「あ」
「うん? どしたのユキ」
アイドルに年末年始は存在しない。
いや、あるよ。あるけど、年末特番ほぼ総出演からのNEXT Re:vale今年も一年お疲れ様番組からの新年明けましておめでとう特番からの新CM及び雑誌撮影からのドラマ出演からの音楽番組MCからのからのからのからの……で、気づいたら3月。それって〝ない〟に等しくない?
なので、オレたちの大掃除は大体3月。お互いに家に行って、掃除をしまくったあと酒盛りをするのが定番になっている。これは極貧生活時代の名残りでもあって、結構楽しくやっているのだ。
ユキの家は物が殆どないし常に綺麗だから掃除する場所なんて正直ないんだけど、オレがユキの家に行きたいってそれだけのお願いを叶えてくれている。相変わらずユキは最高に優しくってスパダリで、惚れ直しちゃいそう。
上機嫌でユキの部屋の窓を拭いていたら、ユキが「あ」と、何かに気づいたような、何かを見つけたような声をあげた。冒頭に戻る。
「なんかあった?」
「うん。あった。これ」
ちょっと含み笑いなのが気になって、窓拭きを中断して「なになに〜」と近づく。ユキも上機嫌なのはとても嬉しい。
最近働き詰めで、ちょっとピリピリしてたもんねお互い。
「懐かしくない?」
差し出されたのは分厚いリングノートだった。懐かしいって? と視線を落とすと、そこには【大神万理殺人計画書】の文字。
「ッッッギャー!!!!!!!!!!」
「わ、びっくりした。急に大きな声出さないでよ」
「ちょ、な、なん…なっ……」
ユキ。
何を嬉々として差し出してきたのか分かってる?
オレはね、昔のユキとオレとのツーショットでも出てきたのかと思ったわけ。この時のユキもイケメンだね♡ そうかな。今は? トーゼン今も超イケメンだよ♡ という会話の準備だって出来ていたわけ。
それが何、大神万理殺人計画書って。昔オレがそれ見つけたとき大喧嘩になって「じゃあこんなもの捨ててやる!」ってユキが言ったんじゃなかったっけ?
「なんでまだ持ってんの!?」
「やっぱりこれは万に渡さなきゃって思って。すっかり忘れてたな……。明日にでも小鳥遊事務所に行って渡して来ようか」
「いやいやいやいや何言ってんの!!??」
体中から汗が吹き出る。これは完全に冗談ではなく本気で言ってるパターンだ。全然悪気がないのが超恐ろしい。
ユキが「だから返して」と伸ばしてくる手を阻止するように、ノートをぎゅっと抱きしめる。ユキが不思議そうに首をかしげた。
「モモ?」
「ううっ……そんな顔も超・イケメン……ッ、あどけなさもハイパーキュートッ! でも、オレは騙されない! このノートは絶対に渡しません!!」
だってこんな物騒なもの贈られたら、バンさんは傷つくし凹むに決まってる。どこの馬の骨とも知れないようなオレが「バンさんが死ぬ夢を見た」と言った時にさえ、ちょっと凹んでいたぐらいの人だ。(それ以前にかなり引いてたけど。そりゃそうだ)
元相方で大好きなユキに殺人計画を企てられていたなんて知ったら、三日三晩眠れなくなってしまうかもしれないじゃないか。バンさんの精神の健康を、オレは守り抜かなくてはいけない。ファンとしての使命感。
「はあ……。まあそれじゃなくてもいいか。そしたらこっち渡すし」
「え?」
と、ユキがどこからか取り出したのは、見覚えがありすぎる封書だった。
遺書じゃん。
「ッッッギャー!!!!!!!!!!!!!」
「わ、びっくりした。だから急に」
「ちょっとちょっとちょっとちょっと待って、それをそんなスルッと出していいと思ってんの? 部屋の鍵出すぐらい気軽だったけど? モモちゃんがあの頃どんだけその紙に悩み散らかしたと思ってんの!?」
「ああ、昔凄い泣いてたよねモモ。びっくりした」
「びっくりしたはこっちのセリフなんですけど!!??」
ヤバい。プライベートでこんなに声を張ること無いからちょっと喉が痛くなってきた。こんなことで喉を酷使したくないのに、ユキのせいで全然セーブが効かない。わなわなと震えるオレを見て、ユキが眉を寄せる。あ、不機嫌スイッチ入ったかも。
「前も言ったと思うけど、遺書って言ったってオレが万への恨みつらみを書き連ねただけの手紙だよ。ただの嫌がらせみたいなものなんだから、そんな大袈裟に反応しなくてもいいだろう」
「そもそも嫌がらせしちゃダメだから。しかもヘビーすぎるから。遺書渡す嫌がらせって限りなくアウトだよユキ! 業界の常識は俺が教えてあげられるけど、この世の常識は自分でも学び取っていって!」
オレ、絶対間違ったこと言ってないのに、何故かユキはクールな目元を眇めて「ふーん」とつまらなそうな声を出す。完全に不機嫌。何これオレが悪いの?
「なんでそんなにモモが嫌がるんだ? 万のことを庇いすぎじゃない?」
「はあ?」
「やっぱり僕より万の方が好きってこと?」
「はあ〜〜〜〜〜!!??」
頭に血が上りすぎて倒れそう。なんでそういう話になるのか分からない。完全に飛躍してるし、オレはバンさんを守りたいと思っている上でユキが加害者になって欲しくないって気持ちもあるのに!
「オレは両推しだけど、〝やっぱり〟って言われるの超ムカつく! そんなこと言ったらユキだってオレよりバンさんの方が好きじゃん。オレ知ってんだからね。オレからの着信には相変わらず画像設定してないの。バンさんのは設定してるくせにさ。オレのイチオシ自撮り送ったのに。送ったのに!」
「へえ。それを言ったらモモだってこの前、万に偶然会った時に妙に顔赤くしてたじゃないか。万に甘い言葉でもかけられて腰抜かしそうになってたんじゃないのか?」
「甘い言葉じゃないし、普通にお疲れって言われただけだっつーの! そもそもバンさんに甘い言葉かけられて顔赤くしてんのはユキの方じゃん。オレばっかりみたいに言うのやめてよ!」
「僕が万に……? モモ、それは流石に幻覚」
「んなわけないっつの! オレがどんだけユキのこと見てると思ってるの!? モモちゃんがユキのこと大好きなの、まだ分かんないわけ!?」
「分かってるに決まってるだろ。モモは僕のことが世界で一番好きだし宇宙一イケメンだと思ってるし顔も体も声も全部好き。何か間違ってるか?」
あれ?
「そうだよ、全部分かってんじゃん! なのになんでオレのこと疑うの。バンさんのことだって勿論大好きだけど、ユキのことはもう好きとかそういう次元じゃないってこと分かってよ。ユキだってオレのことそれぐらい好きになって欲しいのに、ユキばっかりズルい!」
ん?
「あのさあ……。僕だってモモがいなきゃそもそも今この場所に居ないし、あのまま餓死するかヒモ続けて殺されるかしてた。そもそも殺人計画を企てるような相手とモモを比較してどうするんだ。万のことは大事だけど、死ぬならモモとって決めてるんだよこっちは」
……えっと。
これなんの喧嘩だったっけ。オレ達、ヒートアップしすぎじゃない? なんか大事なことを忘れている気がするんだけど、今のユキのセリフに心臓撃ち抜かれたみたいで、全部の記憶が飛んだ。
「……ユキ、今の、ほんと?」
「…………ほんと」
「…………顔赤いよ」
「…………モモも真っ赤」
「……………」
「……………」
なんとなく、そんな空気かな、って感じ取って、二人でぎゅっと抱きしめあった。ドサッ、と抱え続けていたリングノートが床に落ちる。封書もひらひらどこかに飛んでいった。
あ、そうだ、これで喧嘩してたんじゃん。あとで一緒に捨てようねダーリン。
これにて夫婦喧嘩は円満解決。……多分。
「ってことがあったんだよね。モモって本当にかわいい」
『それわざわざ俺に報告することか? あとその手の話し聞くの百回目だから、新鮮味がない』
「万。妬くなよ」
『今すぐお前の元に行って横っ面をはたいてやりたいよ……』