「モモ」
「んー? なに?」
「キスしようか」
「んー。プラベではしなくてよくない?」
「じゃあセックスは?」
「イケメンがなんか言ってる〜!」
 またかわされた。
 僕の本気をここまで完璧にいなせる男を他に知らないし、そもそも本気だと気づかれていない可能性がある。セックスしよう、まで言って理解してもらえないなら、それはもう、ほとんど望みはないんじゃないか? と、普通の男なら諦めるだろうけれど。
 僕はモモが最高で宇宙一だと評する男なので、これぐらいで怯むことめげることもあり得なかった。ただ、いい加減言葉だけでは突破できない場所まで来てしまっているようには思う。僕の膝に頭を乗せて、そのくせ目線はずっとラビチャ、全く動揺する様子もない。もう一度同じ言葉を繰り返したところで「また変なブーム?」とにゃはにゃは笑われて終わるオチは目に見えている。
 ならば、と、スマホをひっつかんでぽいと放り投げた。
「え、ちょっとちょっと!」
「なに?」
「なに? じゃないよ! なんでそんな乱暴なことするのダーリン」
「これをするため?」
 腰を落として、ちゅ、と唇に一度キスした。モモはその大きな目がぽろりとこぼれてしまいそうなほど大きく見開かれ、完璧に視線が合う。逸らされないように顎を掴んで、もう一度口づけた。角度が違うから、唇が十字に重なって、なんだか変な感じだけど。キスぐらいなら何度もしたでしょ、と目で訴えて、これぐらいうまくかわせよ? と声なく告げる。ずっとかわしつづけてきたのだから、余裕でしょう。
 モモの唇はやわくて、ふっくらしていて、舐めてみたくなる。ぺろりと舌で舐めると、ももりんの味がした。あ、そういえばさっきまで飲んでいたっけ?
 一切の抵抗がないことを、肯定だと受け取る。モモは本当に嫌だと思うことはちゃんと言うようになったし、しっかり抵抗もする。〝Re:valeのファン〟だからといって、遠慮はほとんどしなくなった。それが僕にとってどれだけ喜ばしく、胸を震わせることだったか、多分死ぬまでモモは理解しないだろう。出来ない、と言った方が正しい。誰にだって心を寄せることが出来るくせ、自分のことだけは分かったふりして物凄く疎いのだ。
 だからモモ、お前が僕のことを好きなことも、ずっと前から知っているよ。それをモモだけが、理解出来ていないことも。
 じっと見つめる。モモはまだ意識をどこかに飛ばしてしまっていて、ぴくりとも動かなかった。大きな瞳に膜は――張っていない。から、まだ大丈夫。もっと食べさせてね、と少しばかり微笑んだ。
 今度は唇を、と考えて、歯で軽く挟む。長い髪の毛がするすると落ちて視界を奪うので、耳にかけながらゆっくりと味わうように。舐めて、食んで、もういいかな、というところで唇をもう一度くっつけて、今度はぬるりと舌を入れる。
 本当は角度を正したいけれど、モモの体をよいしょと持ち上げるのも一苦労なのだ。
 それより今は、キスがしたい。



 ねえ大丈夫だった? オレ、声震えてなかった?
 無限に湧いてくるラビチャに高速返信していた人差し指が、ガクガク震えている。え、なに、どゆこと? キスはいいとして、セックスって言った?
 最近めちゃくちゃ忙しかったのもあって幻聴を疑ったものの、ついさっきまでめちゃくちゃ時間をかけて綺麗に綺麗に塗り直した赤ポリッシュがこれ見よがしに輝いている。うわあめっちゃ現実。モモちゃんネイル塗るのじょうずね。
 ゲスト出演番組の収録がテッペンを超えてしまい、スタジオに比較的近いユキの家にお世話になることにした。二人揃って明日は午後過ぎからの仕事ということもあり、すぐには寝つかずだらだら過ごしていたのだ。
 スキンシップ過多はいつものことで、ユキの膝の上は段差がちょうどよくてあったかくて心地いい。「おいで」と言われるままに頭を乗っけたけれど、こんな超絶特等席本当にいいんですか、と本当は言いたかった。しかも目の前には宇宙一イケメンで綺麗で完璧なユキがいる。今日もほんっとにイケメン。最高。お風呂上がりでお肌つやっつや。こんな至近距離で眺めるなんて絶対無理、ということでラビチャの登場だったわけだ。
 無理やりユキから意識を遠ざけるためにポチポチ返信を打っていたのに、ユキってば突然「キスしようか」なんて言ってきて、いやいやモモちゃん本気になっちゃうからやめてって感じ。当たり前にかわしたら、今度は「じゃあセックスは?」って、キスで本気になる男にセックス要求してくるのおかしくない?
 っていうかセックスって何?
 言葉の意味忘れた。
 結果、何も聞こえないふりをして、意識してませんという意思表示の為にソファから動くこともしなかった。本当は叫びながら寝室に駆け込んで籠城を決め込みたいけれど、これって眠すぎるユキの独特な冗談の可能性が大いにある。こんなヤバい言葉遊びがユキの中で爆流行りしたら流石のオレも手に負えないわけで、「モモちゃんそこまでは乗っかりませんよ」と強く示す他なかった。
 のに。
 なんで。
 キスしてんのこの人。
 マジでおかしいんじゃないの。
 いや、キスぐらい今まであったよ。ファンサの一環で、カメラマンに求められて、MVの撮影で。いくらでもあった。でも、プレイベートでしたことは本当に一度も、一度もなかった。そこだけは守り抜いていたのに、ユキはさも「こうすることが当然」みたいにキスをしてきて、心臓、一回止まった。止まってる間に、今度は唇を舐められて、更には食べられて、ねえねえ何これ。何これ何これ。
 全身が茹でダコかってぐらい真っ赤に染まって、息が詰まる。そこまでは乗っかりません、全く意識してません。そう言わないでおくことは簡単に出来るのに、体が反応してしまっては意味がない。
 絹糸みたいに綺麗すぎる髪の毛を邪魔くさそうに耳にかける仕草が死ぬほどかっこよくて、心臓がバクバク鳴り響く。歴代彼女にもこういうキスをしてきたのかもしれないと思うと、たまらない気持ちになった。それは今まで、ファン心理で「考えちゃいけない」と蓋をしていた部分だったのに、禁断の扉開いちゃってるのユキ。勘弁してよ。
 ユキのイケメンなところはいくらでも好きって言えるけど、こんな男っぽいところまで好きって言っちゃったら、それはもう、ちょっと意味変わっちゃうじゃん。
 別の意味も含まれる、好きになっちゃうじゃん。
 オレの方がよっぽど力も強いし体力もある。いくらでも抵抗出来るし、思い切り突き飛ばして逃げることだって出来るだろう。なのにオレはそれを全然望んでいなくて、それがめちゃくちゃショックだった。
 もっとしてほしい。もっと舌を突っ込んで、オレの舌を見つけて捕まえてほしいって思ってる。
 何度目かの唇が離れる瞬間、オレはゆっくりと体を持ち上げて、はあ、はあ、と乱れる息を整えた。ユキはそれを待ちながらも、わざと嬲るような瞳でオレを見る。
 かわしてみせろよ。モモには余裕でしょう? そう、雄弁に語っている。
 そりゃ出来るよ。出来たはずだよ。ちゃんと今まで出来てたでしょ?
 でも、もう出来ないよ。
 唇の味を知ってしまった。その先を欲しがってしまった。きつく閉じてた蓋を無理やり開けたくせ、ユキが涼しい顔してるのは絶対フェアじゃない。
「ユキ」
 自分で発した声なのに、思った以上に熱っぽくて、嫌になる。
 今度は唇の角度を合わせて、オレから噛みついた。全部食べてやるつもりで。

 こうなった責任は、これでしっかり二等分だ。


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