朝の情報番組にゲスト出演したのは、成人式の翌日だった。
新年一発目のCD発売に合わせての宣伝。成人式が盛り上がった、という旨の映像を流され、中にはRe:valeのファンの子が、ピンクと黄緑の帯紐を締めている映像もあった。
嬉しいですね。人生の節目を一緒に迎えられたみたいでハッピーです! ワイプからコメントしつつ、スタジオにカメラが戻った後、改めてお礼を言う。そのままシームレスに、オレたち二人にも成人式の話題が振られた。
今年で、四度目のやり取り。最初の一年は、呼んでもらえなかったから。そしてオレたちは、恒例の夫婦漫才を始める。
「僕ら不良だったので、昔から式という式、全部出てません」
「そうそう。芸能界に入ってからだよね、出席するようになったの」
「有り難いことに僕ら、いろんな賞、頂いてるので」
「これからもいただく予定なので。そう……例えば、来週18日発売のニューシングルで、レコ大とかね!?」
まだ宣伝許してないけど!? となじみのタレントさんが突っ込んでくれて、そこで持ち時間は終了。毎回マイナーチェンジはしてるけど、大抵この手のやり取りで、真相は煙に巻いてしまう。それに、これだけ大げさに言ってしまえば、全てが冗談に思ってもらえるから。
このやり方は、プロデューサーにもファンの子たちにも割と不評なんだけど。でも、仕方ない。オレもユキも、成人式に出ていないのだ。ひとつも話題を提供出来ないより、よっぽどマシだろう。
ユキが出ていない、のは、まあ、さもありなん。出たよって言われた方がみんな驚く。けれど、オレが出てないとなると、その理由を深読みしてしまう人も現れるだろうから。世間に見せるオレと、実際のオレにギャップがあるのは、あまり好ましいこととは言えなかった。――勿論、話題に出さな過ぎることで、逆に深読みされることもあるんだけど。
収録が終わり、忙しなく次の現場に向かう準備を始める。新曲用の衣装から私服に着替えるのは、いつもユキの方が早かった。オレの衣装、ユキのに比べて装飾品が多いから、それが敗因。今日も負けた、と対して悔しがることもなく上半身裸になったところで「やっぱりモモは、袴が似合うよ」と声をかけられた。ピタ、と止まって、振り返る。頬杖をついてこちらを見ているユキは、今日もとびきりのイケメンだ。そして、ひどく眠たそうだった。朝四時にはスタジオ入りだったので、当然と言えば当然なのだけど。
「ありがと♥ ダーリンったら、オレのムキムキの身体を見て、そんなエッチなこと考えてたの?」
「ムキムキ? エッチ……? いや、さっきの映像見て思い出したってだけ。正月特番、みんな袴着せたがりでしょう。モモ、沢山着てたなと思って」
「ダーリンも超似合ってたよ! もう、他の追随を許さないイケメンだった!」
「知ってる」
くあぁ、と可愛らしくあくびを漏らして、ユキはそのまま目を閉じた。本格的に寝始める前にここを出なければと、手早く着替えを進める。
――あれは確か去年のことだ。
同じようにユキに袴姿を褒められて、同じように有難うと返した日。超がつくほど長丁場の収録の最中で、ユキもオレも疲労が限界を迎えようとしていた。だから、ほんのひとときの休憩に、張り詰めていた糸が切れてしまったのだと思う。
「成人式、出たかった?」
その問いかけにオレは固まって、ユキは、驚いていた。いや、ユキが言ったんだからね? その様子が可愛くて、笑いそうになるのを堪える。ここで笑ったら、ユキは拗ねるかもしれない。訂正されるより先に、オレは首を横に振った。
「行ったところでさ、今何してるのとか、聞かれてただろうし。家のこととか聞かれたら、答えられる自信なかったから、敢えて行かなった」
「……そっか」
「そうだよ」
慰めるでもなく、言い訳でもない、真実だった。
Re:valeの百として生きることを選んだ瞬間から、春原百瀬の存在は消した。連絡先に入っていたアドレスも全て消去し、ラビチャのIDも取り直した。
あんなに仲の良かった友人たちを切り捨てでも、オレはRe:valeを成功に導き、そして元の状態に戻したかった。自分がRe:valeでなくなった時、何も残らなかったとしても、思い出だけで生きていけると、本気で思っていたのだ。
これは、ユキの知らないこと。一生、知らなくていいこと。
あれから一年。
この一年で、全てが変わった。バンさんは見つかり、オレはRe:valeを続け、今もこうして、最新シングルの宣伝をして回っている。
閾値を超えた幸福と、いつ背中から刺されるか分からない緊張感は、常に隣り合わせだ。手放しに喜べる日は、一生来ないだろう。でもそれでいい。そうであって欲しいとすら思う。
ニットキャップを被って、サングラスとマスクを装着する。サブマネからのメッセージを確認するためにスマホを取り出して、目を見開いた。震える指先で、ショートメールの受信履歴を、一度消す。
「……、ユキ、お待たせ! サブマネ駐車場で待ってるって」
「ぅん……」
「起きて起きて〜! 次はお台場だよ!」
「海辺……? 嫌だ……」
「大丈夫、いかなる潮風からもオレが守ってみせるから!!」
「ふふ、なにそれ……」
そう言って両脇に腕を差し込み、よいしょと持ち上げる。ユキは長身からは想像出来ないほど軽くて、毎回驚かされてしまう。まさか、この人を、こんな風に扱う日が来るなんてなあ。
ぽやぽやしたままのユキの手を握り、歩き始める。
指先の震えは、そこで止まった。
本日全ての仕事を終えたのは、19時を過ぎた頃だった。日が昇る前から稼働していたこともあり、ユキはとっくに限界を迎えて、ミニバンの後部座席で死んだように眠っている。途中で息絶えた為やり残しのある筆記式インタビューは、一度事務所に持ち帰り、仮眠室から復活した後に書かせるとのことだった。
「無理させちゃったね」
「百さんだって同じですよ。無理しないで、早く帰ってくださいね」
「ん、ありがとー! 今日はマジ直帰!」
「本当ですかぁ……?」
訝る視線の信用のなさに、ぶはっと笑ってしまった。いいから早く高級ベッドで寝かせてあげてよ、と扉を閉めて手を振る。サブマネはぺこりと頭を下げて、アクセルを踏んだ。
ぐんぐんと遠くへ消えていくミニバンを見送って、消えたところで踵を返した。あ、流石にちょっと眠いな。マスクの下であくびをしつつ歩き始め、近づいてくる夜景に目を細めた。サングラス越しでも、嘘みたいにキラキラと輝いている。
人工的な明かりは、まるでオレみたいだ。いや、あんなビッカビカに光れてはないか。あー、折角なら、あっちの店で気になってた服でも見に行こうかな。
サブマネの怪しむ視線を思い出して笑う。嘘ついたね。ごめんね。
――でも、その前に。
ポケットからスマホを取り出し、普段殆ど使わないショートメールのアイコンをタップする。そこには、懐かしい名前と『久しぶり!』という一文が並んでいた。瑠璃に教えてもらった、とも書き添えてあり、次のメッセージには、【同窓会のお知らせ】の画像が添付されていた。
過去にも何度か開催したが、連絡先が分からず誘えなかった。やっと瑠璃が教えてくれて助かった。――最近忙しそうだけど、来れそうだったら来てよ。
オレを責めることも、特別扱いすることもない文面に、逆に強烈な気遣いを感じて心臓がキリ、と痛む。
昔から、優しいヤツだった。中高を共にし、親友と言っても良いぐらいに仲が良かった。それなのに、オレは何も言わずに、オレの都合で切り捨てたのだ。過去にもこうして連絡を貰って、結局、何も返さずにそのままアドレスを消している。
これで、出席するのは、都合が良すぎないか。
だって去年だったら、オレは絶対出ていなかった。その前でも、同じことだ。今年、今だから、この誘いを受けたいと思っている。
何より、こうして誘ってもらうきっかけが無ければ、オレから彼に連絡することは、今後も有り得なかっただろう。
かといって、このメッセージまで無視するのは、誠意に欠きすぎている。どうやって返事をすべきか、考える時間が必要だ。
あーあ。昔はもっと、竹を割ったように素直な性格だったのにな。悪いと思えば、謝ればいい。辛いと思えば泣けばいいし、嬉しいと思えば笑えばいい。そういう単純さ、もうどこを探しても見つからない。
結局、一度保留にすることにして、再度ポケットしまおうとしたところで――ラビチャに慣れすぎた指が、全く押すべきでないボタンを、タップした。
「う、わっ」
慌てて終話ボタンに指を伸ばすも、もう遅かった。
『百瀬!?』
スピーカーから、相手の声が聴こえる。マジで、何やってんのオレ。心臓が痛いぐらいバクバクと脈打ち、喉が引きつった。
テレビでのアクシデントだったら、難なくこなせる自信、あるのに。これがドッキリだったら、それこそ最高のリアクションが取れるだろう。
でも、現実だ。俺は今、Re:valeの百ではなく、春原百瀬なのだ。平静を装うことなんて、出来なかった。
恐る恐るスピーカーを耳に当てて、「こんばんは……」と返事をする。
『え、何それギャグ? こんばんはー!?』
声が、少し低くなっただろうか。変わらないノリの良さに、詰まっていた気道がふっと抜ける感じがした。一度、バレないように深呼吸する。前に進む脚はすっかり止まって、歩道の真ん中で、スマホを片手に直立不動している男。傍から見たら、間違いなく変な男だ。目立つようなこと、しちゃいけないのに。
「……久しぶり! 元気、してた?」
『してるしてる。っつーかお前〜〜〜連絡先〜〜〜!』
「ごめん! ごめん……」
『いや、ウソウソ。そりゃ芸能人なったら消さなきゃだよな! 俺らの周りもみんなそう思ってるから、別に気にすんなよ』
「いや、でも」
『でももなんもねーから! 同窓会、来る? 人数絞って、ガチの友達しか呼ばないやつ。春原も来やすいと思うけど』
なんでこんな、淀みなく喋れるんだ。何にもなかったみたいに、してくれるんだ? オレは頭が追いつかず、けれど何か一つでも言葉を返さなければと勝手に急かされて、結局会話を遮るような形で、言ってしまった。
「オレ、成人式の時、返事無視した!」
『……へ?』
「折角、気にかけてくれたのに。ごめん。本当に、オレ、なんて謝ればいいのか」
『は?』
「……え?」
その「は?」は、本当に何を言っているのか分からない、と言ったような、「は?」だった。流石に面食らって、次の言葉を待つ。
『え、ごめん、何の話だっけそれ。俺、お前に連絡したんだっけ?』
「……は、……は!? 覚えてないのかよ!」
『いや五年前だぞ!? 逆に覚えてる方が怖いだろ!』
「な……っ、な……」
『まあいいや。悪いと思ってんなら、出来るだけ参加してくれよな〜。じゃ、俺ぼちぼち仕事戻るから、また!』
「え、仕事中だったの!?』
『社畜舐めんなよ。マジでヤバい。お前とは多分別のヤバさ……』
「うわ、マジでお疲れぇ……」
『サンキュ。百瀬も朝からお疲れ、CD買うわ! じゃあなー!』
「えっ」
プツッ。ツー、ツー……。
終話を告げる機械音が、いつまでも流れている。
暫くして「はあああ〜〜〜……」と深い深いため息をつきながら、その場にしゃがみこんだ。何せ、脚に力が入らない。
心臓が、八つ裂かれたみたいに痛い。それなのに、込み上げるのは確かな安堵と、郷愁だった。じわじわと視界が滲み、自分の涙腺の弱さに、いい加減呆れる。サングラスが、ぽたぽたと落ちる雫に濡れた。
今朝の番組、観てくれてたんだ。オレが一方的に切った糸を、彼は、彼らは、繋ぎ止めてくれていたんだな。
膝に力を込めて、ゆっくりと立ち上がる。サングラスを外して、服の裾で拭った。クソ高かったんだよな、これ。要らないものを買うことって、この世界に入ってから格段と増えた。紹介とか、紹介とか紹介とか。買っておけば後で役に立つことが、沢山あるから。
オレはもう、あの頃の清潔な春原百瀬ではない。間違いなく、Re:valeの百だ。
でも、それでも。あいつは、オレの中に、春原百瀬を見てくれるんだろう。
握ったままだったスマホを持ち直して、サブマネに電話をかける。
「あ、いきなりごめん。もう事務所ついた? ううん、オレも今から、やっぱそっち行こうかなって。ユキ起きたら、引き止めておいて。……え? あと二時間は絶対起きない? ぐっすりなダーリンも、イケメンだね!」
ユキ、話したいことが出来たよ。オレが気にしてたこと、全部意味がなかったってこと。オレはとにかく、バカだったってこと。
あと、あとね。
――初めての同窓会でやる、一発芸について。