明かせない秘密のひとつやふたつそりゃ当たり前にあるもので、オレだってユキのことは未だに知らない部分の方が多いと思う。
なんてことを、雑誌掲載用の一問一答に答えながら考えていた。
【秘密をひとつ教えてください】なんて設問に、本気で秘密を明かす人間なんていない。勿論相手側もそれは織り込み済みで、大喜利を期待されているだけのことだった。
例えば、ここに、【脱童貞相手はユキのファンの子♡】なんて特大の秘密を書いたら。
世の中に公開される前に完全黙殺、どころかおかりんチェックの時点で即修正だろうけど――しかしおかりんすらこのことを知らないので、白目を剥いて倒れちゃうかもしれない――もしうっかり何かのきっかけでファンの目に触れたら、Re:valeの活動を続けることは出来なくなる。それぐらいの想像は容易についた。
だからこれは本当の秘密。
誰にも明かせない、オレだけの秘密だ。
純粋無垢で世の中のことを何も知らず、サッカーにひたむきだった春原百瀬くんは、高校男子にしては珍しく下ネタを好まなかった。仲の良い姉がいたことで、女性を〝そういう目〟で見ることにどこか抵抗があったのだ。
そんなうちにRe:valeに出会いファン活動をするようになって、更にRe:valeの〝百〟になって――誰かと交際してどうこう、というリソースを割く暇はどこにもなかった。
その間にもユキは永遠にモテていたし、バンさんと活動していた頃の〝悪癖〟は顔を見せずとも、その分変な奴らに狙われることは増えた。
ユキが優しいのに振り向いてくれないから、いっそ殺してやるーみたいな、そんな感じ。無茶苦茶なんだけど、そういう無茶苦茶な人って、ちょっとあり得ないほどの行動力があったりして。
そのうちの一つ……と言うにはあまりにも衝撃度が高かったのが、ADの一人がユキ狙いで、ユキの飲み物にレイプドラッグを仕込んでいた事件だった。
まあ、表面化していないので事件にもならず終わっているんだけど――その被害者が、オレだったりする。
その日の収録はかなりの長丁場で、Re:valeの楽屋には大量のお菓子や飲み物が積まれていた。
普通だったら水とお茶と、たまーに冷蔵庫に炭酸ぐらい。なのにあの日は、オレの大好物のももりんが大量に置いてあって、普通の飲み物なんて水とお茶の二本だけ。「バランス超悪くない?」と困惑したものの、そもそもユキはあまり水を飲まないタイプなので「構わないよ」と返されて終わりだった。実際、あと一時間もすれば終わるタイミングでユキはひとつも手を着けていなかったし。
まあそれもそっか。と、オレはオレで最後まで残りそうだったお茶を手にした。そもそもMC番組の収録中に、ももりんばっかり飲むのは微妙だ。炭酸ってお腹張っちゃうしね。
キャップが普段より簡単に開いたことを、もっとちゃんと気にしておけばよかったのに。
――目が醒めると、視線の先には見知らぬ女性。跨がられている状況と、体の感覚的に〝挿入っている〟ことが分かった。
「ひっ……」
全身に震えが走って押しのけようとしても、怖いぐらい体に力が入らなかった。
あーこれ、絶対薬だ。やられた。ショックを受けつつもどこか冷静に分析している自分が、レイプドラッグと催淫剤をちゃんぽんさせたのがあのお茶だったのだと理解する。
ももりんいっぱい用意したのも君? なんて、分かりきったことだ。
女性は「ユキが悪いの」とイッちゃった顔でしきりに呟いていて、泣いているんだか笑っているんだか、なんだかもうめちゃくちゃだった。
だからってなんでオレを犯すかな、とぼんやりした頭で考える。
オレをどうしたところでユキにダメージなんてないのに。
後は野となれ山となれ。せめて顔はしっかり覚えておいて、色々根回しして二度とユキに近づかないようにしないと。警察沙汰は当たり前にNGだ。やっと軌道に乗ってきたところを、こんなことで邪魔されるわけにいかなかった。
感覚が狂ってしまったせいで、一体どれぐらいの時間犯されていたか分からなかった。女が逃げ去り、一人になったところで体を持ち上げる。全身が痺れていて、頭もまだハッキリしていないけれど、動けないほどではない。汚れた場所をくまなくティッシュで拭いて、一応ビニール袋にまとめて捨てた。
っていうかここ楽屋じゃん。鍵はかけていたみたいだけど、やるなあ、あの人。
あーあ。最悪の初体験だ。でもユキが被害に遭わなかっただけ不幸中の幸いだった。ユキを守れるなら、別に童貞を渡すぐらいはどうってことなかった。ノーカンとすら言える。
でも、そのあとトイレに駆け込んで盛大に吐いた。胃液も全部出し切っちゃったんじゃないかというぐらい、悶え苦しむほどの吐き気。
そこではっきり気づいたのだ。
あ、オレ、女の子ダメだ。っていうかダメになった。
完全に。
だからこの設問にもう一度答えるなら【女の子とエッチ出来ないこと!】かなあ。
なんて、それも当然ダメに決まっている。モモファンが聞いたら卒倒するし、そもそもアイドルの性事情はタブー中のタブーだ。
今となっては合コンに引っ張りだこのモモちゃんですが。お持ち帰りをしないのはRe:valeの為は勿論のこと、そもそも性的に興奮しないからだった。いや、おっぱいがおっきい子は好きだよ、好き好き。でもそれって、それだけのことだ。
セックス出来るかって言われたら、絶対出来ない。そもそも苦手意識があったのに、トラウマをしっかり植え付けられて、挿入する、という行為自体、想像しただけで鳥肌が立ってしまう。
今もうっかり思い出したせいで、鳥になっちゃいそう。うえー、と舌を出して「ここどうしよっかな」と独り言を呟くと、実はずっと向かいのソファに座っていたユキが受け取った。今日は事務所集合、事務所解散。この後はユキのお家にお邪魔してご飯をご馳走になる算段なので、ちゃっちゃと終わらせてしまいたい。
「どこ?」
「秘密のところー」
「ああ、そこ。迷うよね」
「ユキはなんて書いたの?」
「秘密だから言っちゃダメでしょ」
「ええー? ガチのやつ書いちゃった?」
にゃはにゃは笑いながら、立ち上がってユキの隣に移動する。どれどれと手元を覗きこむと、いつもの繊細な筆跡で【人を殺したこと】と書いてあった。
「こっっっっっっっっっわ!」
流石に仰け反る。冗談にしてもタチが悪すぎない?
「あ、これってあれでしょ。〝社会的に〟って入れるの忘れたやつでしょ!」
ユキが答える前に、用紙を奪い取った。
「それめっちゃ大事なやつだから! ニュアンス全然変わっちゃうから! ダーリンったらお茶目なんだからっ。でも、物騒だから消しておこうね?」
と、どこか焦るような口調で回答に罫線を引く。いやもっとぐちゃぐちゃに消した方がいい? おかりん泣いちゃう?
「消しちゃうの?」
「そりゃそうでしょ〜そもそもこんなん絶対通んないって! っていうか誰を殺したんだよって…」
「モモを犯した女」
目を見開いて、思わずユキを見た。
「――え?」
ユキは、いつも通り優しく微笑んでいる。
*
「と、いう感じのリアリティー×ホラーショーを単発でやって欲しいと依頼が来てるんですが、脚本が生々しすぎてお断りしようと思っていまして……。お二人はどう思いますか?」
「もうずっと怖い。ずーっと泣いてますモモちゃんは。なに? なにその設定? 誰が考えたの!? ユキがオレのせいで人殺しになるなんて世界一許せない設定なんだけど!?」
「いやそこじゃないだろ。モモにトラウマを植え付けるって時点であり得ない。そんなミスが発生する前に僕がその女を捕まえる脚本ならまだしも……」
「ちょっと待って! そんな女とユキが近づくぐらいならそのままオレが犯される方がマシだよ!?」
「モモ。お前は少し黙ってろ」
「はあ〜〜〜〜〜〜〜!!??」
アホほど揉めたし当然断ったし一時間後には仲直りした。(よかったね)