ユキの知的好奇心を満たせるのはオレと決まってる。
それはオレが「そうして」って言うのもあるし、ユキもオレ以外に特別「そうしたい」と言わないからなんだけど。だから自慢の八重歯だってユキの手で磨かせてあげたし、お尻だって触らせてあげるわけだ。
これはオレのためでもあるけど、ユキのためでもある。だってユキがオレ以外の人にそんなことしたらあっという間にホワイトアウトか警察のお世話なわけで、どっちも絶対させられない。
ユキってば結構思いつきの行動を事前打ち合わせなしにぶっ込んでくることがあるので、フィジカルが絡むなら特に、モモちゃんだけやってね。約束だよ。お願いだから他の人のことなんて見ないで。そう言い続けてきたわけだ。勿論本音として、一番優先してほしいという気持ちもあるし。
なんだけど。
なんだけどさあ。
「……ゆひ」
「うん?」
「まらおあああいお?」
「もうちょっと」
八重歯を直接触るのは、どうかと思っちゃうんだよね、流石に。
仕事終わりにユキの家に押しかけ、美味しいご飯に舌鼓を打ったあとはだらだらワイン会。流れで見ていたテレビ番組には、犬が口腔内触診をされてる映像が流れていた。
「このワンちゃん大人しいねえ」
「そうだね。モモとは大違い」
「狂犬のことは忘れて。もうユキったらー、違うでしょ! モモちゃんは犬と同じくらい可愛いでしょ!」
「モモの方が可愛いよ」
「……ダーリン、イケメン……ッ! 嬉しすぎてワインが進んじゃうよっ」
とか言いながら結構飲んでたのは、まあ、二人の間ではよくある話。スランプを抜けたオレ達は前にも増して二人きりでも夫婦漫才をするようになった。当たり前に出来ることが嬉しくって、オレからすぐに振っちゃうのだ。ユキもすぐに乗っかってくれるし、会話がポンポン進んでいくのが気持ちいい。ワインの力も相まって、頭がぽわぽわしつつある頃だった。
「あのさ、モモ。ちょっと試したいことがあるんだけど」
「うん? なになに?」
「モモの歯、触ってもいい?」
「……触るって? 歯ブラシで?」
「いや、直接」
あ、直接。
え、直接?
ちょっとびっくりして一瞬固まった。若干酔いもさめたと思う。大分前に、歯ブラシでオレの八重歯を磨かせてあげたことはあったけど、あれは一応「歯磨き」の一環だったからOKしたわけで、今回のこれって、絶対に「犬の口腔内触診」にインスピレーションを受けているわけで、分かりやすい大義がないというか。うーん。
まあいっか!
ちょいっと触ってもらって、それで終わりだ。一つ不安があるとすれば――
「オレの八重歯、結構尖ってるよ? 怖くない?」
「それぐらいなら全然平気」
「そっか。じゃあオレちょっと歯磨いてくるー」
「僕も手を洗おうかな」
そんな感じで、今、歯を触られています。ユキに。
ソファに座って、向き合って、いつになく真剣な表情で、ユキがオレの口の中を触ってる。至近距離に顔があるのに視線が合わないのを良いことに、オレはユキの顔をじっと見つめるに徹していた。
なんってったって口の中を触られてるので、まともな相槌一つ打てないのだ。
「へえ……見た目より歯の先端って丸いんだね」
とか
「モモは口が小さいのに歯並びがいいな」
とか
「上顎、結構ごつごつしてる」
とか。
色々と真面目なコメントを寄越してくるけど、気もそぞろでうまく返事も出来ない。約束が違うよユキ。歯以外も触ってる。さてはユキも酔っ払ってるな。
普段は楽器に優先される指が、オレの歯を撫でているのは優越感があるし、ちょっとどころじゃなく嬉しい。
けど、本当に本当の話をすると、さっきからちょっと、ムズムズするのだ。
人に触らせたことのない場所を、無遠慮になぶられている感じが、ちょっと。こう。ユキを相手に本当に申し訳ないし死んでも言えないんだけど、多分興奮してしまっている。う、とか、あ、みたいな声を出さないように歯を食いしばりたいのに、ユキの指を食いちぎるわけにもいかず。上顎を触られたときなんて、かなりヤバかった。
Re:valeになってからというもの、合コンの機会は数あれど本物のスキャンダルは起こすまいと全ての誘いを断ってきたわけで。ムラついたときは一人でどうにかすることにして、それにも完璧に慣れた頃だったのに。
スイッチ押してくるのがユキなのは、ちょっと困る。というか、かなり困る。
でも、やめてと言うには、「オレにしといて」と言いすぎてしまった今までがある。せっかくユキがその通りにしてくれているというのに、自分から拒否るのも気が引けて仕方ない。
あぐあぐと犬みたく従順に、まだまだ口を開けたままでいるほかなかった。
*
モモがどこまで許すんだろう、という好奇心があったのは否めない。
そもそも、歯磨きならまだしも、ただの「歯を触りたい」なんていう要求に応える必要なんて一つもないはずだ。が、モモはいつも通りそれを許可してしまうし、僕もそれに甘えている。
モモの歯並びはどこかのお手本のようで、触っていても引っかかりがまるでない。欠けもなければ埋められもしていなくて、なのに八重歯だけがツンと主張しているのが可愛かった。完璧じゃない形が愛おしくて、指先で撫でる。ビクッ、とモモの肩が震えて、それもそうかと思う。普段他人にこんな風に触られることはないだろうし、触られていたら怒る。誰にでも許していい場所ではないはずだ。
だからその反応に安心して、今度は奥歯の方に指を伸ばしてみた。嘔吐反射が出ないように気をつけながら、奥から手前に、歯列の裏側をなぞってみる。
ああこれ、キスする時のやつだ。とか、ちょっと余計なことを考えつつ。
その動きにも、モモは喉をふるりと震わせて、瞬きをしきりに繰り返していた。
僕に反応を見られたくないのか、妙に我慢している様子がいじらしい。
モモは可愛いね。の意味を込めて、きゅっと唇をつまんだ。
「あぅ」
「有難う。満足した」
そう言って口から指を引き抜くと、顔を真赤にしたモモが濡れた唇を拭いながら、顔を伏せた。相当苦しかったのか、肩が上下している。
「……はっ、はあ……」
「息しづらかった? ごめんね」
「や! いや、大丈夫! っていうかユキの指オレのよだれでどろどろじゃん! 早く洗ってきてー!」
「はいはい。モモももう一回口ゆすいだら?」
と、提案するより先に、モモは後ろを向きつつ立ち上がった。何かを決意するように。なんだか焦っているみたいで、わたわたとした動きも追加される。
「あのっ、オレっ、トイレ!」
一瞬でその場から居なくなってしまったモモに呆気を取られながら、いってらっしゃい、と数秒遅れで声をかける。
濡れた指を見て、モモの腔内の感触を思い出す。
つるりとして、ごつごつしてて、柔らかくて、熱い。
例えば舌で触れてみたらどうだろう?
ごく、と喉が嚥下した音が、どこか他人事のように響く。ぺろりと自分の唇を舐めると、ひどく乾いていて驚いた。