モモは食べるのがすこぶる早い。
 なんでそんな焦って食べるの、と訊くと「早く食べて、その分喋る時間を確保しないと、自己アピールの時間が減っちゃうから」らしい。
 嘘だ。だって僕と出会った時から、早かった。卵かけごはん、もっと時間かけて食べたほうが、きっとお腹いっぱいになるよ。そう言っても、モモは我慢出来ないといった感じで、ガツガツ口へかきこんでいた。
 今の理由は、真実なんだろうけれど、後から付随したものだ。モモも、これから僕に言われることを分かっているから、わざと〝こっちのパターン〟の言い分を用意したのだろう。
「なるほどね。でもさ、モモ」
「今日もダーリンのご飯は超・美味しいっ。モモちゃん、大興奮だよ〜!」
 こんなに分かりやすい誤魔化し方が、あるか? 
 子供じゃないんだから。と言えば、きっとモモは「ユキより一歳年下だよ」なんて言ってくるに違いない。面倒くさい。いかにも、くそしょうもない喧嘩の口火が切られそうな会話だ。想像しただけでちょっとイラっとしたので、頭を軽く振って逃した。
 そしたら、モモが馬鹿みたいにショックを受けたような顔をした。目の前真っ暗みたいな、その顔。完全にテレビ用になってるって、分かってやってるのか? 大げさすぎて真実味が薄い。
「え……? ユキにとって、このご飯は、美味しくないの……? ミネストローネ、ビーフストロガノフ、あと、あと……パン」
「ザルツシュタンゲン」
「ザル……ザルツ……パン」
「諦めるなよ」
 危ない。一瞬吹き出しそうになった。
 モモはこういう時、わざとやると大抵失敗する。僕が真剣に話しかけているのに、そこまで必死に誤魔化そうとするって、何。そんな風に僕が思ってしまうからだ。でも、今のは完全に、素だった。
 カタカナがいっぱい並んでいる名前、おまえ結構得意なのにね。パンの名前は専門外みたいで、普通に困った顔をしつつ、凝りもせずビーフストロガノフを頬張っていた。
 スープに分類されるものを〝頬張る〟って、凄まじい。一口が、大きすぎる。だから食べるのも早いんだろうけど。
「ねえモモ、今、何時だか分かってる?」
「……九時?」
「そうね。朝の、九時だ」
 だから、今ダイニングテーブルに並んでいる料理たちは、全て昨晩の残り。わざわざモモが温め直して、全てをさらうように食べている。
 僕としては、そりゃ、嬉しい。嬉しいし、モモの心からの「美味しい」って感想が、嘘なわけなかった。
 でもさ。おまえさ。
「最近ちょっと」
「アーッ! すっごい、すっごい発見した! このビーフシチューに、ザシュルツタン……をつけると、凄く……美味しい!」
「昨日から、そうやって食べてたろ。あと、ビーフストロガノフに、ザルツシュタンゲン」
「あれ? そ、そうだっけ……?」
 シチューとストロガノフの違いなんて、絶対分かっていない顔だ。別に、分かってなくてもいいんだけど。でも、おまえ、だからさ。
「ドラマの予定があるんだっけ? 役作り?」
「……! …………!!!」
 声にならない声をあげたモモが、手に持っていたパンを、ぽて、と取皿に落とした。あ、これはテレビ用ではなく、本気のやつだ。
 さっきの百倍ぐらいショックを受けた顔をして、僕を「信じられない」という目で見ている。大きく開かれた口から、トレードマークの八重歯がギラリと光っている。噛まれて死ぬかも。
 でもさ、僕にしては、オブラートに包めた方なんじゃないの? むしろ褒めて欲しいぐらいなんだけど。
 ぶるぶる、わなわなと震えだしたモモが「ウウッ」と頭を抱える。朝から本当に、元気だ。
 ふと目が覚めて、隣にモモが居なかったから、ダイニングへと足を運んだ。それが運の尽きだったな。と、改めて後悔する。
 見ないふりして、ベッドに戻って寝直せばよかった。今日はせっかく、二人揃ってオフなのだ。
 頭を抱えたままのモモが、今度は恨めしそうな声を、絞り出した。
「ユキの……ご飯が……美味しい」
「そうね。モモ好みに作ってるしね」
「美味しいから……食べちゃう」
「いいんじゃない。僕も食べて欲しくて作ってる」
「じゃあ……どんなモモちゃんでも、許してくれる? 嫌いになったり、しない?」
「うん。まあ、急いで食べるの、やめればいいだけだと思うけど。太るよ」
「うわーん!!」
 今度は両手で顔を覆って、泣き真似だ。凄いな。夜の九時じゃないよな、今。午前二時ぐらいに寝たから、アルコールだってちゃんと抜けているはずだ。素でこれなんだから、いっそ感心してしまう。モモの元気がない時って、僕と喧嘩してる時か、仕事で大失敗した時ぐらいだ。だからこれは、元気な証拠だろう。もうちょっと、余力を残してもいいんじゃない、とは思うけれど。
 残していて、これな可能性もある。恐ろしい。
「ふ……ふと……っ、ふと……り、ましたか? オレは……っ。もしかして、今、太って……いますかっ?」
「まあ、ちょっとふっくらしたなとは思ったよ。昨日抱いた時に、お腹まわ」
「ぎゃああーっ、わあーーーっ!!!」
「うっ……、うるさ……!?」
「今、何時だとお思いで!?」
「朝の、九時だよ……。僕が一番よく分かってる」
 げんなりと返すと「だって〜〜〜……」とモモはまた頭を抱える。だっても、どうしてもない。
 そう、最近モモは、ちょっと太った。僕と付き合い始めてからというもの、散々参加していた飲み会は半分以下に抑えて、僕の家に入り浸るようになった。今までは、どれだけ言っても絶対に行く! と言って憚らなかったのに。蓋を開ければモモは物凄く僕と一緒に居たがったし、僕もそれは良いことだと、大歓迎している。
 付き合ったところで、どうせ一生一緒に居るし、何も変わらないだろうと思っていたから、これは嬉しい誤算だった。
 そしてそれは、モモにとっても、大誤算だったらしい。
 なにせ僕は、必ず、とてつもなく美味しい料理を振る舞う。モモの為に上げた料理の腕を、ここで披露しないでどこでするのか、という話だ。
 そして、モモは食べる。ぱくぱく食べる。
 僕の愛を受け止めようと――というか、多分普通に前から胃袋を掴んでいる――、仕事終わりに僕の家に駆けつけて、わっと食べて美味しい! と叫んでダッシュで帰る。そのままごろごろとしていって寝落ちする日もあれば、ちゃんと泊まってセックスまでする日もある。
 とにかく、ちゃんと食べるのだ。今までの運動量では追いつかない程、よく食べる。別に、僕としては、ふっくらするぐらいどうってことないと思うんだけど。ただ、最初にも言った通り、食べるのが早いというのが、良くない。それだけだ。
 僕の料理がモモの健康を害するなんてことは、あってはならないから。
「せめて炭水化物、減らす? 肉魚野菜オンリーだったら問題ないんじゃない」
「そしたらオレ、帰りがけコンビニでおにぎり買って食べるよ。もしくは、ユキの冷蔵庫を物色して、何かしら口に入れる。そんなオレは、嫌でしょ!? いや、普通にオレも嫌だな……。想像したら具合悪くなってきた」
 と、言いながら、パンを食べている。大丈夫か?
「……食べないって選択肢はないのか?」
「そもそも、オレは白米が、大好き……」
 そうね。知ってる。だから毎回、律儀に炭水化物をつけているわけで。僕としては、別にそこまで必要としないものだから。
「でもさ、じゃあさ、ユキのご飯を食べないで、飲み会に参加しますって選択肢は、もう無いじゃん? お願い、無いって言って。ちゃんと言って」
「ちょっと重いところを出してくるなよ。まあ、……無いけど……」
「そこで少しだけ照れちゃうダーリンは、最高にキュートだね♥ まあ、オレはこのまま、一生痩せられないんですけど……」
 まずいな。モモの出方を待っていたら、この話、いつまで経っても終わらなそうだ。
 仕方なく、僕から提案を持ちかける。
「これは交換条件だけど」
「はいっ、なんでしょう……?」
「モモが、急いで食べなくなったら、僕がダイエット、手伝ってあげるよ」
「……? その心は」
「モモが求めるだけ、セックスを続ける」
「…………!!!」
 今日、この顔多いな。何度も確認するが、今は朝の九時だ。少し時間が経って、九時半。正直、寝直したい気持ちが強く、この話に終止符を打つつもりで言った。
 そしてそれは、効果覿面だったらしい。モモの口が、恐る恐る開く。
「それは……絶対? 例えばオレがピースしたら、そのあと二回してくれる……?」
「最中に回数の指示をするな。普通に雰囲気で判断して、頑張るよ」
「え〜……絶対へばると思う。……ま、オレが頑張ればいっか!!」
「……え、何。そんなにいつも我慢してたわけ?」
 早速後悔し始めた僕のことなど気にせず、モモは食べるスピードを早速落とし始めた。
 明日、ちゃんと生きてるかな。ジムにでも通い始めるか? なんて考え始めて、色々本末転倒感。


シェフの腕の見せどころ