「うぇっ!?」
 と声をあげたのはモモだった。
 本日、モモのリクエストにより、外デート in 植物園。
 せっかくのオフを外で過ごすなんて正気の沙汰じゃないね、と先月から耳タコ上等で言い続けていたはずだ。それなのに、結局部屋に押し入られた上、毛布に包まり巨大なサナギとして生きることを選んだ僕に「ほら、羽化して! あと五秒で飛んで!」なんて掛け声をかけてくる。
 米俵のごとくリビングまで運ばれ、あれよあれよと身支度を済ませられたら、付き合うしかないだろう。朝から僕がやったことと言えば、洗顔と歯磨きだけだ。とんでもないガッツだ。とにかく、最高にイカしたデートがしたい、気分だったらしい。にしては、なかなか気取らない声を上げたな、ぐらいにしか思っていなかった。
 で、何?
「やばいやばいやばい」
「何。どうしたの? パパラッチに撮られた?」
「そんなん全然やばくない! オレたちの関係、秘密だったの!? いつだって夫婦茶碗でアツアツご飯を食べてる仲じゃんっ!! 毎秒撮られてもいいって覚悟でですねぇっ」
「昨日の晩ご飯は?」
「……パスタ!」
 あれ? おかしいな……。とモモがきょとん顔をかました後に、う、と眉を顰めた。さっきから、顔が忙しすぎる。こんなに働かされて、いつか表情筋がボイコットしやしないだろうかと、そこそこ本気で心配になった。
 う、う、う……うぇっくしょん!
 と、モモがびっくりするぐらい大きい声でくしゃみをした。それから、くしゅっ、うぇっくしゅ、くちゅんっ、と三度。最後の一回は嘘くしゃみだな。
「ああ、そっか。モモは外出るの久々だったもんね」
「うん、屋内ロケばっ、くしゅっ、かだったから、もう、そんな季節!? ううっ、サングラス外していい!? 目がっ、目がーッ」
「待った待った。こすったら事だよ。まだ外さない。我慢」
「うう、うう〜〜〜〜!」
 モモの花粉症は、去年より症状が悪化しているようだ。うぇっ、だの、やばい、だのは、花粉の存在をキャッチしてのことだろう。モモはこれから、二ヶ月は花粉に苦しむことになる。モモの目がウサギのように真っ赤になるのは可哀想だが、モモがくしゃみのしすぎでへろへろになっているのは、正直可愛い。
 ――なんてことを思っていた、罰かもしれない。
「うっ、くしゅっ……」
「はあ……っ。ダーリンったら、くしゃみまで、イケメン……! くしゃみするときにね、目をぎゅってするところなんか、最高にキュート。永遠に見てられる……」
 モモのうっとりした声に、悪魔か? と心の声そのままに口にした。「悪魔か?」
「それを言ったら、去年と一昨年のユキも、悪魔です。悪魔同士、仲良くしましょう。でも安心して! ユキは悪魔の中でも、階級めっちゃ高いよ!」
「知らないし、どうでもいいし、目が痒い」
「ああっ、ダメダメ、目をこすったら、事だよ!」
「…………わざとか?」
「えー? なんのことかにゃ?」
 にゃはっと笑うモモは、よく分からないが瞳をキラキラと輝かせている。完璧なアイドルスマイルだが、使う時と場所を間違えていないか?
「花粉症はね、なってみないと分かんないじゃん、辛さが」
「はあ、まあ、……そうね」
「ユキと苦しみを共有出来ることが、嬉しくて嬉しくて。だからちょっと、テンションが上がっちゃってます!」
 たはっと自分につっこみを入れるように頭を叩くモモは、全然僕より階級の高そうな悪魔だった。
 先端が矢印型に尖ったしっぽが、ひゅんひゅんとテンション高く振られているのが見える。僕の苦しみを喜ぶなんて、モモは変わった。いや分からない。本当にテンションがおかしくなっているだけなのかも。
 だってモモも、恐ろしいぐらい鼻声だ。なんなら声もちょっと掠れている。聞けば、喉に花粉がひっついて、死ぬほどイガイガするらしい。
「なのに、よく喋れるな……」
「だって、今日は去年のリベンジだもん! 植物園……最高! っっっっくしゅ!」
「モモ、もう、諦めよう。っくしゅ、っ、はあ、クソ……ッ、杉の木、全部切り倒してやる……」
「ユキったら大胆♥ ぶぇっ、くしゅっ!」
 そのくしゃみを合図に、帰って家デートに仕切り直し。来年は僕の家を植物園にすることで手を打った。
 そんなモモから、バカでかいオリーブの木が送られてくるのは、来週の話。



あばれんぼハニー