そもそも相性がいいかと言われれば、そうでもなかった。
性格は極端なくらい正反対だし、一織は年下の割に居丈高で、陸をあえて年上扱いして「足りない」ところを指摘してきたりする。何かミスをすればお小言は絶対言われるし、陸自身がどれだけ問題ないと主張することも、受け入れられることは稀だ。
それなのに、時折年下特権を振りかざして、可愛い顔をするのだから厄介だった。――この場合、陸が無意識に一織好みの表情や行動をするのはノーカウントとする。何せ無意識なので――ただ、一織が言うことに間違いはないし、陸よりずっと陸のことを考えてくれていることも分かっている。
ということで、小規模の喧嘩はすれど、概ね上手くやっている二人だ。
――やっていた二人だ。
*
告白したのは陸からだった。
翌日揃ってオフということで、珍しく一織から夜ふかしが許されていた夜。陸の部屋のシーリングライトは煌々と輝き、ベッドを背もたれにして、横並びで映画を見ていた時のことだった。
きっかけというきっかけは、さほどなかった。強いて言うなら、流していた映画がラブロマンスだったことぐらい。
あてられたわけではないけれど、今言いたい、今しかない、と思ったから、言った。
「一織が好き。オレと、恋人になって」
体ごと横を向かせて、一織の目をしっかりと見つめながら告げた言葉は、意外なほどまともに発音できた。もしかしたら、語尾は少し震えていたかもしれないけれど。
一織は陸の突然の告白を前に、絵に描いたように目を見開いた。陸の態度からして、それがなんらかの罰ゲームだとか、たちの悪い冗談という受け取り方はしなかったらしい。一織の信じられる部分の一つだった。
それから数秒何かを考えるように目を伏せ、はあ、とため息を吐いてから――まるで用意していたかのように、はっきりと言った。
「あなたはうちのセンターで、アイドルで、小鳥遊事務所の大事なタレントです。同じグループのメンバーと恋愛なんて、そんな大スキャンダルを抱えていい人じゃない」
なんとも一織らしい断り方だった。真っ直ぐに向けられた視線の中にも、今の言葉にも、一切の嘘がない。
だからすぐに理解した。
フラれたのだ。自分は。完膚なきまでに。
「……そっか」
陸の言葉に、一織は露骨にホッとした表情を見せたあと、少し痛そうに眉を寄せた。痛いのはこっちなんだけどな、と思いつつも、一織はもう陸を見ることもない。まるで、これでこの話は終わり、とでも言いたげな態度だった。
意見がぶつかることは、よくある。かといって、互いに無理解なわけではなかった。なんなら、メンバーの中で一番話している分、三月の次くらいには、一織のことは分かっている……つもり、の陸である。
夜、どちらかの部屋で二人、誰に聞かれたって困らない内緒話をする。あの時間が好きだった。
そしてその時間を、一織も大切にしていたことを、知っている。
暗闇の中で、肩をくっつけ、手を重ね、体温を共有する。まさかあれが演技なんてことはあり得なかった。
好きになった理由なんて、いくらでも言える。
雑誌のインタビューで使い古されたような質問を一織に投げ、それに嫌な顔ひとつせず、ゆっくりと紐解くように答えてくれる。そんな時間。それは確かに陸の特別で、一織にとっても特別だった、はずだ。
だから、少し。往生際の悪さが出てしまった。
「じゃあ、IDOLiSH7の七瀬陸じゃなくて、ただの七瀬陸からの告白だったら――どう思った?」
逸らされていた視線が引力に従うように戻り、眉間には、更にきつく皺が寄った。陸の方に向き直った一織からは『面倒なことを言ってくれるな』という非難めいた気配を感じる。
「あなたは、IDOLiSH7の七瀬陸でしょう。そう望んで、そう生きてる」
一織のどこか剣呑なセリフにも、陸は間髪入れずに返した。
少しでも間を開けると、怯んでしまいそうで。
「でも、まず最初に七瀬陸だよ。一織だってそうでしょ? ただそのまま、和泉一織の時があるでしょ? ……ないの?」
例えばお風呂に入っているとき。リビングでお笑い番組を見ながら、ただ笑っているとき。眠る前に、二人でお喋りをするとき。
たまに、本当にたまに、同じベッドで寝てしまうとき。
あれは、IDOLiSH7として、誰かに見つけてもらうためのオレたちなの?
それは、違うと思うのだ。アイドルである前にまず一人の人間で、個としての、あるがままの自分を受け入れてくれる仲間が傍にいるから、また〝アイドル〟という服に袖を通すことが出来る。
そして、陸が好きになったのは、アイドルの和泉一織であり、何より、〝ただの〟和泉一織だった。
居丈高に生意気なことを言う姿に、たまらず反抗することはあっても、それすら心地いい。そういう、単純な好意に、アイドルだから、IDOLiSH7だからとわざわざ並べ立てる必要は感じなかった。
ぎゅっと、膝の上に置きっぱなしにしていた手のひらを握る。緊張しているのか、しっとりと汗をかいていた。
「一織は、オレのこと、IDOLiSH7のセンターとしか見れない? そう見て欲しいって望んでるのも勿論、オレなんだけどさ……。本当に、……それ〝だけ〟?」
「それは、……」
そうやって言い淀んでしまうところが、好きだと思う。「そうだ」と答えて切り捨てるのが、この場における最適解だと陸でも分かるのに。一織はそれをせず、戸惑いすら見せた。
何かを大切にするために、様々な感情を割り切ってきたのであろう一織が愛しい。割り切るだけで、捨てきれないところも。
だから、オレ相手にうまく立ち回れない姿とか見ると、期待しちゃうんだよ。
「フラれてすぐ言うことじゃないかもしれないんだけど、一織はオレのこと好きなんだと思ってた」
「……なんでそう思うんですか」
なんとも答えづらく気恥ずかしい質問だ。一織も、恐らく無意識に口にしていたのだろう、忘れてください、と言われそうになったところを遮るようにして答えた。
チャンスだと思ったから。
「あのね、誰よりオレを優先してくれるところとか、誰もオレには言えなかったんだろうなって文句を、率先して言ってくれるところとか。あ、あと、疲れた時におんぶしてくれようとするところも、オレのこと好きなんだろうなーって思う!」
「お、おんぶは、したことないでしょうっ?」
「ないけどさ、してくれようとはするじゃん。でも、環とかナギがすぐにオレを担ぐから、一織はいつもちょっと悔しそうな顔してる。間に合わなかったーって」
「そんなことありませんけど!」
悲鳴みたいな否定は犬猫の鳴き声みたく聞こえる。顔が赤いのは、単純に怒っているからなのかどうか。
一織の目に映っている自分は、どこか無理をしている、曖昧な笑顔だった。勿論、一織もそれは気づいているだろう。
流石の陸も、真正面からフラれて、すぐに今まで通りにじゃれ合うことなど出来なかった。
「……でもまあ、一織がそうしてくれるのはさ。オレの体のこと考えたら、当然といえば当然なんだよね。自分で言うのも、ちょっと……いやかなり、悔しいけど……」
だから、それは当然のことで、特別じゃなかったのかもしれない。
言葉にすると、現実味が増して喉がつっかえた。わしゃ、と赤毛をかき混ぜる。
うーん。難しい。そしてとても悲しい。
一織が陸に特別甘いのは周知の事実だが、『陸がIDOLiSH7のメンバーだから』と言われればそれまでだ。
七瀬陸その人ではなく。
〝うちのセンター〟だからこそ。
じゃあ、もし、もしだよ。オレがアイドルじゃなくなったら、IDOLiSH7じゃなくなったら、一織は――……。
「……七瀬さん?」
黙り込んだ陸を案じるように一織が呼びかける。名前を呼ばれることも、好きだった。一織の心地いいテノールは耳によく馴染む。二人きりの時は、はちみつみたいに甘ったるい声で呼ばれることだってあった。そしてオレも、同じように返していた、はずだ。
あの時間も、結局のところ、IDOLiSH7だから、センターだから、アイドルだから、事務所所属の大事なタレントだから、提供してくれていたってこと?
――だったら、きっついなあ。
何がきついって、一織からの純粋な善意を、受け取る度に苦しくなる〝これから〟が、きつい。
重たい頭を上げて、一織の服の裾を握る。フラれたくせに、まだ縋ることをやめられない。
一織はいつだって、最後には陸の求める言葉を与えてくれる人だったから。陸をそうしたのも、確かに一織だった。陸自身は、それに気づいてはいないけど。
「……どうしてもダメ?」
陸の言葉の意味を的確に汲み取った一織が、ほんの少しの逡巡もなく、ピシャリと言い放つ。
「分からない人だな。二度もフラれたいんですか?」
「そんなわけないじゃん!! ……でも、オレは、本当に、一織のことが、好きだよ……」
受け入れがたい現実を前に、みっともなく食い下がってしまうくらいには。
裾を掴んでいた手に、一織の手が重なり、そっと解かれる。
「……七瀬さんの気持ちには、応えられません」
行き場を失った手は宙を掻いて、結局陸の元へ戻るしかなかった。
……あーあ。本当に二回フラれちゃった。
ぎゅう、と心臓の奥が縮んで、鼻の奥がツンと痛んだ。ここで泣いたって、どうにもならない。だから、必死で堪えた。
――いや、泣いて一織が応えてくれるなら、それぐらいはしたかもしれないけれど。プライド無いのかって怒られそう。怒るだろうなあ。そんな一織が、好きだから。
陸は、一織に無理解ではない。だから、泣き落としなんて無駄だと、分かっている。
静まり返った部屋に、二人分の呼吸が落ちた。
一織の返事を、頭の中でなぞる。うちのセンター、アイドル、事務所所属のタレント。スキャンダルを、抱えさせたくない――。
それはつまり。
「全部、オレのためだね……」
喉から絞り出された声は、一織の耳には届かなかったらしい。「え?」と返されて、陸は誰に見せるでもなく、俯きながら力なく笑った。
辛いのに嬉しい。一織なりの愛は、確かにここにあるから。
「一織。これだけ教えて」
ちょっと掠れてしまった声は、わざとではないものの狡い響きを持っていたかもしれない。
思わず聞いてあげたくなる、そんな可哀想さがあるのだと、お世話になっていた看護師が言っていた。
「オレのこと、好き?」
上目遣いに一織を見る。一織は虚を突かれたように、目を見開いていた。まさかこのタイミングでこんな問いかけが寄越されるなど、思いもしなかったのだろう。
けれど陸にとっては、切実な質問だった。
こんな宙ぶらりんでは、陸は一織を諦めることが出来ないのだ。出来るだけ、ちゃんとフッて欲しい。一織は、陸の生き方を優先してばかりで、陸そのものをどう思っているかは、聞けていなかった。
――二度と期待させないように。オレの心臓を、真っ二つに割って欲しかった。
オレの我儘、いつもみたいに最後には聞き入れて、仕方ないですねって、「あなたのことは、恋愛対象には見れません。ごめんなさい」って、言ってよ。
陸の懇願は、きっと表情にもあらわれていたのだろう。見開かれていた一織の目がゆっくりと細められ、形のいい唇が静かに動いた。
来る最後に備えるように、心臓が引き攣れるような痛みを発した。
のに。
「言いませんよ」
その言葉の意味をしばらく理解出来ず、固まる。
……なんで?
思わず、語気が強くなる。
「そ、れは、酷くない? そこは、もっとちゃんとフッてよ。オレが好きじゃないって、オレに告白されて迷惑だったって、ちゃんと言ってくれれば……」
「嫌です」
一織の頑なさに、陸は混乱した。突然、一織という人間が分からなくなる。つい先程まで、全て陸のためを想ってくれていたのだと、信じてたのに。「嫌です」なんて言われたところで、陸が納得しないことなど、一織が一番分かっているはずだ。
そりゃあ、勝手な話ではある。勢いで告白して、フラれて、二度もフラれたくせに自分が諦められるように「もっと手酷くフッて」と頼んで。それが叶えられなかったから、怒っている。誰が聞いたって、陸が悪いと言うだろう。
けれど。
それでもオレは、一織も同じ気持ちだって、思ってたんだよ。あの幸福な時間は「愛おしさ」を共有していたのだと、信じる以外になかったから。
いつかの夜、唇が触れかけた瞬間だってあった。
そんなの、期待しないでいる方が間違っているとすら思う。
「……じゃあオレ、どうすればいいの」
無情に返されることなんて分かっているのに、途方にくれて、そんなことを問いかけてしまう。
「どうもしなくていいんです。あなたは、いつも通りに過ごしてください」
「……無理だよ。オレ、一織に三回フラれてるんだよ?」
「二回ですけど」
「三回だよ。今、もう一回フラれた!」
陸の非難めいた声に、一織はピクリとも反応しない。なんで今日に限って、こんなにも聞き入れてくれないんだ。
「……ねえ一織。これじゃあオレ、おまえのこと、諦められなくなっちゃう。……一織のこと、ずっとずっと、好きでいることになっちゃうよ? それって、一織にとってもしんどいと思う。受け取れないって分かりきってる想いをずっとぶつけられるとか、一織が可哀想じゃん……」
奇妙な話だが、これも確かに本心だった。宙ぶらりんの状態を維持しろと当人から言われて、しんどくないわけはないけど。それはいわば、陸の勝手な感傷だ。
そんなことより、一織自身が、耐えられないように思う。この優しい子は、陸のなくしきれない慕情を、完全に見て見ぬ振りは出来ないだろう。割り切れるのに、捨てられない。だとしたらこれ以上、無駄な荷物を背負わせたくなかった。
――オレが言うのは、やっぱり矛盾しているかもしれないけど。
一織にはいつもみたいに、背筋を伸ばして、自信満々で、それでいて軽やかでいて欲しいのだ。
そんな陸の思いを、きっと一織は正確に受け取っただろう。そしてこの上なく不愉快そうな声色が、部屋に響いた。
「なんですか、それ。勝手に決めないでくださいよ」
「え?」
今度は陸が虚を突かれる番だった。
「七瀬さんからの好意が、迷惑ってことですか? 誰がそんなことを言いました? 可哀想? 一体誰が?」
「そ……んなの、一織がに決まってるだろ!? な、何いきなり怒ってんの、わけわかんない!」
「何が分からないんですか? 受け取れないからって、要らないわけじゃない。これ以上ないほどシンプルでしょう」
「……は、はあっ??」
陸の困惑をよそに、一織は滔々と続ける。
「最初に言いましたよね。あなたの気持ちを受け取れない理由。あの言葉に嘘はないです。けど、……だからって、七瀬さんが私を諦める理由、どこにもないでしょう。それこそ、気合い入れてくださいよ」
「な――……」
に言ってんだコイツ!
困惑を通り越して、普通に腹が立ってきた。一織の言っていることが本気なのだとしたら、陸も驚きのとんでもない我儘だ。
「なんだよそれ、ずーっと一織を好きでいろってこと!?」
「まあ、そうなりますかね」
「絶対応えてもらえないのに!?」
「そこです」
ビシ、と人差し指で眉間あたりを差される。一織はまるで教師のような顔つきだった。
「何故『絶対』と決めつけてるんですか? 死ぬまで応えられません、とか言ってませんけど」
「…………ええっ!?」
先程から、無限に驚かされている。一織ってこんなヤツだったっけ? という当惑と、それって、という懲りない期待で心がぐちゃぐちゃだ。
「すぐに答えを欲しがって、それが得られないと泣き喚くとか、子供ですか」
「泣き喚いたりしてないだろ!」
「あれ、そうでしたか?」
これが例えば、一織なりの空気の和ませ方なのだとしたら、完全に悪手だ。本気のようにも、冗談のようにも聞こえるせいで、陸は正しく判断が出来ないでいる。一気に恐慌状態に陥ったせいで、いよいよ二の句も継げなくなってしまった。
陸の様子を見て、一織が仕方なさそうに、ふう、と息を吐く。よくもまあそんな態度でいられるものだなと眉間に皺を寄せると、さっきまで陸に向けられていた人差し指が、今度はその眉間をぎゅっと押した。
「んいっ」
「……そんな顔しないで」
一織のささやかな攻撃に目を瞑っていた陸は、思いのほか暗く響いた声に反応し、そろりと瞼を上げる。一織はまたしても、どこか痛そうな顔をして陸を見ていた。そして、理解する。
――あ、本気で言ってるんだ、全部。
「……一織こそ、なんでそんな顔するの?」
「あなたが、私を困らせるから」
「困ってるの?」
「凄く。だってあなた、自分がIDOLiSH7じゃなくなったら、私にとって価値がなくなるんじゃとか考えそうですし。……そういう、有り得ない妄想で傷つかれるのも、困ります」
「…………」
「…………」
全然そんな様子じゃなかったじゃん。なんなら、変に煽ってきたりしたくせに。なんでオレのこと、そんなに分かっちゃうの?
言いたいことは多々あれど、確かに困りきった様子の一織を前に、流石に追い打ちをかけるようなことは言えない。
なんにしろ、オレの好きって気持ちは、一織を困らせるものなのか。
一織の言葉を素直に受け取れば受け取るほど、暗澹たる気持ちが立ち込める。
それなのに、何故だか隣から深く深く長いため息が聞こえた。今日、何度も聞いた音だ。一織、案外デリカシーないよなあ。胡乱げにそちらを向くと、自分の額に手をあてて、ぶつぶつと何かを言っていた。ちょっと怖い。その様子をしばらく見ていると、何かを決心したかのように、一織が時間をかけて顔を上げる。
陸を真っ直ぐに見つめるブルーグレーは、それでもゆらゆらと揺れていた。こんな時でも、やっぱり、綺麗だと思う。
「私は、かわいげがないので」
「――へっ? なに、いきなり」
「もっと優しい言い方はあるんでしょうけど、取り繕ったところでボロが出そうですし。真面目に考えた結果の返事が、あの言葉だったわけで」
「うわっ、結局それ? これじゃ同じ話の繰り返しじゃん!」
陸がそれ以上聞きたくない、と耳を塞ごうとした瞬間だった。
急に両頬を手のひらで掴まれ、ぐっと引き寄せられる。視界全体が一織一色に染まって、それ以外何も見えなくなる。
あまりに突然のことに、息が詰まった。
「……っ」
「待ってて」
「……え?」
「ずっととは言わないから、待っててください。……あなたが言う〝絶対〟にならないよう、努力しますから」
あの夜ぐらいに近づいた唇の距離。
そっか。一織はこの距離、嫌じゃないんだ。
「そ、れ、ってさ、」
問いかけが終わる前に、体は離れた。
陸の目に光が戻ったのを見てか、すくりと立ち上がる。かと思うと「おやすみなさい」と早口に告げ、一度も振り返ることなく出ていってしまった。もしかすると、耳は赤かったかもしれない。
ぱたん、と静かに閉じられたドアを見つめて、ただただ、放心していた。
何かを大切にするために、様々な感情を割り切ってきたのであろう一織が愛しい。
割り切るだけで、捨てきれないところも。
それどころか。
「……最後の最後で、全部言っちゃったじゃん」
努力すると一織は言った。その言葉に嘘はない。
だから陸も、一織が望んだ通り、好きで居続けるほかなかった。陸が諦めるという選択肢を、端から潰してしまったのだ。一織は。
――年下特権、ここで使ってるんだから凄いよなあ。
シーリングライトが煌々と輝き、目を焼く。じわりと涙が滲んだ。心からの安堵は鼻の奥をツンとさせる。嗚咽がもれないよう、口に手を添えた。
一織が好きだ。
大丈夫、待つよ。
一生かかったって、待ち続けるよ。
*
「結局さ、オレばっか、ずーっと一織のこと好きみたいで悔しいんだけど」
「はあ? あなた馬鹿ですか?」
「なんでっ!」
「あの時前触れなく告白されて、なんで私がすぐに断れたか、よく考えて」
「えー? 用意してたんでしょ? いつか言いそう、とか思ってたんじゃないの?」
「違いますよ。絶対にヘマ出来ないから、死ぬほど予行演習してたんです。『いいですよ』なんて、間違っても言わないために」
「……ん? どういうこと?」
「どっちの方が先に好きになってたんでしょうね、って話です」
一織はなんでもないことのように言い、陸の頭を撫でた。陸は撫でられながら「……そういうこと?」と目を丸くする。
たった三年で、一織の身長は陸を越してしまった。少しだけ上がった目線に合わせるように顎を上げると、一織がぐっと眉間に皺を寄せた。
「それ、やめてくれませんか」
「一織好きじゃんこういうの」
「……わざとするようなことじゃないでしょ」
「あーもう、いいからいいから!」
つま先をちょっと上げればすぐに唇だ。目を瞑ったままでも、キスは簡単に出来た。陸の先制攻撃を食らった一織が、不服そうに口を尖らせる。
「たった半年で慣れすぎじゃないですか」
拗ねた言い方は年下そのもので、可愛いヤツだな、と。今度はちゃんと、キスを待ってあげた。