「ユキ〜見て見てこれ!」
NEXT Re:valeの収録が終わり、次の音楽番組出演まで一時間。同局での収録の為、楽屋待機を言い渡されていた僕とモモは、各々自由時間を過ごしていた。
そんな折、モモが嬉々として持ってきたのは、よくあるスタンダードな台本だった。表紙には、モモが準レギュラーで出ているバラエティ番組の名前。台本自体はさして珍しくもない。僕のバッグにだって、二本分のドラマの台本が入っているくらいだ。
「それがどうしたの」
「この番組のね、ここ! ほら!」
バラエティ番組の進行台本には、最初の数ページに渡ってキャストやスタッフの名前が書き連ねられ、更には各コーナーに出演するキャストの香盤表が載っている。モモはそのページを開いて、とびきりの笑顔で指差した。
「ここにオレの名前あるでしょ。モモちゃん、キス我慢大会に出ることになりました!」
「……キス我慢大会?」
「あれ、知らない?」
「ちっとも」
うっそお! とモモが大げさなほど驚く。今日も元気でなによりだ。
モモの出ている番組は基本目を通しているけれど、モモが出ていない時間は別のことをしているか、録画であれば飛ばしてしまうので。特に「キス我慢大会」なんて、名前からして興味がなさそうだ。無意識のうちに外していたんだろう。
「え〜〜〜〜モモちゃん大ショック。あんなに面白いコーナーなのに!」
「で、それに出れるのがそんなに嬉しいの?」
「そうだよ! この番組の超人気コーナーだもん! バラエティ班としてはこの上なき幸せですぞ」
キラキラと瞳を輝かせて喋る姿はとても可愛い。まあ、モモが楽しくて嬉しいなら、それに超したことはないんじゃないか、と思う。
「どんな内容なの?」
「なんと、オレが色んな人に迫られて、キスを死ぬほど我慢するんです!」
「は?」
「で、制限時間までにキスがちゃんと我慢できたらクリア。これが結構難しいんだよね〜。面白く我慢しなくちゃいけないからさあ」
「は?」
は?
なんでモモがどこの馬の骨とも知らない人間にキスを迫られなきゃいけないんだ? ドラマでもあるまいし。自分でも分かるほど、一瞬で表情が曇った。
「あれっ、ダーリンどうしたの!?」
「それ、絶対出なきゃダメなのか」
「え、そりゃそうでしょ。キス我慢大会だよ!? CMでも死ぬほど使われるよ、モモちゃんの勇姿! ユキだって見たいでしょ!?」
「全然見たくない」
「そ、そんなあっ……!」
絵に描いたようにショックを受けているけれど、モモも大概だ。こんな企画で僕が喜ぶと本当に思うのか? モモの相方は僕で、即ちモモの唇だって僕のもので然るべきなのに。何故かモモは、そこのところだけは理解しないのだ。
「じゃあ聞くけど。モモは僕がその『キス我慢大会』に出たらどうするの? 嫌じゃないの?」
「え、ユキは絶対出ちゃダメでしょ。ユキ本人はいくらでも我慢出来るだろうけど、仕掛け人がユキのフェロモンに当てられて理性を失うのが見えてるもん。襲われちゃうし、返り討ちにしちゃうでしょ? もしくはホワイトアウト再びだよ? 完全に放送事故じゃん」
ついさっきまで大ショックを受けていた人間と同一人物のはずなんだけど。完全論破の姿勢に眉をしかめる。
「……やたら冷静だな……」
「ダーリンのことは一番よく分かってるから♡」
いいやちっとも分かってない。喉元まで出かかってギリギリで呑み込んだ。それぐらいの優しさは僕も持ち合わせている。
結果、嫌かどうかも答える気はないようだった。恐らく「『嫌』と言える立場にいません」とか、そういうことなんだろうけれど。
本当に、そういうところが、よろしくない。
なんだか腹が立ってきた。この無理解な理解者に常日頃から付き合っている身として、たまには報われたいとすら思う。
翻って、ちょっと懲らしめてやりたい、という気持ちになるのも、まあ無理はないだろう。
「――そんなに評価してもらって、実際〝そう〟じゃなかったら不安だな」
「ん? どゆこと?」
「まだ僕にホワイトアウトさせる実力が残ってるか、モモで試させてよ」
*
なーんでこんなことになっちゃった?
オレはさ、ユキに「凄いね、よかったね」って褒めてもらいたかっただけなんだよ。それなのに、なんなんですか、この仕打ちは。
大泣きしたいのを堪えつつ、ユキの頭を膝に乗せ、頭をよしよし撫でている。これはユキからのリクエストなので断れるわけもなく、撫でつける手は無心を貫いていた。じゃないと速攻負けてしまう。うわあ髪の毛さらっさら。超つややか。めちゃくちゃ綺麗だしすっごくいい匂いする。こんな状況、春原百瀬くんが知ったら鼻血出しながら卒倒しちゃうね。
ユキはあまり寄り付かない飼い猫のような表情で、ついとオレを見つめる。ぎゃあ、と声をあげそうになった。イケメンが下から見上げてくる図、なに? マジでなに!?
「ねえ、モモ。キスして」
「ひっ……。し、しません」
「なんで。したくないの?」
「ぅっ……ぬ………っ、……、……しません!」
「誰も見てないのに? カメラ、回ってないよ」
この人、キス我慢大会見たことないんだよね!? なんであのコーナーの定番セリフ言ってくるの!?
本当に収録しているみたいな気になってきて、逆に心を強く持たなくちゃと背筋が伸びる。するとユキがゆっくり体を起こして、隣に座り直したかと思ったら、ぐっと体を寄せてきた。
「ねえ、キスしよ」
「ッ!!!!!!!」
絶叫しなかっただけ褒めて欲しい。
耳元で吐息混じりにイケメンボイスで言うことじゃない。っていうかもしかして今までホワイトアウトさせてきた子達にもこれやってたの? あり得ない、信じられない、人間の所業じゃない。全然人の心がない!
心臓が痛いぐらい脈打って、息も絶え絶えだ。爪先から頭のてっぺんまで真っ赤になっているのが分かる。体もぶるぶる震えてるし、今目をぎゅっとつぶったら多分涙が溢れる。これ、ホワイトアウトじゃない? ホワイトアウト、寸前じゃない?
たった一言でここまでの威力。オレの考えは完全に正しかった。
「ゆ、ユキ!」
「なに?」
「完全に、完璧に、ユキは最高イケメンです。超ジェントルだし、無自覚人たらしだし、元ヒモだし、人間じゃないです」
「後半褒めてる?」
「よって、ホワイトアウトさせる実力は健在です! 以上、実験終了!!」
と言って立ち上がろうとしたのに、腕を掴まれて、なんならそのまま肩も押さえつけられて、どさ、とソファに押し倒された。
さらさらと、銀糸のような髪がオレの顔にかかって、まるでレースのカーテンの中で二人きりのような錯覚を覚える。今度はオレが見上げる番で、ユキの瞳にまっすぐ射抜かれた。いつかの雑誌で薄縹色だと称された瞳は陰っても圧倒的に綺麗で、視線を逸らせるはずもない。
「逃げないで、ちゃんと目を見て」
「……あ、」
「モモ」
ゆっくりと額を寄せ合って、視界がぼやけるほど近くにユキの顔がある。お互いの唇に吐息があたって、あと5ミリ近づけたら、もう――……
「はい、おしまい」
「え?」
不意に視界が明るくなって、ユキがすっかり退いてしまったことが分かる。あんまり突然放り出されたから、一瞬何が起こったか分からなかった。
あれ? まだキスしてないけど、いいの?
「モモ、ダメじゃない。全然我慢できてない。これじゃコーナーすぐ終わっちゃうだろうから、おかりんに僕も一緒に出れないか打診してもらおう」
「………は、へ?」
かくして、キス我慢大会は異例のRe:vale二人での出演と相成り、更には仕掛け人がAV女優からIDOLiSH7とTRIGGERに変更。末永く語り継がれる伝説の神回になったとか。
「深夜枠なのに視聴率エグかったみたい」
「僕の提案のお陰だね」
「うんうん。結果オーライ!」
本当にそうか? というツッコミは黙殺した。