「あ、トラは赤くなるタイプなんだな」
と、シャツのボタンを外させたと同時に言われ、俺は素直に機嫌を損ねた。
それが五分前の出来事だ。
今は寝室のベッドからリビングのソファへと場所を移し、トウマの宥めすかしを右から左へと聞き流している。
トウマの家の空調は全体的に効きが悪く、ベランダの窓から差し込む日差しが容赦なく室温を上げていた。恐ろしいことに、「部屋の雰囲気が暗くなるから」という理由で遮光カーテンにしていないらしい。どうりで、異常なほど明るい。
その代わり、寝室は流石にカーテンも厚く、リビングより狭い為か空調もいくらかマシだった。
早く戻りたいのはやまやまだが。
「なあトラ〜〜! 悪かったって! あんまじっくり見る機会なかったから、そのー、うっかり……」
顔の前で手を合わせひたすら謝るトウマは、服を直していないせいで半分脱げかけて着崩れたままだ。
そう。完全に、そういう雰囲気だった。
つい五分前までは。
それなのに、〝うっかり〟で俺の日焼け痕について語るのかおまえは。せめてその部分を撫でるだとかして雰囲気作りに協力すればまだ良かったものを、『今気づきました』とコメンテーターよろしく事実を述べただけ。大衆居酒屋で会話の糸口に使われたぐらいの気安さが許せなかった。
本当に、いつまで経っても、ムードもへったくれない男。
――そんなものをトウマに期待している俺が悪いのか?
「なあ、もしかして嫌だった……?」
「……何が」
「日焼け痕のこと言われんの。ほら、赤くなるのってさ、火照ってるみたいでちょっと可愛いし……」
「………………」
俺が、悪いのかもしれない。
昨日、炎天下の中で行われたMVの撮影で、強力な日焼け止めを塗っても防ぎきれなかった日焼け痕。それはトウマも同じで、白い肌と焼けた部分とのコントラストがうっすらと見え隠れしていた。緩く着た黒のタンクトップと肌の間、じんわり汗が滲んでいる。
それに色気を見出すのなら、分かるけれど。
「俺はさ、結構すぐ焼けちまうんだけどヒリヒリはしなくて。焼けすぎんのは困るけど助かるっちゃ助かるんだよなあ」
よく回る口。少し前に塞ぐ予定だった。
それをせずこうして腹を立てているのは、――実際問題、トウマの指摘が、若干コンプレックスだったからだ。それを普通に言い当てられて、悔しかった、というのもある。特にトウマは俺を妙に可愛がる癖があるので、助長させてたまるかというプライドもあった。
俺が何も言わぬまま、ただトウマを見つめるだけの時間が続く。見る間にトウマが困り果てていき、「ほんとにごめんって」と何度も謝る姿で次第に溜飲を下げていった。
子供じみたやり方。自分でも理解しているのに、何故だかトウマ相手にはやめられない。こいつが俺を甘やかすのが悪い。
「本当に悪いと思ってるなら」
ソファの横で膝をつき、俺の言葉を待っていたトウマが、少しだけ目を輝かせた。名前の通り、犬っぽい。
「ならっ?」
「ここ、乗っかって。俺がさっきトウマにしようとしたこと、してみろよ」
自分の腹の上を指差しながら、目を眇めて要求する。トウマは一瞬固まってから、
「……………おぁ〜〜〜〜………」
途端になんとも言えない顔をして、まるでそういうことをするのが"初めて"であるようなリアクションをとった。
もっとえげつないことだって散々してきたのに、何を今更と少し呆れる。
「ほら、早く」
その様子を前にしたことで、自分の機嫌が元に戻ったことに気づいた。わざと急かす声は悪戯っぽく響き、トウマの眉をハの字にさせる。
しばらく待ってみても動きはなく。
埒があかないので腕を掴んでみたところ、慌てたトウマが「わーった、わーったから!」とやっとのことで立ち上がった。分かればいいんだ。分かれば。
恐る恐るといった風に乗り上げて、それでも膝立ちだ。体重をかけるか否かを迷っている姿がおかしくて、俺は少しばかり上半身を持ち上げて、トウマの頬を撫でた。逸らせないように、視線を合わせる。みるみるうちに赤くなる顔を見て、思ったことをそのまま口にした。
「可愛い」
何を言われたのか分からなかったのか、トウマが呆けた顔をした。それからたっぷり五秒後。
「はあ!? 俺のどこが、それならトラの方が」
「あーもう、うるさい。……トウマ、まさかこれで終わりだと思ってないよな?」
〝理解させる〟為の問いかけに、ギクリと白い肩が揺れる。
「……マジでしなきゃダメ?」
「ダメ」
あー、とか、うー、とか。自分から積極的に動くのが案外苦手なトウマは、やたら勿体つけて膝立ちから腰を下ろした。体重が俺の体に乗って、心地よさに目を細める。
「うーわ、エロい顔……」
「誰のせいだよ」
「うぉあ……」
変な声。
それでも、シチュエーションも手伝ってか、次第にとろりとした表情になっていくトウマに当然のように興奮する。
腕に引っかけただけの、脱げかけのシャツを軽くまとめあげれば、それだけでこいつの腕は簡単に拘束出来る。オーバーサイズのタンクトップは指先ひとつで簡単に脱がせられる隙だらけのもので、それを選んで着てきたのは誰かという話だ。全く意識していなかった、とは言わせない。
するりとトウマの腰に手を添えて、タンクトップの裾から手のひらを忍ばせる。
「ふっはっ、くすぐってぇ」
どこか我慢するように、少しだけ絞られた声が艶っぽい響きを持つ。単純に、エロいなと思った。
腹に触れれば細身ながら鍛え上げられた腹筋がそこにあって、当たり前にトウマが男であることを主張している。
肌の滑りはよくても柔らかさはなく、けれどそれすら『狗丸トウマ』の証明のようで、喉が鳴った。
女じゃなくて、男のおまえを抱きたいと思う、この感覚。
間違いなく、生まれて初めての感覚。
「トウマ」
もうこれ以上耐えるのも億劫で、トウマ好みの甘ったるい声を作り、あえて強請るように囁く。
「……トラ、おまえさあ……」
観念したように呟いたトウマが、頬から首まで赤く染めてから、「負けたわ!」と愛おしそうに笑った。
――日焼けなんかしなくても、おまえはすぐに赤くなるな。
ムードもへったくれもない、そんなセリフが喉元まで出かかって、けれど降ってきた唇を受け止めたことで事なきを得た。
舌を差し込み牙に触れ、丸い頭を掴んで強く引き寄せる。
暫くしたらポジションを変えて、このままここで抱いてしまおう。
結局俺ばかりが煽られっぱなしだと気づいたのは、全部が終わった後だった。