なんでもかんでもお祝いしてお祭りにしちゃう国で良かったなって、昔から思ってた。
 初詣から始まって、バレンタイン、ホワイトデー。お花見に行って、海開きでしょ。ハロウィンで騒いで、紅葉狩りからの誕生日からの、クリスマス。遊ぶことしか考えてない感じ、素晴らしい。オレにぴったりだ。
 で、特に好きなのが、やっぱりクリスマス。プレゼントがもらえるのも嬉しいし、あげるものを選ぶのも楽しい。サッカー部のやつらと予算三百円以内でくだらないもの交換しまくって、マネージャーにもあげたりもらったり。
 バレンタインみたいに恋愛が絡んでこない分、気楽でよっぽど楽しかった。二日間あるのも良い。イブが本番っぽいところあるけど、当日だって街はクリスマスモード一色で、イブより人出が落ち着いた街を瑠璃姉ちゃんと歩くのも楽しかった。

 じゃあやっぱり、今もクリスマスが最も楽しいか? と言われると、それは違う。
 オレにとってのクリスマスは、ユキと出会った頃から、ユキの誕生日一色だ。正確に言うと、クリスマス・イブだけど。前日どころか十二月に入ってから終わるまで、永遠に祝い続けるので、イブとか当日とか、あんまり関係ない。いくら祝われ慣れているユキだって、流石に一ヶ月間毎日というのは「やりすぎでしょ」と笑ってくれる。
大好きな人を毎日祝えて、大好きな人は毎日笑ってくれて、それって、凄いことだ。素晴らしいことだ。
 オレにとって神様だったユキさんは、今、オレの隣で「HAPPY BIRTHDAY」と描かれたふざけたメガネをかけて、普通にテレビを観ている。ユキの家で二人っきり、昼から続いた宴が一段落して、今はゆっくりくつろぎタイムに入っていた。
 オレが冗談で渡したメガネも、〝本日の主役〟と書かれているタスキも、当たり前に身につけ、着こなしてしまうのがユキだった。ディナーを一緒に作った時に――オレは殆ど食材を洗うだけの係だった――後ろで一つにくくった髪型のままなのも、最高。ポニーテールも似合ってしまうイケメンって、そうそう居ないよ。バンさんぐらい? ……案外身近に居たな。でも、ユキとバンさんって、顔のタイプが全然違うイケメンだし――……
「モモ」
「ぅあい!?」
「今、僕以外のことを考えてたでしょ。浮気だよ」
「そ、そんなことないですぞ! ユキのことを考えてたよ! ほんとだよ!」
「じゃあ、僕と僕以外のことを考えてたんだな」
 物凄く不服そうなユキの声に、胸がぎゅうっと締め付けられる。いや、そんなんじゃ足りない。絞られたぞうきんのような締め付け具合だ。思わず胸元を押さえて、うぐぅ、と呻いた。
 ユキって、こういういじらしいところがある。超ラブリーだ。
 で、こういう時は、素直に白状してしまう方が、拗れないということも学んだ。オレだって、ちゃんと成長しているの。ねじれた胸を押さえたまま、顔を上げてニコっと笑った。
「ごめんね。許してください。ユキと、バンさんのこと考えてました!」
「…………想像の五百倍ぐらい最悪の答えなんだけど」
 しかし、失敗することも、まだまだ多い。今日は完全に、失敗の日だった。
「へ、変なこと考えてたわけじゃないよ!? ユキとバンさんは本当にイケメンだなって思ってたってだけで……」
「ちょっと、やめて。もっと最悪になった。誕生日に聞きたくない話、NO.1。モモ、おまえが今大会の覇者だ」
「ちょっ、ちょっと待ってユキ! 誕生日に聞きたい話NO.1を今からする、するから、その優勝はどうか取り消しに……っ!」
 縋るように肩を掴むと、ユキがじっとりとした視線をこちらに向けた。HAPPY BIRTHDAY、つけっぱなしで。それを付けたままでも、全く揺るがぬイケメンぶりは、凄みすらあった。ああ、ユキの顔、レーザーで網膜に焼き付けたいな。でも、毎秒更新される美しさを堪能したいから、それはなんとか我慢だ。
 ソファの上に乗り上げ、姿勢を正してユキに向き直る。ユキもそれに合わせて、何故だか同じ格好をしてくれた。ノリが、いいんだよなあ。そういうところも、最高に好き。
 おっほん! とわざとらしく咳払いして、まっすぐにユキを見つめた。
「ユキとバンさんだったら、ユキの方が、綺麗系!!」
「はい0点」
 コンマ一秒のことだった。オレはひっくり返りそうになるのをなんとか堪えて、今一番出せる大きい声で反論する。
「なんで!? ユキってば誰よりも綺麗で、イケメンで、ラブリーで、ソーキュートなんだよ!? 凄いことじゃない!?」
「モモの中でそれが〝僕が誕生日に一番聞きたい話〟になっていることが、分からない。モモ。おまえは頭がいいのに、僕のことになると、なんで〝そう〟なる?」
 本気で憐れむような視線を前に、オレはというと、途端におろおろした。
 だって、オレにイケメンと言われるユキは、いつだって嬉しそうで、どこか誇らしそうだと思っていたからだ。あれって、全然嬉しいことじゃなかったんだろうか。気を使わせてしまっていた?
 え、どうしよう。折角の誕生日なのに、全くの新事実に直面して、思考が停止しかけている。ここ数年のやり取りが走馬灯のように蘇り、万策尽きた絶望が押し寄せてきた。
「あ、待った。待ってモモ。多分全然違う方向の心配をしてる」
「ゆ、ユキぃ……」
「ああもう、そんな目をうるうるさせるようなことじゃ……」
 と、言われても遅い。
 突然キャパオーバーになったオレは、そのままゆっくりとうずくまった。肩が震えないように、全身に力を込めたのが災いして、むしろぶるぶる大きく震えてしまった。
「……ふっ、ちょっと、本当に? もしかして、泣くの?」
「だ、だっで……」
「ちょっと、やめ……、え? 普通、泣く? 僕の誕生日に、僕の前で、泣くことあるか?」
「ご、ごめんなざい〜〜〜〜……」
「ぶはっ、マジで、泣いた……っ! あっはっはっは!」
 ――今思うと、この時の時刻は深夜二時を回っていた。その直前まで、十時間ぐらいかけて、ひたすら身体をアルコールに浸していたのだ。実のところ、限界まで酔っ払っていたのは、間違いない。オレの支離滅裂な発言や行動にも、合点がいく。
 合点がいったところで、何もかも遅い。
「はあ……、笑った。こら、モモ。泣くのは、自分の誕生日だけにしなさい。ほら、顔、あげて」
「ゔ……ゔぅ……。ユキ、イケメンって、言われるの、嫌……?」
「嫌なもんか。嫌だったらとっくの昔に言ってる」
「じゃあ、なんでぇ〜……」
 脇の下からよいしょと持ち上げられて、べそべその顔でユキと対面する。いつの間にかメガネもタスキも外していたユキは、それはもう、神様の遣いのようにキラキラと輝いていた。いや、遣いどころか普通に神様だ。涙でぐずぐずになった視界が、いい具合にフィルター効果をつけている。ああ、ユキって、本当に。
「…………イケメン…………」
「おい。舌の根も乾かないうちに言ってるぞ」
「ァぅ……。ごめんなざい……」
「いや、いいんだけど。…………なんでって、おまえは言うけど。最初っから言ってるだろ。僕と一緒に居るときに、僕以外のことを考えるなって。しかも今日は僕の誕生日だぞ」
「バンさんでも?」
「万なんて最悪中の最悪だろ。おまえ、万と僕の両推しなんだから。僕は今、完全にモモ一筋なのに。片想いまっしぐらなの、不憫だと思わない?」
「ええ……? 難しいよ、ユキ。もうちょっと簡単にお願いします」
「幼稚園児でも分かるように言ったから、これ以上は無理だな」
 はああ、と重い溜息を吐いたユキは、しかしどこかあっけらかんと「まあいいか」と呟いた。
「喧嘩したいわけじゃないから、僕のお願いを聞いてくれれば、それでいいよ」
「お願い……?」
「今日はもう、僕の前で万を筆頭に、他の人間の話は禁止。老若男女関係なし」
「この前のロケで会った犬は?」
「……それはまあ、いいけど。その話、絶対に今しなきゃいけないか?」
 オレはいよいよよく分からなくなって、ひとまず今続いている会話に集中することにした。この酔っぱらいと会話を成立させてくれるユキの優しさに、甘える形となった。
 のが、いけなかった。そもそも、ユキの誕生日にユキの前で恐ろしく酔っ払っているのが、ダメ。全然ダメ。後悔、先に立たずとはこのことである。だって、オレというストッパーが居なければ、ユキはあらぬ方向に話題を展開させてしまうのだ。
「……まあ、どうしてもって言うなら、犬の話、してもいいけど」
「んぇ?」
 ユキが、すり、と肩口に頬を寄せてくる。それは、確かにオレが言った〝この前のロケで会った犬〟の様子にそっくりで、とても人懐こかったのを覚えている。だからって、そこまで完璧に、真似するか?
 ユキの柔らかい肌が、鎖骨に触れて、飛び退きそうになった。未だかつて、そんなところに触れられたことがなかったから。
「ゆ、ユキっ?」
「わん」
「ぎゃあ! ちょっと、それは、刺激が強……死ぬ! 死ぬから!」
「うっさ……じゃなかった。……わう?」
 ぺろ、と鎖骨を舐められて、冗談抜きで、マジで死ぬかと思った。実際一度ぐらいは死んだかもしれない。絶対ユキは犬より猫なのに、とか考える余裕もなく、オレは完全に逃げの体勢を取る。
 しかし、まさか身体に力が入るわけもなく、悲しいかなオレの腰はその一撃ですっかり骨抜きにされてしまっていた。くたっと、広いソファに上半身が倒れこむ。
 うそ、待って、めちゃくちゃ恥ずかしい。ユキのお戯れに、マジっぽい反応をしてしまっている自分、ヤバすぎるよ。
 勝手に押し倒されたみたいな格好になったのを恥じて、慌ててうつ伏せになる。この状態でユキを見上げてしまったら、確実に何かが芽生えてしまうと、本能が察知したからだ。
 いや、何かって、なんだよ!
「モモ、こっち向いて」
「だ、ダメです。それは、ちょっと、聞けません……」
「なんで? 主役は僕だろ」
「わあ、暴君……」
「それ、モモにだけは言われたくないな」
 そんなことないから、と反論したい気持ちをなんとか抑え込み、オレは断固としてうつ伏せの姿勢を崩さなかった。
「じゃあ、好きにする」
 ――そう言って、ユキはオレが畳んでいた脚をよいしょと伸ばし、あろうことかそのまま上に伸し掛かってきた。べったりと全身がくっつくような体勢になってしまって「嘘だろ……」と思わず低い声が出る。
「嘘じゃないよ。こっちを向かないモモが悪い」
「ひぇっ、み、耳元で喋んないで〜〜〜!!!」
「じゃあ、こっち向いて」
「それは無理ですごめんなさい!!」
「頑固だな……。あ、〝わん〟」
 いやその設定続いてたの!? 思い出したように言われましても……! と思わずツッコミそうになったところで、ユキの長い髪がさらりとオレのうなじをなぞった。髪を、解いたのだ。
「ひっ、え」
 ちょっと変な声が出て、慌てて唇を噤む。その声に、ユキが喉を鳴らしたのが分かってしまって、ぎゃああ、と心の中で叫んだ。
 あの、なんでそんなエロい音を出せるんでしょうか、ユキさんは。
 ぎゅうっと目を瞑っているせいか、無駄に聴覚の方に意識がいってしまって、うつ伏せはうつ伏せで大間違いだったように思う。ユキの淡い呼吸が首筋の方に近づいてきて、ふっと息がかかったと思ったら、ちゅっと何かが触れたのが分かった。
「ぅ、え?」
 そのまま、ちゅ、ちゅ、と首筋とうなじにかけて繰り返し落とされるものが――唇以外にあり得ないことは、本日0点であり覇者のオレでも、流石に分かる。
「ゆ、ユキ……さん……? なにを……」
「あの時の犬の真似を」
「犬は、そんなことを、していたでしょうか……」
「まあ、してないよね。じゃあ、僕の意思かな」
「あ、そっちの方が、ぜんぜんだめなやつでした。引き続き、犬でお願いしていいですか……」
「そう? じゃあ、お言葉に甘えて」
 行き過ぎた動揺と混乱は、何故かユキの蛮行を継続させてしまった。
 いや、本当に、バカでしょ。信じらんないんだけど。
 ユキの言う通り、オレはユキのことになると、時々〝こう〟だ。
「あ!? うそうそ、ち、違うっ、違う……っ、ちょ、ほんと、舐め、ないで……っ」
「犬だから、分かんないな」
「犬は、『待て』が、できる……っ!」
 うるさいよ、とでも言うように、今度はうなじをがぶりと噛まれた。
「いっ……!」
 瞬間、ぞくぞくと背筋に電流みたいなものが走って、これは本当にまずくないか、と冷や汗が流れる。やばい、やばいどうしよう。だって――
 オレ、完全に、感じてるよ〜〜〜〜…………っ!!
 誰か、ひと思いに殺してくれ〜〜〜〜〜〜〜……っ!!
 酔っ払って可愛く犬になってる(なるな)相方のただのお戯れに本気で感じる二十五歳、法で取り締まってもらえないならどうすればいい。
 普段だったら一瞬で抜け出せるはずの腕の中が、今日に限って強固な檻のようにすら感じる。それは、ひとえにアルコールのせいであり、ユキのいきすぎたスキンシップのせいであり、オレのせいであり、オレのせいだ。
 ここで、身体を裏返されたら、終わる。せめてうつ伏せだけは死守したい。
 のに、ユキったら、今度は何をしているんですか。ユキの長くて意外と骨っぽい指が、オレの背中をつつ、とつたって、それから、腰の方へ伸びていく。
「ユキ、こらっ……『待て』、『待て』だ、この……っ!」
「僕は、ちゃんとした犬だからね。飼い主の言うこと以外聞かない」
 ――これも、今、思えばなんだけれど。こんなヒントを、普通与えるか? という話だ。この会話のタイミングで言われたら、そりゃあ誰だって、クリティカルな答えを出してしまうだろうと。
 0点で、大会覇者で、〝こう〟なオレは、ものの見事にひっかかった。その罠に。
 罠だ。……罠だよね?
「じゃ、じゃあ、飼い主になる! 今なる、すぐなるっ!」
「……本当?」
「なるよ! なるなる! だから、もう、ギブアップ……。オレ、ちょっとトイレいって、吐いてくるから……。一刻も早く、酔いを、さましたいれす……」
 へろへろになった語尾で、最後のお願いだ。そもそも飼い主って、具体的に、何するんだろう。全く分からないけど、別に今だけの設定だし。ちゃんと理解していなくても、いい。
 しかし。ユキは違った。全く違った。何故だか凄く嬉しそうな様子で、とても不思議なことを言ってのけたのだ。
「なるほど。僕の命に、責任を持つ気になったんだな」
「…………はぇ?」
「有難う、モモ。最高のプレゼントだ」
 完全に不意打ちで、くるりと身体を上向きにされる。凄い。なんかあの、テコの原理的なもの、完璧に使いこなしてるね。ダーリン。
 銀糸のカーテンが、オレの頬をくすぐる。そしてユキはそのまま、全くもってなんのムードもなく、オレの下半身に手を突っ込んで、よし、と確認してから、離した。
 は?
「なにが、『よし』ですか?」
「うん? 反応してるなって」
「…………あ?」
「言葉ではちっとも分かってもらえないようだったから、身体に聞くしかないかと思ってね。よかった、身体は素直で」
 そう言って胸を撫で下ろすユキは、本当に安心したみたいに息を吐いた。いや、おかしい。デリカシーが、死んでる。あとそのセリフ、結構最低だからね。オレ以外に言わない方がいい。絶対。
 これって夢? 夢かな。夢だったらいいけど、オレだったらもうちょっとロマンチックな夢を見そうで、故に微妙なところだった。
 安心しきった様子のユキの唇が、オレの首筋から、顎、頬にかけて、ちゅ、ちゅ、と落ちてくる。
 本当に犬がするみたいに、くっついては、離れていった。演技派の本領を、こんなところで発揮しないで欲しい。
 もう、どうにでもなれって気分では、ある。だって股間も、触られましたし。反応しててよかった、とすら言われましたし?
 沢山汗をかいたせいで額にくっついた前髪は払われ、滲んだ涙もぺろりと舐められ、拭われてしまった。
 クリアになった視界に、誰よりも何よりも嬉しそうな顔で笑う、ユキが映る。今世紀最大のイケメンだ。しかも、ラブリーで、キュート。
「飼い主なら、犬が満足するまで、遊んで」
 覆いかぶさってくるユキの圧に負け、オレは懲りずに小さく「うぐ……」と呻きながら、意外に広い背中に腕を回す。
 オレの行動に更に機嫌をよくしたユキは、ふ、ふ、と笑いながらじゃれつくように頬を寄せてくる。いつもの照れ屋なユキでは、考えられないような行動の数々。アルコールって、偉大であるが、恐ろしい。
 うすい唇が、オレの唇を狙って下りてきたところで、思わず制止した。
 手のひらで受け止めた唇が、ぺろりと舐められて身体が跳ねる。
 どこが、ちゃんとした犬なのか。全くもって、躾が全然なってない。し。
「……キスは、犬とはしないかも」
 と、口走ってしまったオレは、きっと一生躾なんて出来ない、ダメな飼い主だ。
「へえ。じゃあ、今からは僕とモモってことでいいの?」
「………………それは、ずるくないですか?」
「バカ。おまえが言ったんだよ」
 ああ、本当に、バカだ。
 オレの一言のせいで、ユキは犬から、人間に戻ってしまった。
 これって、目がさめて、酔いもさめて、そしたら全部なかったことになってるんだろうか?
 ――なんだか全然、そんな気がしないな、と。
 ユキの唇を受け止めながら、思考を放棄することにした。

 どうせこのあと、どろどろのぐちゃぐちゃになる。
 オレは本当に、ダメな飼い主だ。


飼い主失格