係なく、アイドルである以上、グループ内恋愛も、グループ外恋愛も、しちゃダメなんだろ?」
「……事務所的には許されてるけど、うん、まあ、オレ的には、NGだね」
「まあでも、それでいいと思ったんだよ。Re:valeのアイドルとしての方向性は、モモに一任してるし」
そうだ。ユキは確かに、音楽を発表し、ライブをして、ファンと交流が出来れば、他の運用的な部分に口を出すことはほとんどなかった。オレへ絶大な信頼を寄せてくれている証拠で、その事実がいつまで経ってもめちゃくちゃ嬉しい。
「でも僕はモモが好きだし、モモは僕が好きだろ?」
ユキの言葉に喜びを感じすぎて、ちょっと頬を緩めていたら、突然爆弾を落とされた。
………え、なんて?
「だから、僕がモモにするスキンシップ……みたいなこと全部、分かった上で受け入れてくれてたんだと思ってた。じゃなきゃ、キスなんてするもんか。僕が人前で、おまえ以外にしてるところ、見たことある?」
「ど、ドラマの撮影現場……?」
「仕事はノーカンに決まってるだろ……?」
呆けた声でオレを情けなく見つめ、それからぐったりと肩を落としたユキは、見るからに疲弊していた。それが全部オレ起因なことは分かっているんだけど、ごめんね、と言うにはまだ、ちょっと理解が追いついていない。
だってオレからすれば、いきなり告白されたも同然で、更には勝手に告白受理されてるも同然なのだ。そういうの、オレはもうちょっと事前に準備期間が欲しいタイプなんですけど。
でも、今いきなり言われてしまったからこそ、オレはその言葉を素直に受け取るしかなかった。準備期間なんて設けていたら、きっとうだうだくだらない妄想をのさばらせ、最悪中の最悪の展開を予想して、ユキを避けまくり逃げまくっていたに違いない。我が事ながら手に取るように分かる。
そしてその展開をユキも予想し、今このタイミングで言うことを選んだんだろう。
オレの相方が、クレバーすぎる。オレのこと、理解しすぎてるし、それって正直、めちゃくちゃ愛、感じちゃう。
えっ。
愛、感じちゃうんだけど。いいのか? これ。
オレが何一つ言葉を発さずいることを意にも介さず、ユキはそのまま続ける。
「結局、ちゃんと意図が伝わってなかった時点で大失敗だよ。モモの中の僕、倫理観が仕事してないタイプの僕だったみたいだし」
どこか恨めしそうなニュアンスが滲んでいて、流石に慌てて口を開いた。
「だ、だって! ユキにこれ以上の労働を強いるのは、モモちゃん的には、無しだよ!? 普段から曲制作とかドラマ撮影とかで超超忙しいのに!」
「いや、それって実在する僕じゃなくて、モモの中の僕だろ。そんな奴、今すぐに働かせて、ヒーヒー言わせればいい。……はい。馬車馬のように働かせた結果、おまえの中の僕はなんて言った?」
「…………『明日はオフにして』?」
「解雇だ。今すぐ、目の前の僕を雇い直せ」
「ご、ご無体な……っ」
オレの頭の中のユキを追い出すべく、目の前のユキがガシッとオレの頭を掴む。そして、わしゃわしゃとかき混ぜてから「はあ」とまたしても盛大なため息をついて、こつんとおでこをぶつけた。
顔が近すぎて、逆にあんまり見えないやつ。だからオレも、真っ直ぐユキの目が見れた。ゆらゆらと揺らめく青色はどこまでも澄み切っていて、どこを取っても、究極的に美しい人だ。
それなのに。
「……僕、今、モモのせいでめちゃくちゃ恥ずかしい男になってるの、ちゃんと分かってる?」
「はい。オレも、ユキ今めちゃくちゃ恥ずかしいんだろうな、って考えてました」
「面と向かって言われると、微妙だな……」
耐えられなくなったらしいユキが、そのままぎゅうっとオレを抱きしめる。オレの肩口に顎が乗せられて、もう顔は見えなかった。でも、触れている首筋や頬は、あっついね。
「付き合ってもないくせに、モモと両想いな気がして浮かれてるような男だよ、僕は。……そんな男、嫌い?」
ユキの声は、そりゃもう珍しく、ちょっとだけ震えている。これって多分、恥ずかしさが臨界点を突破しちゃったやつなんだろう。
いや、これだけ勇気振り絞って言ってくれてる人に、何も応えないわけには、いかなくない?
オレはだらんと下ろしていた腕を、やっとの思いで持ち上げて、おずおずとユキの背中に回す。ゆっくりと力を込めると、心臓同士が隙間なくくっついて、お互い同じぐらいの速さで鳴っていることに気づいた。
全力疾走した後だって、ここまでのことにはならないよ、きっと。
そっか。ユキって本当にオレのこと好きなんだ。
あれもこれもそれも、全部全部、オレだからやってたことで、オレにしかやってなかったことなんだ。そっか。そっかぁ……。
「うわヤバい。泣きそう」
「あのね、モモ。泣きたいのは、僕のほ……」
「違う、違うよユキ」
ユキは今日この日まで、オレに「好きだ」も「付き合おう」も、決して言わなかった。
オレがやりたいRe:valeを、確かに尊重してくれていたんだ。こんなにも、オレのことが好きなのに。
ユキ、と、どうしようもなく掠れた声で呼びかける。うん、と小さな声で返されて、ごくりと息を飲み込んだ。
「……信じて、もらえないかもしれないけど。オレも、ユキのこと、めちゃくちゃ、好きだよ……」
結局涙が滲んでしまって、鼻の奥がツンと痛む。鼻水をずずっと啜りながら、震え声で呟いた言葉は、準備期間がなかったせいで、なんの飾り気もない。
こんな大事な時にお互い目も合わせないで、ちっとも様にならないし。
なんならここまでして、恋人になる予定も、ないんだけどさ。
「信じるよ。なにせ、僕には倫理観があるからね」
優しく、甘く、ご機嫌な声が肩越しに聞こえたことで――この関係は、どんな名前も付けられないぐらい最高なんだって、本気で思えた。
*
「それはそれとして、今からモモのことは抱くよ」
「ちょ……っと待って。今までの全てが台無しの発言に、モモちゃんの腰、抜けました」
「恋人でさえなければ、体の関係もアリでしょ。これもちゃんとモモ理論だよ」
「こ、言葉だけ聞くとサイテーすぎないッ? オレが提唱したみたいに言わないで!」
「いいじゃない。僕たち、好き合ってるんだからさ」
「ま、魔法の言葉だ」
「でしょう。ほら、立って。ベッド行こう」
「オレは絶対に誤魔化されませんぞ」
「僕はいつも、モモに誤魔化されてあげてたのに? なら明日には僕らの新居、押さえておこうか」
「オーケー。ベッドに行こう。すぐ行こう!」