最近、三月が元気ない。と、思う。絶対。
 先週も、今日も。愛なNightでの様子が変だったし、昨日のラジオでもツッコミのテンポが遅くて、大和がフォローしてた。ラビッターでもよく「三月大丈夫」がトレンド入りしてるし、同担他担関係なく、みんな心配してる。いや、みんなっていうのは、あくまで私の周りのみんな、ってだけなのだけれど。
 心ない人たちは、わざわざ三月の名前を入れて「ちゃんとやれよ」と呟いたりする。アイコンだって灰色で、名前は包丁の絵文字。
 あのさあ。三月があんたに何したっていうの。親でも殺された?
 いちいち全部に噛み付いてられないから、ボタンひと押しでブロック。ブロックブロックブロック。こんなヤツ一人居るだけで最悪な気分になるのに、一日で四人もブロックした事実に、更に苛立ちが募った。
 なんでこんなことするんだろう、とか、考えたって意味のないことに時間を使いたくはない。けれど、一度怒りに支配されると、なかなか抜け出せなのも事実だった。
 三月。三月のことを考えたい。
 三月の、優しくて元気な声が聞きたい。こういった負の感情は、いつだって三月が癒やしてくれる。なのに、その三月の元気がないから、私もやっぱり、落ち込んでしまう。

 IDOLiSH7がデビューしてすぐに、みんなのことを知った。
 最初は一織推しで、部屋中真っ青にしてお母さんにびっくりされたっけ。お兄ちゃんである三月のことは、正直あんまり興味なかった。なんなら、ちょっとウザいかなって思ってた。今となっては、なんでそんなこと思えたの? ってぶん殴ってやりたくなる。三月が居ない愛なNightなんて、考えるのも恐ろしい。
 でも、一番好きな一織が、そもそもあまり喋らないから。出来ればもっと話を聞きたいなって思ってて、だから、全部の会話を引っ張って引き継いでいく三月が、ちょっと嫌だったのだ。
 そんな私が三月に〝オチた〟のは、ある音楽フェスがきっかけだった。

 何十組ものアイドルや歌手、バンドが出演する音楽番組主催、夏の超時間のコンサート。奇跡的に抽選に当たり、更にはステージから三列目という神席をゲットした私は、IDOLiSH7の登場を今か今かと待ち詫びていた。
 知らない歌手の歌も手拍子で調子を合わせ、歓声をあげ、時には歌も歌いながら――四時間後にIDOLiSH7が登場する頃には、もう、ヘトヘトになっていた。あげ続けた腕は痛いし、喉は掠れてうまく声も出ない。
 でも、目の前にIDOLiSH7が出てきた瞬間、その疲れが全部、全部全部吹っ飛んだ。初めて生で見る七人は、夢みたいにカッコよくて可愛くて、あっちこっちに動いて、めちゃくちゃ楽しそうで、自然と黄色い声が上がった。
 陸の掛け声に合わせて腕を振って、三月とナギの煽りで何度も何度もコールアンドレスポンスして、一織がセンターの曲を歌って。全身が、沸騰してしまったかと思うほど熱くなって、心臓がバクバク痛くなるぐらい鳴っていた。
 うちわもペンライトも持ち込み禁止だから、青のワンピースに、サンダル。ロングヘアのアレンジでは青のリボンを編み込んでもらって、全身で一織担であることを主張する。周り全員おんなじような格好をしてたけど、それでも私はこの会場で一番の一織推しで、一織がこっちを向いてくれるのを願って、精一杯名前を叫んでいた。
 けれど一織は、フォーメーションの関係で私の方にはなかなか来てくれなくて、ちょっと近づいても後ろを向いてしまったり、別の方向にファンサをしたり――あんなに楽しかった気持ちは、少しずつしぼんでいく。
 隣のナギ担は、さっきファンサもらってた。最前列の子は、多分陸担で、陸はずっとゼロズレのところで踊ってる。
 羨ましくて、悔しくて、泣きそうだった。ねえやだよ。あと一曲でハケちゃうのに。
 朝の五時から並んで、三列目確保したんだよ。めちゃくちゃ近くで、必死で叫んでるのに、どうして?
 アイドルだって一人ひとり全員のことを見て、ファンサして、なんてやってられないことも分かってる。この場には千人以上のファンが居て、歌う曲は四曲だけ。ファンに割いている時間なんてほとんどないのだ。
 でも、でも、と私は思う。初めて生で会えた。この会場の誰よりも一織が好きだって思ってる。一織のことなんでも知ってる。全部分かってる。なのに、その私が、なんで?
 勿論、一番なんていうのも、なんでも知ってる、分かってるなんていうのも、全部妄想なんだけど。それぐらいの、強い思い込みがあった。いつか絶対、王子様が現れる。その王子様は間違いなく、一織だって。
 でも現実は、世知辛い。私の妄想は打ち砕かれ、最後の曲のアウトロが流れ始めたところで――滂沱した。もう、堰を切ったようにボロボロ泣いて、多分周りの子たちも、ちょっと驚いてた。
 そんな私に気づいたのが、三月だった。
 ステージを殆ど睨みつけるようにして泣いていた私は、えっ、って顔をした三月と、目があったのだ。それから、一秒もしなかったと思う。ハケるために下手へ向かおうとしていた一織の手を三月がガシッと掴み、引き寄せ、私の方を向かせた。一織は不意打ちに弱い。目を見開いて「いきなりどうしたんですか兄さん」って、マイクを通さず言ってた。三月は何も言わずに笑顔で一織を見て、それからこっちを見て、ピースサインを掲げた。
 その姿を見た一織も、釣られるようにして、はにかむようにピースを向けてくれた。
 和泉兄弟の突然のファンサに阿鼻叫喚が響き渡る中で、私は、ついぞ「私だけのため」に向けられることの叶わなかった一織のピースを受け取りながら、隣の三月の「私だけのため」のピースに、撃ち抜かれてしまっていた。
 ぶち抜かれた。一回、死んだかと思った。
 三月は何も、一織からファンを奪ってやろうと思ったわけじゃない。断言出来る。だってあの笑顔とピースは「よかったな」って、私へのエールだった。全身青一色でズタボロに泣き喚いている女を見つけて、自分のファンでもないのに、弟を連れてきてくれた。そんな義理、一ミリたりとも無いはずなのに。
 三月は、自分のファンだとかそうじゃないとか、関係ないんだ。
 IDOLiSH7が好きな子全員を愛する人なんだ。
 そう思ったら、もう、今まで興味がなかったことが信じられないぐらい、三月のことばっかり考えるようになってしまった。坂を転がり落ちるように三月担になって、今は立派な〝和泉兄弟推し〟だ。一織のことも、勿論好き。大好き。でも、三月もおんなじか、それ以上に大好きになった。

 三月や、一織や、IDOLiSH7みんなのお陰で、毎日が楽しい。学校で嫌なことがあったら愛なNightの神回観てゲラゲラ笑って、楽しいことがあったらライブ映像観て、大和のドラマをリアタイしながらラビチャで実況して――自分の生活には、なくてはならない存在だ。これからもずっとずっと、一生好き。
 一生なんてこと、実はあり得ないってことも分かってるけど、今の私は、本気でそう思える。
 IDOLiSH7も、一生続くって信じてる。信じさせてくれる。だから、全身全霊で応援出来るのだ。
 それなのに、なんで三月は今、こんなに辛そうなんだろう。三月に元気がないと、メンバーみんなもなんだか元気がないように見えて、しんどい。みんなが元気づけないで、誰がやるのって思う。
 だって、私の声は直接三月には届かないのだ。どれだけリプライを飛ばしてみたって、本人が見てるかなんて分からない。噂では、SNSは全部管理されてて、ツイートも自分の意思では出来なくて、リプライをチェックするのも許可制だって聞いた。生放送の企画でタグ付きのツイートを見てくれることはあっても、リプライまで言及されることはなかった。手紙を書いても、読んでくれるか分からない。それじゃ、意味ない。全然、駄目なのだ。
 三月は、みんなは、いつも「ありがとう」って言ってくれるけど、それを言いたいのは、いつだって私の方だ。
 最高の歌をありがとう、最高のパフォーマンスを有難う、最高のライブを有難う、最高の番組をありがとう、最高の幸せをありがとう、アイドルになってくれてありがとう。
 どれだけ伝えても、三月は、その言葉を百倍にして返そうとする。

『オレの方が、もーっと好きだって! めちゃくちゃ好き! 大好きだー!!』
 小さい身体で飛び跳ねて、大きい口を目一杯開いて、どこまでも見渡せるように瞼をしっかりと上げて――世界で一番の幸せものだって顔で、笑うのだ。
 そこで、ハッと気づいた。
 急くような気持ちで、ラビッターの検索画面を開き【三月】と打ち込む。無数のツイートが、ずらりとリアルタイムで並んでいく。
 ――大丈夫かな。心配だな。笑顔引き攣ってた。みんなしんどそう。三月のちゃんと笑った顔見たい。言うほどでもなくない? そんなでもなかったでしょ。みんな気にしすぎだよ。三月がなんでもなかったら誰が責任取るの。傷つけるだけだからもうやめようよ。いやいや、ここまでオオゴトにする意味って……――
 ああ、そうだよね。分かるよ。心配で心配で、不安でしょうがなくて、そのことばっかり呟いちゃうよね。
 私も、自分のツイートを見返して、がっくり肩を落とした。怒りに支配されて、「ブロックする手が止まらない」なんて言ってる。対象が何かは触れずに、殆ど無意識のツイートだ。そういうのに限って、同意を意味する星マークもいっぱいついていて、更に落ち込んだ。
 例え本人が見ていなくたって、ちっとも三月の為にならないかもしれなくても、私たちは、いや、せめて、私だけは、今この瞬間、三月に「好き」って伝えなきゃいけなかった。
 静かに、液晶画面へ指を滑らせる。なんの脈絡もなく、空気も読まず、タイムラインに居る誰の為でもなく、たった一人の為の言葉を綴る。

『三月の声が好き ちょっと高くて可愛い』
『三月の感動しいなところが好き 泣いてるの実はバレてるよ笑』
『三月のMCが好き あー三月がいるーって安心する』
『三月の笑顔が大好き 全部目をつむっちゃうところとか』
『どんな三月も大好き』

 きっと、一つだって届かない。ツイートした瞬間、塵になって埋もれるのも分かってる。でも、言わずにはおれないのだ。
 和泉三月の名前を検索したら、ハッピーな話題で埋め尽くされていて欲しい。今日も、明日も、一年後も、十年後も。本気でそう願ってる。
 考えすぎだって、見知らぬ誰かに笑われているかもしれない。突然のツイートに、寒いって思われることもあるかも。でも、そんなことは、どうでもいいのだ。
 三月。私は、三月のお陰で、毎日が楽しい。三月のお陰で、IDOLiSH7がもっともっと好きになったよ。三月が人一倍頑張ってること、ファンのみんな、知ってるよ。
 もっと教えて欲しいこと、沢山ある。一生かかって教えて欲しいって、本気で思うよ。
 今日、三月がぐっすり眠れているといい。メンバーと幸せに笑い合っていてくれたら最高だ。
 スマホを握りしめ、泣きたくなる気持ちを抑え込んだ。人の幸せを願う時は、泣かない方が、叶いそうだから。


 *


 車での移動中、隣の席からパシャッ、とシャッター音が聞こえた。壮五が、ラビッターの画面をスクリーンショットしたらしい。
「何撮ったの」と思わず聞いてしまう。悪い噂の収集でもしているのかと、ちょっと不安になったのだ。
「ああ、えっと……。三月さんのファンの子たちのツイートです。色々検索してたら引っかかったので」
 思ったよりもずっと平和な答えに、肩の力が抜ける。壮五は、エゴサーチもパブリックサーチも、そこそこするし、どんな意見があろうと、さほど傷ついたりはしない。幼少期からの教育が如何ほどのものだったかを想像させられて、大和は眉を下げた。
「へえ。ミツのファンの子、なんか言ってたの」
「はい。凄く……凄く、素敵なことを。三月さんも、きっと……いや、絶対喜びます」
「そっか。ミツの調子戻ったら、見せてやんなよ」
「勿論! ……本当に、僕たちは、ファンの人に恵まれてるなあ」
 全身に染み込ませるように、壮五が言う。あんまりしみじみと言うので、少し気恥ずかしくなった。こういう空気は、得意ではないのだ。
 つい先日も、陸と一織のファンが対立している様子を、ラビッターで見た。悪人ではないが善人でもない。性善説はこの世にないと教えられるような光景だった。
 それでも、俺たちは確かに、恵まれていると思うのだ。
 こんな未熟な俺たちを愛してくれる存在が、両手に抱えられないほど沢山いることを、とっくに知っているから。
「……ほんとにな」
 思わず口から出た言葉に、壮五は優しく笑う。
「明日のTRIGGERさんとの合同練習、楽しみですね」
「んー? ああ、まあ……何も起こらないといいけどな……」


 壮五の撮ったスクリーンショットは、思ったよりも早く三月に見せることが叶った。
 三月が膝をついて泣いているところを見て、ほっと胸を撫で下ろしたのもまた、大和だった。
 おろおろする壮五に伝えるため、一歩踏み出す。
 そういう時は、目一杯泣かしてやればいいんだよって、教えるために。


#ちゃんと届いてる