「アンタが勝手に死んだら、殺してやる」
 僕は嘘つきだけれど、こればかりは、本心だった。支離滅裂で、どうしようもない言葉だとしても。

 *

 情報屋の仕事の一環で訪れた幻界手前の山林で、下級妖怪に足を取られ、崖から滑り落ちた。
 それが、全ての敗因だった。
 その上、悪戯に土砂崩れまで引き起こされ万事休す。崖から落ちた拍子に帯刀していた刀はスっぽ抜けてどこかへ消えるわ、挫いた両足では逃げられないわ、あとはもう、死に一直線だ。
 あーあ、いくらなんでも短い人生だったな。そう諦めて頭を俯けた瞬間、大きな影が僕を包んだのを、見た。
 直後に落下してきた土砂も、その影に守られたことで、僕の身体には一粒も当たっていない。最初に挫いた足を除けば、今現在もほぼ無傷だ。
 けれど。
 大がつくほど間抜けな僕の隣で、僕の代わりに怪我を負った誰かがいた。
 ――誰かって、まあ、こんなところには、一人しか居ない。
 性悪の大妖怪が、何故? 目を白黒させて、口を金魚みたくぱくつかせて、でも、口に出来たのはその名前だけだった。
「……烏天狗さん?」
 僕を包んだ大きな影は、なるほど二藍色をした彼の羽だったのだ。
 今もその羽に僕の身体は守られていて、真冬とは思えない程あたたかい。しかし、地面についたままの僕の左頬には、べっとりとした液体がついている。
 これは、なんだ?
 なんだって、血だよ。血。だって、生臭くって、かなわない。
 そう、僕の隣に横たわる烏天狗さんからは、大量の血が流れていた。向き合うようにして倒れているが故に、その血が地面を染めあげ、彼の美しい髪や羽をもしとどに濡らしていくさまが、嫌でも目に入る。
 逢魔が時に、あまりに似合いの光景だった。
 そして、妖怪にも血が流れていることを、初めて知った。
 この血液量、普通にヤバいんじゃないのか。え、大妖怪でも、死ぬって、あるの?
 なんとかして這い出ようとしても、烏天狗さんの羽は重く、ほんの少ししか身動きが取れない。そもそも両足がやられている今、歩くことも満足に出来ないのだ。制服のポケットに入ったスマホも、落下時に自重で潰してしまっていた。応援を呼ぶことも、これでは敵わなかった。
 僕を助けた僕の雇い主は、一向に目覚める気配がない。見ているうちに全身から気色が失われていく様子が恐ろしくて、震える指先で軽く触れてみる。
 その頬は、声が出そうになるほど、冷え切っていた。
 触れたのを後悔するぐらいに。
 これじゃ、まるで死体だ。
 ――……死体?
 鼓動が逸るのを、止められない。途端に恐怖に陥れられたように怯えて、おかしいぐらい声が震えた。
「ね、ねえ、このあとラーメン奢ってくれるって言ってたじゃないですか。起きてくださいよ、烏天狗さん。早く」
 ぺしぺしと頬を叩いてみても、うんともすんとも言わない。
 え、え? これって、どうすればいいんだ? 
 アンタが死んじゃったら、僕、どうすればいい?

 まさか、僕を残して、一人で逝くのか?

 *

「まともじゃねぇな、おまえ」
 と、ケラケラと笑われながら言われて、顔を顰めた。
 満月の夜だった。濡れ縁に横並びで座るよう言われ、仕方なく座布団に腰を降ろす。隣で月見酒を煽る烏天狗さんは、嘘みたいに機嫌がよかった。
 まともじゃない、と。烏天狗さんは言った。面と向かって言うようなことじゃないだろ、と文句を垂れたかったけれど、妖にこちら側の礼儀を教えたところでなんの意味もない。
 そもそも僕だって、無礼な方だ。自覚はある。
「はいはい。お褒めに預かり光栄ですよ〜……」
「あっはっは! 怖いもの知らずもここまで来ると痛快だな。おまえはまともじゃねぇ上に、面白い!」
 わしゃわしゃと頭をかき回されて、脳がぐらぐらと揺れた。あまりの力の強さに、本能的に緊張が走る。大妖怪様は力の加減が下手くそなので、すぐに僕の内臓をぶっ壊そうとするし、掴まれた腕は折れかける。今だって、このまま頭を潰されたらどうしよう、と冷や汗が吹き出ていた。
 のに、いつだってされるがままの僕だ。「嫌だ」の一言だって言わないでいるのは、別に機嫌を損ねるのが恐ろしいからではない。烏天狗さんも、壊れた僕をいちいち治すのは面倒だから、やめろと言えば、すんなりやめる。
 だとすると、僕自身この触れ合いみたいなものを、ちょっと楽しんでいるのだろう。なんて謎の客観視。まともじゃないと言われても、強く否定しなかったのは、そういうことだ。
 あーあ。今日も今日とて仕事をサボり、人間界でパスタを食べて、タピオカ啜ってやろうと思っていたのに。
 詰め所を出た瞬間に首根っこを掴まれ、あっという間に烏天狗さんの根城まで運ばれてしまってから、ずっとこうだ。
 昼から飲み続けているくせ、泥酔はしないところ、妖らしい。僕には節度があるので、たまにしか口をつけない。話し相手が欲しいだけだからか、それを咎められたこともなかった。
 そのくせ、手酌を極端に嫌がるあたり、いい生活してきたんすねぇ、みたいな、微妙な気持ちになる。この〝微妙〟ってのが厄介で、なんで微妙になってんの? って自問自答。
 答えは出ない。出す気がないから。
 それにしたって、酒呑みの相手ぐらい、いくらでも居そうなのに。暇か? まあ、暇なんだろうな。
「ああ、暇だ。大いに暇だ」
「うわっ! 千里眼やめてくださいよ!」
「んなことに使うか! 便利道具じゃねぇんだぞ。おまえの顔に書いてあんだよ、顔に」
「ゲェ〜〜……? マジで……?」
「マジだよ」
 人間界の言葉を巧みに操る烏天狗さんは、たまに僕の口調を真似る。整いすぎた顔には、くだけた口調はちっとも似合わなくて、少し笑える。それがちょっと悔しかった。
 そもそも、この姿は人間界に適応させただけで、本来の姿は全くと言っていいほど違うらしい。大妖怪と言われる所以はそこにあるのだと、酔っ払った烏天狗さんはいつだって歌うように話す。
 詠、おまえはきっと、怯えるだろうなぁ。泣いて喚いて、漏らすに違いねぇ。
 なんちゅうことを言うんだと僕が顔を顰めると、それにもケタケタと笑う。烏天狗さんは基本的に、機嫌がいい。そういう生き物なのだろう。死ぬほど怒らせたのは、使役しようとした一回だけだ。その一回が、極端にヤバいやつだったってだけで、基本的には気のいい妖怪なんだろう。
 とはいえ、ビビらされたら普通に怖い。だから僕も毎回、同じようにお願いをする。
 お願いだからその姿、一生見せないでください。僕、マジで漏らすから。
 初めて言った時から先、ずっとウケてるセリフの一つだ。
 やっぱりそうだ、おまえは泣き虫だからな、腰を抜かすに決まってる。
 ケタケタ笑いから、ひいひい笑いに変わって、それが治まるまで待つまでがワンセット。
 何がそんなに面白いんだか、と呆れながら、僕も笑い声に釣られて、笑っていたりするのだから、世話ないよ。
 思い返せば、出会ってからここ数年、くだらない話ばかりしている。それは即ち、仕事をうまくサボれなくなって、二年経つってことだ。
 やってられませんね、と、用意されたお猪口を口につけて、熱燗を煽った。強すぎるアルコールは喉を焼き、簡単に酩酊感を呼び起こす。
 何が悲しくて、使役しようとして手ひどく返り討ちにしてきた妖怪と月見酒。腹立たしいほど澄み切った夜空に、ぽっかりと黄色い月が浮かんでいる。見事だった。
 ぼんやりと見上げていると、静寂を切るようにして烏天狗さんが話し始める。声が、綺麗だなと思う。耳馴染みの良い美しい音色だ。
「暇というかだな。生まれてから、暇じゃなかったことがねぇ。だから、情報屋なんてやってる」
「……祭りごとが好きなのも、それが理由?」
「まあ、そうだな」
「じゃあ、毎日祭り開けばいいじゃん。妖怪って血の気が多いの、好きじゃないですか」
「そしたらおまえと飲めなくなる」
「…………はあっ?」
 なんとも素っ頓狂な声をあげてしまった。仕方がないだろう。そんなこと言われるなんて、毛ほども思っていなかった。烏天狗さんは、僕の様子なんてどうでもよさそうに続ける。
「おまえと飲むのは愉快でいい。血の気の多い奴らのドンパチなんてちょっと観ただけで飽きるが、おまえは飽きない。俺の永い永い生の暇つぶしには、これ以上ないほどピッタリだ」
「ひ、暇つぶし、ってね……。僕の短いみじか〜〜〜い人生の数年をアンタに使ってるの、相当ヤバいことなんですけど!?」
「なら断ればいいだろ」
「いっつも断ってるっつの!」
 そうだったか? なんて言って、また豪快に笑う。なんなんだこの人。いや人じゃないか。なんなんだこの妖。むしゃくしゃして、でもこれ以上うまい言葉が出てこなくて、俯く。
 空になったお猪口の底をじっと見つめていると、烏天狗さんの、妙に柔い声がつむじに落ちた。
「詠。俺より先に死ぬなよ」
「……つまんなくなるから?」
「まあ、そんなとこだな」
 そこはちゃんと言い切ってよ。って、言えなかった。憎まれ口を叩くのはお互い様で、そういうところ、変な話ちょっと似てる。そんなこと言ったら、死ぬほど笑われるか普通に怒られるかなので、絶対に言わないけれど。
「烏天狗さんこそ、僕より先に死なないでくださいよ」
「――そりゃまた、どうして」
 訊くか? それを。いや、僕も訊いたけど。訊かれる側になると、なんでそんなこと気にするんだよと心底思う。さっきの烏天狗さんも、そうだったのだろうか。
 あー、とか、うー、とか、何度か唸った挙げ句、出せる答えがこれしかなかった。
「…………給料! 未払い、だから……」
 あまりに苦しい言い訳だ。もっとビシっと、本気っぽく言うべきだった。何を頭を下げて、なよなよしく言ってるんだろうか。
 給料未払い、既に数年分だぞ。訴えたらマジて勝てるっつの。強気に出たって、バチは当たらないだろ。そう思うのに、目を見ることが出来ないから、視線はお猪口に注がれたままだ。
 なんで、今更、死ぬとか言うんだ。
 別れを惜しむようなこと、それこそ死ぬまで言わないで欲しかった。
 僕の心中を悟ったわけでもないくせに、烏天狗さんの大きな手が、頭の上にぼすん、と乗った。わしゃわしゃかき混ぜるのではなく、ただ置かれただけのそれが、なんだか無性にあたたかく感じて、困る。
 やっぱり、慣れてんじゃんか。こういうの。
 この期に及んでそんなこと考えている僕の、こういう、厄介さ。この妖には知られたくないなと、情けないながら思うのだ。
 思うくせに、手は、振り払えない。決して。

 *

「――……あ」
 少しの間、意識を失っていたらしい。たかだか一年程前の出来事を、夢に見ていた。あまり思い出したくもない記憶が掘り起こされて、少し具合が悪い。ぶるりと身体が震える。真冬の、夜だ。寒いに決まっている。
「……あれ?」
 そこで気づいた。羽が、身体にかかっていないのだ。慌てて隣に意識をやると、死体のように転がっていた烏天狗さんの姿は無くなっていた。
 もしかして、目が醒めたのだろうか。やっと冴え始めた頭で上半身を起こす。
「烏天狗さ……」
 と、虚空に呼びかけて、息を呑んだ。
 数メートル先に、巨大な、黒い物体が蠢いていた。うぞうぞと動くそれは、明らかにこの世のものではなかった。
「ひっ……」
 喉から掠れた悲鳴が漏れて、すぐに両手で塞いだが、遅かった。その物体はこちらに気づくと、うぞ、うぞ、とゆっくり、けれど着実に距離を詰めに近づいてくる。
「……っ、…………っ」
 無理やり抑え込んだ口元から、それでも恐怖で息は漏れる。ずる、ずる、という、重い身体を引きずるような音すら恐ろしく、耳を塞ぎたくともそれは叶わない。異形のもの。この世にいては、いけないもの。
 なんだ、これは。なんなんだこれは。
 目を逸したら、死ぬ。そんな予感がして、瞬き一つ出来なかった。
 ずり、ずり。――あと、三メートル。
 ずり、ずり。――あと、二メートル。
 ずり、ずり。――あと、一メートル……。
 間近に迫った異形が、触手のような物を顔面目掛けて伸ばしてきた瞬間、上空から貫くように振ってきた何かが、それを真っ二つに切り裂いた。
 唖然としている間に、切り口は血のような赤に染まる。異形は、聞くに堪えない音を発した後、飛び跳ね、のたうちまわるように苦しみ始めた。
 突然、何が起こったというのだろう。身動き一つ取れずその様子を見つめていると、すぐ後ろから「なんだ」と声をかけられた。身体が、硬直する。
「ちっとも粗相してないじゃねえか。期待してたのに、つまらん」
 あまりに聞き覚えのある声。振り向いて、今度こそ気を失いかけた。
「な……っ、な……!?」
 今しがた僕に攻撃しようとしてきた異形の物の数倍、恐らく縦幅にして十メートルはあるだろう赤目の烏が、こちらに語りかけていたのだ。
 二藍色の羽は、よく知っている。烏から発せられたであろう声も、聞き馴染みがある。
 それでも、あまりに、巨大すぎた。
「お、その顔は悪くねえな」
「……なん……な……ッ」
「ああ、これか? 人間体を保てねぇ程度に血が抜けちまったんだよ。いくら咄嗟の判断だったからって、大妖怪が聞いて呆れるわな」
 まあ、こんぐらい戻っときゃ十分か。
 そう言って、巨大な烏が立派すぎる羽をひと扇ぎする。突然吹き荒れた風に吹き飛ばされそうになって、身体が浮いた瞬間に腰を掴まれた。
 ぐっと、抱き込まれたかと思うと、浮遊感に包まれた。この場所に来た方法と同じく、空を飛んでいる。
 僕を包む腕は、人の形をしていた。よく知る、大きなてのひらが、僕の頭にぽん、と置かれる。
 顔を上げると、気色の戻った烏天狗さんが、愉快そうに笑っていた。腹が立つほど、整った顔で。
「さっきの異形、俺だと思わなかったのか?」
「……お、思うわけ、ないでしょ……。あんな、ヤバいやつ」
「アレはこの一帯に棲んでいた悪霊の一種だな。山に入った人間と下級妖怪を食い散らかす化物が出るってんで、俺の元に情報収集の依頼が来てた」
「……え? それって……」
「詠、お手柄だ。あいつは恐ろしく警戒心が強い。よわっちい人間相手じゃなきゃ、誘き出せなかった。俺一人じゃとてもとても……」
 よくもまあ、そんな流暢に喋れたものだ。
 本体に戻れれば、死なないと分かっていたのだとしても。
 僕を助けたことで大怪我をした事実は、変わらないのに。
「やっぱり――恐ろしかったか? 俺は」
 風を切って空を飛ぶ男は、美しかった。あの烏だって、見慣れてしまえば、同じくらい美しいに違いない。闇と同じ色をしながら、決して溶け込むことの出来ない存在感。
 そんなこと、アンタが一番よく知っているんじゃないのか。
「……違う」
 僕のその言葉に、どこかほっとした表情を見せられて、心臓の柔らかいところがチクリと痛む。
「じゃあ、なんでそんな湿気たツラしてんだ。この後、蛟にその足治させて、約束通りラーメンを……って、っ!」
 言い切る前に、拳で烏天狗さんの胸を打った。驚いてか、飛行が止まる。風の音がやんで、途端に静寂が訪れた。
「詠?」
 そんな風に、優しく名前を呼ぶな。
 僕が怯えて喋れなくなっていると感じているなら、それはあんまり見当違いだった。
 さっきまでのことを、なんでもないように扱って、僕を褒めたりするな。
「あー……悪かった。あれは本当に偶然で、お前をダシにしたわけでは――」
「違う。全然違う!」
 僕を、ないがしろにするな。
 同じじゃないって、わざわざ知らしめるなよ。
 否定ばかりを並べる僕に、烏天狗さんの表情は今までになく困り果てていた。
 どうせその顔だって、僕が死んだら、また新しい誰かを見つけて、そいつに見せるんだろう。手酌を嫌がって、そいつに酒も注がせるんだ。
 そこで、自分の中の糸が、プツっと切れる音がした。
「あーもうッ、めちゃくちゃムカつく!!」
「お、おい。さっきから言ってることが」
「僕は! アンタが思ってるよりよっぽどまともだし、面白くもないし、粗相もしないんだよ!」
「は、……は?」
「でも。それでも、あんたの……ッ、クソ永い余生の為に、付き合ってやってんだ、僕が! 絶対アンタより先に死ぬって分かってる、僕がだ!」
 もう、いい。なるようになれ。このまま殺されたって構わない。
 烏天狗さんの前合わせに掴みかかって、牙を剥き出しにして吠えた。こんなに感情をぶつけるのは、使役しようとした、あの時以来だ。
「だったらせめて、僕より先に死なないように、努力しろ! 血なんて一滴も流すな! ちゃんと長生きしやがれ、バカ烏!!」
 呆気に取られた烏天狗さんは、その言葉に、こくり、一度頷いた。
 それを見届けた僕は、そのまま、わーん、と声をあげて泣いた。
 ずっと我慢していた涙が、溢れ出て止まらなかった。烏天狗さんは、「詠、詠」と呼びかけながら、僕をひたすら撫でることしかしない。
 何を動揺してんだよ。自分でも言ってたけど、ほんと、大妖怪が聞いて呆れるよ。
 烏天狗さんとは別のものみたく扱われるのも、同じ存在みたく可愛がられるのも、たまらなく苦しい。
 それなのに、嬉しい。泣くほど嬉しいのだ。
 僕をそんな風にしたのは、烏天狗さん、他でもない、あなたなんだ。
「アンタが勝手に死んだら、殺してやる」
 僕は嘘つきだけれど、こればかりは、本心だった。支離滅裂で、どうしようもない言葉だとしても。
 それなのに、烏天狗さんは「いいな」なんて言って、笑う。
 笑ってる場合かと、僕はまた胸とか肩とかをぼかすか殴る。笑われる。殴る。繰り返しだ。
「そうかそうか。勝手に死んだら、詠に殺されるのか。そりゃ厄介だ」
「そうだよ。僕は、死ぬほど厄介なんだよ! マジで地獄の果てまで追い回して、殺してやる!」
「ふ、はは、ははは……っ。そうか、マジか……死んだとしても、退屈しないで済むんだな、俺は」
「笑いごとじゃないから!」
 僕の悲痛な叫びに反して、何故か烏天狗さんはどんどんご機嫌になっていく。
 ふざけるな、バカ烏。
 そんなこと言って、僕なんてすぐに忘れちゃうくせにさ。

 風の音が鳴り始める。二人、夜空を駆け抜ける。
 見上げれば、見事な満月がぽっかりと浮かぶ夜だ。どんな酒より、涙が喉に沁みた。


いつかの可惜夜