ここに。生まれ落ちたからには、与えられた使命に従って生きるほかない。選択の余地のある人生など、ナーヴの名に於いてあり得ないのだ。
 それを知らない君ではないだろう。
 と、――幼い頃から、君には疑問ばかりを持ち続けていた。君は私より更に恵まれた環境に生き、いくらでも権力を振りかざせる立場でありながら、常に被害者のような顔をしていた。
 君も私も、生きているだけで、支配している。そう、教え抜かれてきたにも関わらず。
 支配がつまり加害であることは、教わらずとも、理解していた。私よりずっと優秀だった君だ。やはり、それを知らないはずは、ないのだった。
 花には水を与えなければいけないのだと、人工的に咲く花にせっせと水やりをする君を、いつも近くで眺めていた。手伝いはいらないよ、と笑う君に、私はいつだって同じように問いかける。
「水なんてやらなくても、育つよ。そう出来てる」
「でも、水を与えたほうが、うんと綺麗に咲く。せっかく、この場所に生まれたのだから、せめて美しく咲かせてあげたいんだ」
「……そうかい」
「ミゼリコルドは、いつも同じことを訊く。……そんなに花が嫌い?」
「まさか。君が咲かせる花が、いっとう美しいと思うよ」
 でも、その水を、下界の者たちが死にものぐるいで奪い合ってると知っても、同じことをする?
 訊いたことはついぞなかった。確かに花は美しく育ったし、私も、花を愛でる趣味があったから。
 君が、私が、生きたいように、生きる。
 それだけで、加害。
 君の幼い顔立ちが、昔から変わらない理由。それは自らの与えられた使命をおそれ、空虚を求め、全てを無為に過ごしてきた、代償なのだった。
 産毛のまだ残る、まるい頬。伏し目がちな瞳がそれでも潤んでいられるのは、地獄と化した下界を、見てみぬふりを続けられたからだ。
 何もうつさない。何も感じない。おそろしいことが、勝手に起きている。自分の手の届かぬ範疇の話だと、決め込んで。
 そうやって生きてきた、君であったはずだ。だから私も、君の右腕となることを選んだ。天子という傀儡を、二人で育てる決意をした。
 君と私は、友人であり、家族だった。
 だからもう、何もかもが遅かったのだ。
 君の決意は、私の人生の全てを否定するに余りある、愚考だった。アークに生まれ、ナーヴに生き、その使命を全うし続けてきた私への、度し難い侮辱だった。
 花に、水を与えていたくせに。私と共に、美しく咲き誇る花を、愛したくせに。
 だから手折った。突き刺した。
 自らと同じ名を冠す短剣は軽く、扱いやすい。そんなもので、いとも簡単に君の心臓は貫かれた。
 ミゼリコルド、と、君の口は動くだけで、声を発することはなかった。
 それなのに。君の死に顔は、嘘みたく穏やかだった。まるで、今が望んだ通りであるような。
 ――生きているだけで加害することを、知らないはずのない、君だ。
「……エーテルネーア?」
 問いかけて、返ってこないことは初めてだった。
 だからもう、何もかもが遅かったのだ。


願い叶えたまえ