オレがこのカジノで働き始めてから、すでに五年が経とうとしている。

 姉との関係が悪化し、家を出ることを決めたのは十八の頃。
「働き口を見つけたから大丈夫」と家族に嘘をつく形で家を出て、さてこれからどうしようかと街中のベンチに腰掛けつつ、求人雑誌を眺めていた。
 そこで、岡崎凛人と名乗る人間から声をかけられたのが始まりだ。
 どこか気弱そうな雰囲気と、華奢な体型。年齢もオレと殆ど変わらなそうな、眼鏡の青年。
「自分の兄が経営しているカジノがあり、そこのスタッフを探していまして。バイトを探しているのかと思い、声をかけさせていただきました」
 とのことだった。
 バイトから経験を積んで、正社員雇用も可能。あなたには、是非ディーラーをやってほしい。初心者歓迎で、全て先輩スタッフが丁寧に教える。時給も破格で、住み込みOK。制服も支給するし、生活費も月一万、給料から天引きという形でよければ、全て保障する――。
 願ってもない好条件に飛びつきそうになって、でも自身が未成年であることを思い出し、断腸の思いで辞退した。しかし、岡崎さんは見た目に反して情熱的で、「だとしたら、二十歳になるまでは下働きでどうですか」と熱心に説得してきたのだ。
 しかしオレは、その熱心さを、逆に疑ってしまった。
 これだけの好条件、求人に出せば飛びつく人間は沢山いる。トランプやサイコロなんて、遊びでしか触ったことがない。カジノに足を踏み入れたことすらない人間に、ここまで必死になる理由なんてどこにもない筈だ。
 もしかして、詐欺なんじゃないか。
 怯んだオレは、やっぱり、すみません、と逃げるように岡崎さんの制止を振り切り、背を向け歩き出した。
 それから、一秒と経たなかったと思う。
「待って」
 全く別の声に呼びかけられて、何故だかオレは、当たり前のように振り返ってしまった。
 日常を生きていて、聴いたことがないほど艶っぽい声だった。低すぎず、高すぎず、透明感があるのに、強烈な色気を孕んでいる。
 気づいた時には、その声の持ち主に手首を掴まれた状態で、正面から向き合っていた。
「う、わ……っ!?」
 絶世の美青年とは、このことだ。
 銀糸のような髪は襟足まで伸びていて、切れ長の瞳は薄縹色に光っている。真っ白な素肌には傷一つなく、潔癖そうな印象を与えていた。背はオレよりも高く、身体の肉付きは薄いけれど、掴まれた手は明らかにオレより大きかった。指の皮が厚いのか、指先が少し硬い。皮膚同士が触れ合っている感触がまざまざと伝わってきて、たったそれだけなのに、硬直してしまった。
 目が、離せない。全身の血液が沸騰してしまうんじゃないかと思うほどの、興奮と緊張があった。
 雷に打たれたような衝撃に、オレは蚊の鳴くような声しか出せなくなってしまった。
「だ、誰……で、すか……」
「折笠千斗。みんなユキって呼ぶから、そう呼んで」
「お、おり……え、え?」
 オレの極度の動揺がお気に召さなかったのか、ユキ、と名乗る青年は露骨に不機嫌そうな顔をした。眉を寄せた顔すら綺麗で、見惚れてしまう。
 信じられない。この顔、動くんだ。
「誰、って言われたから答えたんだけど」
「ゆ、千くん! そういうことじゃないと思いますよ! いきなり手を掴まれたら、驚きますって……!」
 ごめんなさいごめんなさい、と何故か隣の岡崎さんが謝っている。二人は知り合いどころか、仲が良さそうな気配すらあった。あまりのことにユキさんしか視界に入っていなかったけれど、手にはコンビニの袋が下がっていて、なるほど、買い物で別行動していたのか、と合点がいった。
「そもそも、おかりんがいきなりナンパしててびっくりしたんだけど。そういうタイプだったっけ?」
「な、ナンパじゃないです! スカウトですよ人聞きの悪い!」
「うん。冗談だよ」
 オレを差し置いて二人できゃっきゃ話し始めたので、逃げるなら今しかないのでは、と考える。しかし、ユキさんの手はガッチリとオレの手首をホールドしていて、ちょっと動かした程度では抜け出せなさそうだった。
 力は、オレの方がありそうだ。けれど、手に力が入らない。触れられたところからじわじわと上り詰める熱に、顔まで熱くなっていく。
 遅効性の毒のようだと思った。
「……大丈夫? 顔、赤いけど」
「えと、あ、はい。だ、だいじょぶ、デス」
「うちの店、本当にクリーンだから安心して。見てもらったら分かると思うし」
「……」
「それにおかりん、うちの優秀なスカウトマンなんだよね。彼が下調べもせずにスカウトするなんて、相当なことだよ。……それに僕も、君のこと、気に入った」
「へ?」
「百面相で、可愛い。癪だけど、凛太郎もきっと君を気に入る」
「かわ……? え、り、りんたろう」
「すみません。それは自分の兄で、オーナーです」
「な、なるほど?」
 無秩序に出される情報に目を白黒させていると、岡崎さんが改めて「せわしくてすみません」と頭を下げる。ユキさんは岡崎さんの対応を全くどうでもよさそうに眺めていて、慣れている風ですらあった。
 あ、この人トラブルメーカーなのかな。とか。ちょっと思ったりもした。
「千くんは、住み込みで働いてくれているスタッフの一人です。かなり若い頃からディーラーとしての経験を積んでいて、技能審査もパスしているので、春原くんの教育係は彼になるかと」
「任せて。……えーと、すのはらくん? 下の名前は?」
「……も、百瀬です。みんなからは、モモ、って、呼ばれてます」
 何を名乗ってるんだよ、オレは。詐欺かもしれないのは、変わらないだろ。
 そう思っても、もう遅かった。
 手首を握る手が解かれて、今度は手のひらに熱が移る。ドクン、と心臓が一度、ことさら強く脈打った。
「じゃあ、よろしくね。モモくん」
「…………はい」
 毒がまわった瞬間だった。

 ユキさんが言う通り、ここのカジノは確かにクリーンだった。
 そもそも、そこら中に蔓延っては摘発されている闇カジノとは、規模が違うのだ。本場程では勿論ないにしろ、店構えは他所を圧倒するほど豪奢な作りな上、紹介制かつ会員制。オーナーである岡崎凛太郎の謎の人脈でもってして、なんとかコンツェルンの社長とか、なんとか証券の跡取りとか、そんな人間ばかりが訪れる、知る人ぞ知る超高級カジノへと成長を遂げたらしい。故に、わざわざイカサマをして、相手から金を巻き上げるような悪手を取る必要も、全くないないのだと。
 オーナーは言う。
「この場所は、小さな一つの世界だ。この世界で、金持ち達は喧騒から離れ、現実を忘れ、心ゆくまで遊び尽くす。相手の知力と運と才能を最大限に引き出し、最高のエンターテイメントを提供することが、俺たちの仕事だ」
 ――と。
 はじめこそ、胡散臭い人だな、と思うこともあったが、この言葉に、オレはいたく感動したのだった。
 なるほどディーラーとは、この小さな世界の、道先案内人らしい。黒子的に動くこともあれば、立ち居振る舞いによっては客を喜ばせることも出来る。
 当然ギャンブルという特性故に、綺麗事ばかりでは済まされないことも沢山あるのだろうけれど。結果としてオレは、この店の在り方自体に、共感して、共鳴したのだった。


 *


 住み込みで働き始めて、あっという間に二年が経つ。
 オレに用意された寮は、カジノのすぐそばにそびえ立つ、高級マンションの一室だった。教育係のユキも、同じ部屋に住んでいる。
 個室がそれぞれ二部屋ずつ与えられている為、片方を寝室、片方を自室にすることが出来るのだけれど、しかし、自室に籠もるようなことは殆どなく、リビング等の共有スペースで講習を受けるのが常だった。
 はじめこそ、こんなに綺麗な人と一緒に暮らすなんて、とおっかなびっくり始まった共同生活だったが、ユキはオレが思うよりずっと親しみやすく、そして寝ぼすけだった。
 とにかく朝が弱い、故に夜の仕事をしている。あんまりな理由に笑ったら、君は? と訊かれて、姉との折り合いが悪いことを、少しだけ説明した。ユキも、家族とはそこまで仲が良くないらしい。同じだね、とそれだけ。それだけで済ませてくれたことが、有り難かった。
 そんなことんなで二十歳を迎えたオレは、来月のディラーデビュー戦を前に、最終調整の日々が続いていた。既に技能審査もクリアして、いつでもテーブルでのパフォーマンスが可能だ。
 ――モモは元来人好きする性格だったし、愛嬌もある。物覚えも早いし、出来ないことも、出来るようになるまで何度も繰り返し練習する根性もある。才能、あったんだね。
 とは、ユキの談だ。はじめて言ってもらった時は、嬉しくて幸せで、眠れなかった。
 そもそも、ディーラーを本格的に目指し始めた頃から、ユキはオレにとって神様に等しい存在になっていた。マジシャンのような手さばきと指さばきは、いくら練習してもその域に達することは一生出来ないと、悔しいかな確信してしまえる。
 練習あるのみだと分かってはいても、本当に、魔法でも使えるんじゃないかと不思議になるほどだった。
「まあ、カーディストリーはディーラーやるには関係ないけどね。余興でお願いされることが、たまにあるから」
 なんでもない顔で、片手でカードを切り、右手に持っているカードを隣の手に一枚だけ飛ばして、指先で受け取ったと思ったら、何故かそのまま空中で裏返って――……間近で見ても、何度見ても、こんな綺麗に見える理由が全く分からない。技法自体は教えてもらっているものの、単純に技術力が追いつかなかった。
 オレが猫目になってまでユキの指先を眺めていると、カードが片手に全て収束して、そのままパタリとテーブルに置かれた。
 それが、今日の練習は終わり、の合図だ。オレの好奇心と探究心は、恐らく無尽蔵に近い。最初のころは、いくらでも続きを強請ってしまって、ユキの方が先に参っていた。こうして時間制限つきで教えるようになったのは、講習が始まって割とすぐだった。
 ただ時折、オレがどうしても覚えきらないルールや手法があると、納得いくまで付き合ってくれもする。そこで発生した延長時間は、二人の間で「ロスタイム」と呼ばれている。サッカー好きのオレが言い出したことだった。
 オレの為にユキの時間を使わせてしまったんだから、ユキの為にオレが使う時間があるべきだ。という、フェアを謳っていそうで、実のところユキにとっては、さほど有益ではないだろう提案。
 提案した瞬間は、本気で合理的だと思っていたのだから恐ろしい。けれどユキは、その申し出を素直に受け入れてくれた。
 理由は『モモを好きに出来るから』らしい。言われた時は、バカみたいに顔が熱くなって、ユキの顔を見れなかった。
 そして今日は、月末金曜日。そのロスタイムを消化する日だ。
「モモ、おいで」
「うん」
 リビングの床で伸ばしていた脚をたたみ、よいしょと立ち上がる。ユキが座るソファへと近づいて腰掛けると、ユキがそのまま、オレの顎を引き寄せ、こつん、とおでこを当てた。
 これは「今日はセックスするよ」の合図だった。
 ぶわっと鳥肌が立って、身体に〝それ用〟のスイッチが入る。これがないと、キスだけだったり、抜き合いっこで終わる。
 視線が絡みあい、オレはたまらず、うっそりと瞳を細めた。ユキの唇が近づいてきて、ちゅ、と軽く触れる。すぐに離れて、もう一度口づけられる。今度は、もう少し長く。自然とユキの首の後ろへ腕がまわり、二人の距離はぐっと近づいた。それに合わせるようにして、今度はユキの舌が入り込んでくる。
「ん、ふ…」
 ちゅく、ちゅく、と唾液が混ざる音に、脳の一番奥がしびれる感覚がする。顎を持ち上げられ、何度も角度を変えて舌が歯列を舐った。
 粘膜同士で触れ合う気持ちよさを知ったのは、一年前だっただろうか。もうこれを知らなかった頃を、思い出せない。責任は取るよって、ユキは笑ってた。
 もっともっとと強請るように、自分の厚い舌でユキの薄く長い舌を捕まえる。そしたらするりと逃げられて、今度は逆に捕まえられてしまった。慣れてる動きにちょっとだけ胸が痛くなって、けれどそれすら心地よかった。
 だって今、知らない誰かではなく、ユキはオレを選んでキスしてくれてる。
 そう思うだけで、全身が火照って、喉が鳴った。ユキの手がオレの腰に触れ、スウェットの隙間に長く綺麗な指が入り込む。指先の皮は依然厚く、はじめからこの指に、絡め取られてしまっていたことを思い出した。
 尾てい骨のあたりを軽く撫でられて、ぶるりと震える。そのまま下へと降りた指先が、つつ、と後ろを撫でた。割れ目にはギリギリ触れない、いたずらみたいな触れ方でも、反応してしまう。
「あっ」
「ふ、……感じるの、まだ早くない?」
 なんてユキは言うけれど、いつまで経ってもきっと慣れることもないし、感じないようにするなんてことも、不可能だ。そもそも、あの、ユキに抱かれる。神に等しい存在に。その期待だけで、自分のものはじんわりと濡れてしまうぐらい、弱いのだ。
 ユキはオレにとって神に近く、しかし、神でいてくれることはなかった。
 オレのことを好きだと言い、抱きたいと強請る、人間だ。
 それを嬉しいと感じてしまう自分の、強欲さに呆れる。ユキから繰り返し言われていた〝好き〟をちっとも信じなかったくせ、それが本気だと分かった途端にこれだ。そういうところも、オレのいいところだと、ユキは言うけどさ。
 ユキの首に回していた腕を腰に回し、裾から腕をつっこむ。すべらかな素肌が気持ちよくて、手のひらで撫でた。背骨をなぞると、ユキも少しだけ、熱っぽい息を漏らす。
「……きもちい?」
「うん。もっと気持ちよくさせて」
「う……出来るかな」
「出来るよ。モモの特技、僕のご機嫌取りだから」
 それってちょっと違くない? と笑って、今度はオレからキスを仕掛けた。ちゅ、ちゅ、と唇だけではなく、頬や首筋にも口づけを落とす。鎖骨のあたりをぺろりと舐めてみたり、首筋を軽く噛んでみたり。犬歯で傷つけないように、その時だけは慎重に。
 ユキがこういうのを好きかどうかはまだ分からないけれど、気持ちよくなってもらおうと必死になる姿、何より「刺さる」らしいので。
 それを狙っていくのは、ちょっと小賢しいだろうか。ちらりと上目にユキを見ると、思ったよりずっと欲に濡れた瞳がこちらを見つめていた。薄縹色が濡れて、濃いブルーになる。
 興奮している時の、ユキのこの顔が、怖いほど好きだった。
「……成功した?」
 ユキの顔が近づいて、耳元で囁かれる。
「うん。した」
 いつもより低い声にびくりと身体が揺れて、「あ」と思わず声が漏れた。本気になったユキの声は、いつだってオレの意識を一瞬でさらい、揺さぶる。
 どさりと余裕なくソファに押し倒され、ユキの銀糸がさらりと頬に触れる。ここでするの? と見上げると、そうだよ、と目元だけで微笑まれた。ベッドまで我慢できない、と言外に伝えられたみたいで、嬉しすぎて目眩がする。
 ちゅ、ちゅ、と真上からキスを落とされて、上に着ていたスウェットをゆっくりとめくられた。裾を口元に持ってこられたので、素直に咥える。ユキはオレの従順さがお気に召したようで、機嫌よさそうに頭を撫でてくれた。
 触れた感触の心地よさに目をつむりそうになったのもつかの間、乳首がべろりと舐められて、思わず裾から口を離した。
「ひぁ!? やっ、あっ、くすぐった……っ」
「そう? でもモモ、この前もここで気持ちよくなってたでしょ」
 服で隠れたそこを、ぎゅっと指で抓られ「あぅっ」と情けない声が漏れる。この前セックスをした時も、これをされて、最初は本当にくすぐったいだけだったのだ。
 抓られて、舐められて、かじられて、あんまりそこばかり責められて、最後には泣きが入った。それから何日か経っても、赤く腫れたそこが擦れて痛くて、絆創膏を貼ってしのいだぐらいだ。
 そのせいで、ちょっと舐められて抓られただけで、じんじんと熱を持ち始めている。あの時、散々覚え込まされた快感を、素直な身体はすぐに思い出してしまった。
「ひ、うぁっ、あんっ」
 今度は親指の腹で強く押されて、喉を引きつらせるように声を漏らした。ぐりぐりとこねるような動きがくすぐったくて、気持ちいい。空いている方も舌で嬲られて、わなないた。
「や、それっ、こわい、こわい……っ」
 思わずユキの頭を掴んで抵抗するも、手に力が入らないなら、ただ触れているだけだ。ユキはオレの抵抗など意にも介さず、舌先で乳首を転がすように舐め続けて、指でぎゅうぎゅうと抓った。
「あっ、ふぁっ、んんっ、っ、あっ」
 好きなように喘がされて、恥ずかしい。びくびくと腰が震え、まだ触れられてもないのに、中心に集まった熱が爆発しそうだった。
「ひぅっ、は、やだぁ…っ、も、なめ、ないでぇっ……」
「やだ? じゃあ、やめる?」
 ユキが突然、指を離し、顔を上げた。本当にやめてしまうと思っていなかったオレが、驚いて「へ」と言うと、ユキは妖しく笑う。綺麗すぎて、夢現の中で見る夢みたいだ。
 さっきよりもずっとずっと欲深い色をした瞳が眇められて、ユキは自分の唇をぺろりと舐めた。
「凄いよ、モモ。『早く挿れて』って顔してる」
「……っ!」
 そんなわけない。と、断言出来なくて、恥ずかしい。その可愛い顔、もっと見せて。そう言わんばかりに顎を持ち上げられて、反った喉が意識せず、くぅん、と鳴った。
「犬みたい。首輪が必要?」
 ユキが物騒なことを言ったにも関わらず、オレは目をとろけさせるほかなかった。向けられる独占欲が、たまらなく気持ちいい。それでいて、やっぱり心から嬉しいのだ。
 顎に触れるユキの手を奪うようにして掴み、愛情たっぷりに言った。
「ユキが飼ってくれるなら、いいよ」


 狭いソファにうつ伏せになって、腰をぐいっと持ち上げられる。もう何度シたか、覚えていない。その辺に放られた、口を結んだ使用済みゴムが、行為の生々しさを物語っていた。
「モモ。モーモ。腰、もうちょっと上げて」
「……ぁ、う……」
 よいしょと持ち上げられた腰に、ユキのものがあてがわれる。なんでまだ勃ってるの、なんてふらふらの頭で考えていても、穴に触れた瞬間、強制的にそこに意識が集中するのが分かった。
「あ……あ、も、もう……やだ……、むり……」
「だーめ。まだまだロスタイム、終わってないよ? モモが言い出したんだから、ちゃんと守らないと」
「だ、って、ぇ、っ、あ、あ……」
 同性から見ても大きすぎるそれが、つぷ、と割って入ってきて、そのままゆっくりゆっくり挿し込まれる。わざと時間をかけて挿れられるのが好きなのを、ユキはとっくに知ってるみたいだった。
 中の襞がユキのそれをぐずぐずに包み込んで、おねだりするみたく蠢いているのが分かる。口では、やだとか、むりとか言っといて、もっとひどくしてほしいと、そこだけは訴えるみたいに。
「あっ……ぁ、くるし、深い、ふかいぃ……っ」
「うん、奥まで、入ってるからね」
 ここ、わかる? とお腹を撫でられて、分かるわけないのに、ぎゅううと腹筋が締まる。それと同時に後ろにも力が入って、ユキのを強く締め付けてしまった。硬くて熱いそれが、粘膜をぐちゅぐちゅと押しつぶす。
「……っ、は……、モモ、……締めすぎ」
「だ、って、ユキが、ゆきの……っ」
「うん。僕のが入ってて、嬉しくなっちゃったんだよね?」
「ぅう……」
 ちがう。おなかさわったせいだし、おなかいっぱいなせいだし、ほんとはもっと言いたいこといっぱいあるのに。
 でも、ユキが言うことも、ほんとだ。負けたようにコクリと頷くと、一瞬間を置いて、ばちゅんっ、と今までにないほど強く打ち付けられて、仰け反った。
「ひぐっ!? あっ、やだっ、もっ、やあっ、あっ!」
「っ、は……っ、」
「いくっ、も、いぐ、いっちゃうから……っ」 
 ばちゅ、ばちゅ、と強すぎる抽送に完全に腰が抜けても、ユキの腕に支えられて、一番いい角度から責められて死にそうだ。吐き出しすぎてだらしなくぶらさがった自分のそれが、力なく揺れながら、ぽたぽたと弱々しく精液を垂らす。革張りのソファに先端が軽く擦れて、それにも「あんっ」と声が漏れた。
 ユキがそれに気づいて、オレのものを後ろからぎゅっと握る。電流が走ったみたいな衝撃に、声も出なかった。
「ダメ。僕がする」
「ち、が、いまのは…っ、そ、じゃ、なくてぇ…っ」
 やだやだと首を振っても、握る手が離れることはない。相変わらず後ろをぐちゃぐちゃに突かれながら、ユキは器用にオレのものまで扱き始めた。
「あっ、あんっ、むりぃっ、やだ、も、イけないぃ…っ」
「じゃあ、これが、最後ね」
 ユキの硬い指先が、亀頭の先端を擦りあげる。弾けるような快感に、殆ど透明になってしまった精液が、先端からとろとろと漏れ出た。膝が笑っているのが分かる。途端、強烈な眠気に襲われた。限界まで可愛がられた身体が、もう無理だと音を上げたようだ。
 瞼がゆるゆる下がっていき、ああ、やっと終わる――そう、思ったのと、完全に同時だった。
 中に入りっぱなしだったユキのそれが、ずるっ、と勢いよく抜かれて、そこから、一気に打ち込まれたのだ。
「っ~~~~!!」
「モモ。あともうちょっと、……お願い」
 後ろから耳元で囁かれて、まだユキがイッてないことをやっと理解する。分かったから、早く、早くして。こくこくと何度も頷いて、オレはソファに頭を擦りつけた。ぐちゅっ、ばちゅっ、と部屋に響くローションと空気の混じった音が、耳の奥まで響いた。ユキの指が胸元に触れ、また乳首を抓られる。
「いっ、あっ、もっ、やだぁっ、よすぎる、よすぎるからぁっ」
「はっ、……っ……!」
「ひぅっ……や、あっ、あんっ!」
 ことさら強く打ち付けられて、どさりとユキの身体がオレの背中に乗っかった。それから、ゆっくり、じっくり、まるで侵食するみたいに中に熱いものが広がっていく。毒が、まわる。全身を、かけめぐる。
 どくどくと注ぎ込まれたそれが精液だと分かった頃には、身体を仰向けにされ、脚を広げられていた。
 最後だって言ったのに。うそつき。


 *


 あれから、更に三年。やっとのことで、冒頭に戻る。
 五年も経てば、オレもプロディーラーとしてそこそこの腕前にまで成長していた。フロアパーソンやピットマネージャーに就くことも勧められたけど、オレとしては、やっぱり人前でダイスを振ったり、カードを転がしている方が性に合っている。最近はイカサマ防止にダイスを振るのすら機械に任せるカジノが多いらしいが、うちは安全安心超優良、その証拠として、オレ自らがダイスを振っていた。
 だから当然、1000人に一人ぐらいは、難癖をつけてくる人間がいる。それが、今日だった。
 シックスボーのトリプル賭けを、まさかの初回2万ドル。一攫千金を狙いすぎてバカになってるタイプだ。三つのゾロ目が出る確率は36分の1。いくら配当金が180倍だからといって、一瞬で身を持ち崩すのは火を見るより明らかだった。
「お客様。本当によろしいんですね?」
「いいから! 早く!」
 怒鳴りつけるような声からは、焦りが滲んでいる。十中八九、借金。
 一応、紹介制で、会員制なんだけどねー、ここ。もしかして、誰かのパスを盗んで入り込んだのかもしれない。そこそことしか言いようのないスーツと、よく見るとぼさついた頭。ギリギリ、警備員の目を逃れられる程度の清潔感。血走った目が、食い入るようにチップの山を見ている。この緊張感を長引かせるのも可哀想か、とオレはいつもどおり、左手でダイスを振った。
 それからはなかなかの惨事だった。当たり前にトリプルが揃わなかった現実に、客はショックを受けて暴れはじめる。予想の範疇としか言いようのない行動にあーあとため息を吐きつつ、素早く卓を出て、客を羽交い締めにした。
「はい、お客様。あとはうちの警備員がお話聞きますんで!」
「離せッ! 離せぇッ……!!!」
 180cmはあるだろう巨体を抑え込むのは、なかなか骨のいる作業だ。バタバタと走ってやってきた警備員たちに引き渡し、持ち場へ戻ろうとしたところで、シャツの襟を強く引っ張られた。
「に゛ゃっ」
「こっちに来い」
「……はあーい……」
 怒気を含んだ声色は、ユキのものだった。一番の人気者が、持ち場を離れていいの? と言いかけたところで、オレもユキも、今日のシフトは終わりだと気づく。
 完全に首根っこを掴まれた猫の様相で、オレはVIPルームへと連れ込まれた。


 VIPルーム。通称、ヤリ部屋。
 うそ。オレがそう呼んでるだけ。
 紳士淑女の皆様方は、このキングサイズのベッドの上で、愛を囁きあったり、まどろんだりしているだけなのでしょう。きっと。
 どさっ、とベッドの上に身体を倒されて、尻もちをつくみたいに沈んだ。
「ちょっとユキ、危ないじゃん」
「おまえが悪い。ああいう相手は、先に警備員を呼ぶべきだって、なんで分からない? 脳の作りが他人と違うのか?」
 ユキの鋭い目つきに射抜かれて、ニッコリ笑う。その笑顔も癪に障ったらしく、かなり大きな音で舌打ちされた。
 なんとオレの愛するダーリンは、この五年で恐ろしく過保護になってしまいましたとさ。
 しかも、実はキレると死ぬほど口が悪くなる。最高にときめくよね。
 オレだって、普通に男だし、筋肉だって人並みか、それ以上にある。あれぐらいの男の一人や二人相手にするのだって、骨は折れるがどうってことない。自分が片付けてしまった方が、穏便に済むことだっていくらでもあるのだ。
 けれどユキは、それをちっとも理解しなかった。オレがちょっとでも傷つくことを恐れているし、傷つくことをしようとしたら、烈火の如く怒るのだ。
 愛されてるなあ、ってうっとりとする反面、もうちょっと信用してよ、とも思う。
 でもまあ、今回は、いいよ。
 なにせオレが矢面に立ったのは、ワザとだったから。流石に、明らかに怪しい奴が目の前に座って、近くに警備員を配置させてないのは、バカでしょ。オレだって普段だったら、監視させてるよ。むしろ心配そうにこちらを見ていた警備員に対して、向こういってて、と持ち場から離れさせたのは、オレだ。
 理由は勿論、ユキを怒らせるため。
 ひいては、この部屋に連れ込んでもらう為だった。
 前述した通り、ユキは過保護で、凄く優しい。だから、セックスでもめいっぱい優しくしてくれるのだ。オレとしては、それも勿論嬉しいんだけど。
 でも、たまには、激しく抱かれたかったりもする。機嫌を損ねたユキは、オレを乱暴に、雑に抱いてくれて、それが正直、たまらないのだ。
 初めてセックスをしてから、三年経った。あれから数え切れないほど身体を重ねて、オレの身体も、ユキの身体も、互いの形にしっかり馴染んでいる。だからこそ、たまには違うことをして、マンネリ化を防ぎたいというのが、オレの考えだ。
 ――っていうか、めちゃくちゃにされたいな〜って、それだけ。ユキに一度直接お願いしたことがあったけど、無理でしょ、の一言で終わった。まあ、無理だよね。分かる。だから、オレはオレで、考えてるのだ。ちゃんと。

 このVIPルームに連れ込まれるのは、100%〝お仕置き〟の為だった。実際、身体に教え込まれると、オレは弱い。すぐに言うことを聞いてしまう。
 ただし、お仕置きされたくてワザとやった蛮行を、その後繰り返すようなことは決してしなかった。じゃないと、お仕置き自体〝効果なし〟って思われて、雑に抱いてくれることがなくなってしまうから。
 期待が表情に出ないように――まあこれも、セックス中にはグズグズのとろとろになっちゃうから、あんまり意味ないかもしれないんだけど――わざと不遜な態度を取る。
「はいはい。分かりましたー」
「……可愛くない」
「オレ、もう25だよ? ずっと〝可愛い〟やってくのも、結構考えもんじゃない?」
「……」
 うそうそ。本当は超嬉しい。なんなら毎日言ってくれるその言葉のお陰で、今日もオレは可愛いんだなって思えるよ。
 あとでちゃんと弁解しないとな、と思いつつも、ユキの眉間に深く深く刻まれていく皺を見て、最高だな、とため息をついた。本気で苛ついてる顔までイケメンって、どういうこと? オレのダーリン、完全無欠の天上人じゃん。
 何も言わなくなってしまったユキは、不愉快そうにラバルドベストを脱ぎ捨てた。オーダーメイドのシャツは、陶磁器のような肌色を際立たせるノワール・マット。柄無しのシンプルなネクタイは肌の色と同じくブラン・パール。総額を考えたらちょっと頭がおかしくなるぐらい、完璧に仕立てられたそれらを、一つずつ脱ぎ捨て、解いていく様を見るのが好きだった。
 だってユキは、どれだけ豪奢に着飾ってみようと、まずその身ひとつで、圧倒的なのだ。むしろ、まっさらになればなるほど、輝きが増す。装飾品は、あくまで装飾品でしかないのだと、毎度新鮮に思い知らされた。
 ユキの指がネクタイにかかるのを見て「待って」と制止する。ベッドから軽やかに立ち上がって、ユキの前に立った。睨みつけられて、もう一度、ニッコリ笑う。ユキが最も嫌う、世界一生意気なやつを。
「それ、オレに外させてよ。そういう約束でしょ?」
「おまえは僕との約束を守らなかった。僕もおまえとの約束を守る義理はない」
「ツレないなあ」
 なんて言いつつ、オレはユキの言葉を全く無視して、ネクタイに指をかけた。セックスの時には、必ずオレに外させてね。いつだったか交わした約束は、無事今日も守られて、ほっとする。結局ユキは、オレが望むこと全部、叶えてくれるのだ。そういうところも、大好きだった。
 しゅるしゅると慣れた手つきで解いていくと、襟に隠れたネックレスが姿を現す。これはオレが、去年の誕生日にユキに贈ったものだ。
「ちゃんとつけてくれてて、嬉しい」
「……売りつけてやる。おまえに」
「えー。オレにはもうあるから、要らないかな」
 自ら蝶ネクタイを外し、襟のボタンを開ける。シンプルな作りをした黒のチョーカーが姿を現して、ユキは目を眇めた。オレがディーラーデビューをする前日に、つけておいて、と渡されたものだった。
 犬の首輪は、大きくて、隠すのが難しいから。
 そんな冗談を口にしながら、ユキ自らチョーカーをつけてくれたあの日を、未だ鮮明に覚えている。
 オレがユキのものに、ユキがオレのものになった証が、この首輪だった。オレは晴れて、ユキの犬になり、ユキはオレの、飼い主となったのだ。
 シルバーの金具に指がかかり、くい、と引き寄せられる。首の自由を奪われると、何一つ抵抗出来ない。
 その不自由さに、昂った。
「…………」
「…………」
 しばらく睨み合いのなり損ないが続いて、どちらからともなく、噛み付くようにキスをした。

 ユキのまだ全然反応していないそれをすりすりと撫で上げながら舌先で亀頭を撫でて、上からぱくりと食む。ユキ匂いが口の中に広がって、それだけで唾液がいっぱい出た。
 うーわあ、完全にパブロフ。美味しいって、身体が分かっちゃってる。カリ首を舌でなぞるようにぐるりと遊ばせて、今度は舌全体で亀頭を包む。ざらざらの表面を撫で付けるようにして動かすと、びく、と腰が震えたのが分かった。これ、絶対きもちーよね。オレもいつかやってもらいたい。
 ぷはっと一度口を離して、硬くなってきた竿を、付け根から上に向かって舐めあげる。あ、もっと硬くなってきた。それによろこびながら、指で作った輪っかに通し、上下に扱きはじめる。出来るだけ一定のスピードで、早すぎず、遅すぎず。一定すぎて、もどかしくなるように。その間もオレはせっせと亀頭を舌先でつついたり、舐めたり、食んだり。
「……っ、は……」
「あ、ひもひい?」
 視線は送らず咥えたまま喋ると、ユキの手がオレの頭を掴んで、強すぎる力で押した。あんまり急だったので抵抗し損ねて、喉奥まで一気に入ってしまう。
「グッ……!? うぷっ、んんっ!」
 髪を掴まれ、一気に喉から抜けたと思ったら、また突っ込まれる。オレが死ぬほど好きなやつ、こんな最初にやってくれちゃっていいの? と、サービス精神に感動した。喉壁に亀頭がつっかえる度、思いっきり締めてあげる。すると、ビクビクと竿が反応して可愛かった。
「んっ、ぐっ、んちゅっ、ぇうっ」
 あんまり気持ちよくって声が出てしまう。だってイラマなんて、普段は絶対してくれない。でもこれは、苦しいですって演技をいれないと、ダメなやつ。
「ぷはっ、は、やぁっ、ゆぎ、むり、これ…っ」
「……、いいから、早く」
「あうっ、んぐっ、うぷっ」
 一瞬見えたユキは、凄く不本意そうな顔をしていた。気持ちいいけど、全然やりたくないって感じの顔。でもこうでもしないと、オレは反省しないから。
 飼い犬の躾は、飼い主の役目だ。大変な役目を担わせて、ごめんね。
 喉も十分に犯してもらえたところで、オレはぎゅうっと喉を絞り、出来るだけゆっくりと時間をかけてユキのを抜いた。まだ全然イク気配がなくて、つよいなあ、とメロメロになる。喉の奥がじんじん痛くて、苦しくて、気持ちいい。恍惚とした表情で、今度はおねだりをしてみた。
「ゆき、おれの、さわって」
「なんで?」
 とんでもない手厳しさに、思わず笑いそうになる。ええっ、こんなに可愛くおねだりしてるのに。ユキの大好きな、可愛いモモちゃんなのにね。しっかり怒りは継続中みたいで、嬉しい。
 ユキがそう言うなら、と膝立ちになり、見せつけるようにベルトを外す。スルリとループから引き抜いて、ベッドの下へと放り投げた。それから、スラックスをゆっくり下げ、グレーのボクサーパンツを露わにする。興奮して勃ち上がり、先端は既にぐしょぐしょに濡れていた。それもまた縁に指をかけ、ずるりと下げる。反り返ったそれが下腹に当たって、パチンッ、と音がした。
 ユキの視線が、そこに集まっているのが分かる。オレのはユキのより、ちょっと色が薄くて、サイズもそこそこ。平均男子よりはデカいんじゃない? とは思うけど。それが可愛い、らしい。なんでもかんでも可愛がるのも、考えものだ。嬉しいんだけどね?
 一度もイッてないユキのそれが、バキバキに勃起してる。オレがシてるの見て、一緒に扱くのとか、エッチでよくない?
「こんなの、触ったらすぐイッちゃう……」
 ちら、とユキを伺うと、「イケば?」とでも言いたげな視線とかちあった。あくまで、傍観に徹するつもりらしい。放置プレイも嬉しいオレは、しょんぼりした顔を作りながらも、期待を隠しきれない瞳で、自分のものに触れた。待望の感触に、それだけでびくびくと腰が震えて、膝から力が抜けそうになる。でも、これは見ていてもらわなきゃいけない。ぐっと堪えて、亀頭から漏れ出るカウパーをすくい上げ、竿に塗りつけるように広げた。そのまま、指でぐしゅぐしゅと上下に扱き始める。
「あっ、あんっ、やっ、あっ」
 わざと大きく声をあげて、誘うように腰を揺らす。ユキの瞳の色が、いつの間にか濃いブルーになっていて――……興奮している時の、ユキのこの顔が、怖いほど好きだった。今も、変わらず。
「ひっ、うっ、んぁっ、ぁう……っ」
 堪え性のないオレは、あっという間に昇り詰める。自分のそれが赤く腫れ上がって、びくびくと痙攣し始めた。気持ちよすぎて頭がまっしろになる。あと、ちょっと、あとちょっとで、イケる――はずだった。オナニーに夢中になっていたオレが気づかないうちに、ユキがすぐ側までやってきていて、オレの手の動きを止めた。本当の本当に寸止め。苦しすぎて、一瞬息が止まった。
「ちょ、っと……っ、ユキ、それは、ひど…っ」
「後ろ向いて。挿れるから」
「えっ、あっ」
 膝立ちで不安定だったオレは、軽く押されただけでベッドに沈んだ。そのまま肩を掴まれ、無理やりうつ伏せにされる。その動きのせいで、イキかけていたオレのものが、シーツが強く擦れてしまった。
「んぁっ、あっ、やば、イッ……あ……ッ」
 びゅくびゅくと勢いよくシーツに吐き出される精液が、全然止まらない。そういえば、ちょっと久々だった。自分で抜くのはあんまり好きじゃなくて、いつもユキとのセックスで出してるから。
 腰がビクビクとわなないている最中にも関わらず、ユキはオレの脚からひっかかっていた衣服を抜き取る。下半身全部が露わになって、何か言われる前にゆるゆると腰を上げた。身体を捻ってユキの方を見る。オレの目はきっと、ハートマークが浮かんでいるだろう。尻たぶを掴んで、ひくひくと欲しがっている穴をじゅうぶんに見せつける。
「はやく、いれてぇ……♡」
 オレの誘い方に、文句ありげなため息がひとつ。
「……育て方、間違えたかな」
 渋い顔をして、本気で後悔してるような言い方が、たまらなくキュートだった。
 犬は、飼い主に似るんだよ。知らないのかにゃ?


 後ろで三回イカされて、今は正常位で二回イカされて、今三回目に突入したところ。酸欠で、頭ぐらっぐら。バカみたいに喘いだせいで、喉もめちゃくちゃ掠れてる。
 どっちの体液かも分からないぐらい、汗と涙とよだれと精液でべっとべとの身体。こんなに広い部屋なのに、むせ返るような精の匂いが鼻をついた。ああ、セックスしてるんだなって、実感する。
 ユキと、セックスしてるんだ。ぐっちゃぐちゃの、どっろどろのやつ。
 オレ色の髪ゴムを使って、後ろで一つ結びにしたユキも超イケメンだ。いつもは銀糸のカーテンに包まれる感じで、それもめちゃくちゃ好きなんだけど、こうして顔がしっかり見えるのも、最高だった。額にも、頬にも汗が伝って、たまにオレの頬に落ちてくるのが、心地いい。
 荒い息、快感を逃す為にぎゅっとつむる瞳と、寄せられた眉。シルバーのネックレスが重力に負けて落ちるのを目で追うのも好きだ。たまに指で引っ掛けて遊ぶと、凄く嫌そうな顔をされる。猫じゃないんだから、って言われて、そうだね、犬だもんね、って返す。そういうことじゃないって、ユキはやっぱり不満げで、可愛い。
 そんな可愛いユキも、今日はちっとも優しい言葉をかけてくれない。雑に激しく抱かれるって、そういうことだ。ピストンして、出して、また挿れて、ピストンして、出して。ユキはオレよりずっと遅漏で、まだ二回しかイッてない。だから一回のセックスが、死ぬほど長いのだ。普段はちっとも体力ないくせに、お互いに向ける性欲だけは、有り余ってる。
 脚を持ち上げて、ユキの背中に回して、ぎゅうってホールドしてるのに、ユキは勝手に動いた。もう無理、やだやだ、限界、しんじゃう、どんだけ言っても、ちっとも聞いてくれなくて、最高だ。
 ぐちゅっ、ぐちゅっ、とS字を狙って先端を抉るように動かされて、その度に仰け反ってヨがる。オレが背中を弓みたいにしならせると、ユキは乳首にがぶりと噛み付いて、舌先で撫でた。何度も何度も、噛まれて舐められて、痛いのにくすぐったくて、くすぐったいのに気持ちよくて、脳の一番大事なところがどろどろに溶かされていく。
「アッ、そこっ、だめ! あぅっ、あんっ」
 それに呼応するみたく、ナカがうねるような動きをして、ユキの息が詰まった。そこで、動きが止まる。ユキの首に腕を回して、ぎゅうっと抱きしめた。耳元で、ユキの息遣いが聞こえる。はあ、はあ、小刻みに漏れる荒い呼吸が、獣っぽくて、雄っぽくて、めろめろになる。
「ねえユキ、オレ、もう、でないよぉ……」
 わざと弱音を吐くと、起き上がりざま、ガブ、と首輪を噛まれて、ビクつく。急所の近くを噛まれるって、怖くて、エッチだ。
「……あと十回はイカせる」
「や、もう、しんじゃうから、ほんとに」
「そうじゃないと、お仕置きにならないだろ」
「で、でも、ひぁっ」
 ぐっと腰が入って、オレはまたあんあん鳴く。一番弱いところをいっぱい突かれすぎて、多分腫れてる。その腫れがまた痛気持ちよくって、オレが唇をぶるぶる震わせながら、次の衝撃に備えるのだ。
 もう、やだ、きもちよすぎてこわい、くるしい、でも、でも――
「ひぐっ! ァッ、やばっ、ゆきぃ、つよい、むり、むりぃっ♡」
「はっ……、ッ、……モモ、」
 突然名前を呼ばれて、ビクッと身体が震える。今日、初めて呼ばれた。何よりもユキに名前を呼ばれることが好きなオレは、それだけで身体が昂ぶって、悦んで、一気に体温が上がる。
「あ……ッ、え、え? あ、やだ、やばい、なんか、おれっ」
 ひどくされている時、名前は絶対呼ばれない。だから油断してた。ビクビクと身体が跳ねて、触られてないのに全身が性感帯になったみたいに、ぶるぶる震える。
 ユキが、一度全部を抜き、オレの腰をぐっと持ち上げる。一番、本当にそれ以上先はないってぐらい奥まで、ねじこむ時の姿勢だった。
 オレは正気に戻って、本気で抵抗を始める。
「やだっ、ほんとに無理、ユキっ、ごめんなさいっ、もうしない、しないからっ」
「そうね。したら、怒る」
 もう怒ってんじゃん、思ってた百倍怒ってんじゃん!
 じたじた脚を動かそうとしても、体力を限界まで消耗し、溶かされきったオレの身体は言うことをきかない。結局殆ど抵抗なんて出来ないまま、ユキの先端がぴた、と穴にあてがわれた。死ぬほど素直はそこは、先端とキスするみたいに、ちゅう、と音を立てる。それだけで引き攣った声が漏れ出て、思わず時分の手で口を押さえた。いまさら、って自分でも思う。でも、だって、こんなの、変だ。
 ぐりぐり、とユキの大きすぎるそれがオレのナカに割って入ってきて、全身に電流が走った。今から初めて抱かれるぐらいの衝撃。あ、あ、と声にならない声が断続的に漏れ続けて、ガチガチと歯が鳴った。
「あ゛っ、や……、ふぁっ、ぁ……っ!」
「……あっつ……」
「ちょ、ユキ、やばい、トんじゃう、かも」
「うん。……いいよ」
「アッ、ぅあっ!」
 それが合図みたいに、突然一気にナカまで挿し込まれて、オレは全身をしならせた。目の前がハレーションを起こして、バチバチと閃光が弾ける。完全に、〝飛ぶ〟一歩手前。それを狙ったみたいに、ユキがばさりと覆いかぶさってきて、助けを求めるみたいに浮いていたオレの腕をベッドに縫い付けた。
 ユキの匂いが、いっそう濃くなる。
「〜〜〜〜〜っ、ゆ、ゆき、も、おれ、しぬ、ほんとに、しぬから…っ」
「反省、した?」
「した、しました、だから、おねがい、キス、しな、で…っ、んむっ、んぅ…っ」
 最初にした、噛み付くみたいなそれじゃなくって、恋人同士の優しいやつ。ごちゅ、ごちゅ、と抽送は続いているのに、食んで、舐めて、味わって、何度も何度もキスされた。ユキが普段、一番やりたいやつだ。
「んちゅ、ちゅ……、んむ、はっ……」
「モモ、……モモ」
 愛しさを隠さない声で呼ばれて、オレはもう、あっという間に限界を迎えた。無理。最後までお仕置きモードで居られないユキに、名前呼ばれて、まともでいられるはずがなかった。
「はっ、う、ゆき、ゆき、いく、いっちゃう……っ」
「……うん、僕も」
 ピストンが次第に早くなっていき、オレはそれに耐えるようにして、ユキに縫い付けられていた腕を、首にまわした。やっぱり、最後は、抱きしめてがいい。
 髪ゴムを外してやると、髪がばさりと広がる。ユキの雄の顔が陰って、たまらなく格好良かった。こんな時にもうっとりと視線を送ると、余裕なく眇められた瞳が近づいて、もう一度、唇が塞がれた。
「んんっ、ふ、ぅ、ん、んんっ……ん〜〜〜……っ!!」
「っ、ん、は……っ、……ッ!」

 二人同時に達したことが嬉しくて、そのままオレは意識を飛ばした。


 *


 自分も、あとでシャワーを浴びなければと思いつつ、汚しに汚したモモの身体の惨事をどうにかする方が先決だと、濡れタオルで入念に拭く。あらかた処理が終わったところで、ふう、と一休みした。バスルームとベッドを行き来しすぎて、それだけで疲れた。
 僕はともかく、モモはイキすぎだ。本当に十回近くイッたんじゃないだろうか。普通に、心配になるレベルの性欲。
 モモは、僕も同じぐらいだと思っているらしいけれど。そんなわけないだろ、と叱ってやりたい。
 毎回毎回、モモが粗相をする度に雑に抱くのも、疲れる。大変だ。全く柄じゃない。
 でもモモがそれを望んでいるのであれば、乗っかってあげるほかなかった。普段のセックスでこれを求められても、正気の状態でこんなことは出来ないし。
 何かしらの大義名分が、僕にも必要なのだ。とはいえ、モモは危険を犯すので、考えものである。もうちょっといい方法で大義名分を作って欲しいところだった。
 なんて。クズで有名だった昔の僕が聞いたら「毒でも盛られた?」と驚くだろうな。
 確かに、モモは、毒みたいなものだった。甘くて、はちみつみたいな見た目で、舐めると、苦い。

 モモの首元のチョーカーと、自らのネックレスを外し、二つまとめてテーブルへ置く。
 ――あんなものがなくたって、いつまででも愛してやるけど。
 僕が始めたことには、違いない。
 この先、五年、十年、いや、死ぬまで。責任を持って、最後まで、飼ってあげる。
 だからモモも、従順で生意気で、素直で小賢しい、可愛い可愛い、犬でいてね。


アイワナビーユアドッグ