撮影用に使った生花を寮に持ち帰ったのは陸だった。
切り花の寿命なんてせいぜい一週間で、夏場の今はもっと短い。すぐに枯れてしまった花を見て、陸はひどく残念がっていた。
一織からすれば、造花やドライフラワーでない限り、花はいつしか枯れるものだ。一瞬一瞬を楽しむものと割り切るべきとは思いつつも、萎びた花を前に一緒にしなしなになっている陸を見て、そのままを伝えるのは戸惑われた。
というか、まあ。
しなしなになって眉をハの字にし、大きすぎる瞳をうるつかせている陸の姿は、か…………。
――で、あっても、だ。ずっとしゅんとされていたら、グループ全体の士気にも――関わる、はずだ。きっと。
本当はこんなことに時間を割いている暇はないんですからね、と重々伝えること前提で、一織はコホンと一度咳払いをし、肩を落とす陸に声をかけた。
「……買いにいきますか?」
「……! 行く!」
二つ返事で頷いた陸の目は、一瞬でピカピカと輝いた。一織の好きな夕焼けの色だ。
真正面から受け止めるとまずい気がして、「なら早く準備して」とそっけなく目を逸らした。
「ぅあっついねー!」
「マスクがあると余計ですね」
「でも、一織とお散歩楽しいよ」
「……お、散歩ってね。遊びじゃないんですよ」
「え、じゃあ何?」
「……息抜きです」
「遊びじゃん!」
寮から徒歩十分もしないところに、こぢんまりとした花屋はある。陸を炎天下に長くいさせたくない、という思いから、所謂有名店は外してこの場所に決めた。そもそも遠出するにはマネージャーの車が必須で、まさかこんな簡単な買い物の為に呼び出すわけにもいかない。
――というのは大義名分だ。
というのも、仕事以外の時間を高校生活に費やしている一織にとって、陸とプライベートで交流することは、そう頻繁ではない。体調管理の為に早寝する陸と、高校生活の為に早寝する一織では、夜通し語り合う期待なんてものもなかった。
しかし、ユニット曲の存在やドラマのW主演なども手伝って、二人仕事は増える一方だ。今後のインタビューに備え、MEZZO"までとはいかずとも「順風満帆ですよ」答えられる雰囲気と、提供しやすいネタを用意しておいて損はない筈だ。
だからこの買い出しは、打算も大いにある。
しなしなsの陸を喜ばせたい一心で、とか。そういうことはない。断じてない。
「……おり、い〜おりー! ねえ、オレの話訊いてる?」
「ああ、すみません。聞いてませんでした」
「えっ、ほんとに聞いてなかったのっ?」
「それより、歩くペース遅くないですか?」
「……そう?」
何をとぼけているのか、陸の歩幅は普段より明らかに狭い。
UVカットパーカーを着せ、大きめのキャップを被らせ、日傘を持たせ、マスクには冷感スプレーを吹きかけて、完全防備での外出だ。とはいえ、直射日光に当て続けるのは得策ではない。
なのに陸は、一織よりずっと遅いペースでのたのたと歩いている。隣にいたはずなのに、いつの間にか数歩分距離が出来ていて、一織は少し不安になり、振り返った。
「もしかして、疲れました? 暑すぎたとか」
「え、ち、違う違う! めちゃくちゃ元気だよ、ほらっ!」
「ああ、ちょっと、いいから。飛ばなくていいですから!」
その場でぴょんぴょんとうさぎみたく跳ね始めた陸に、色々と食らいながらも制止する。
たまに、陸は一織の全てを見透かしていて、ワザとやっているのかもしれない。と疑いをかけるのだが、なんとこの手の行動全ては、確かに天然モノなのだ。恐ろしすぎる。
二人きりでいるということは、この攻撃を食らい続けることになるのか。今更すぎる気づきに、一織は若干青ざめ、思わず俯いてしまう。
「一織の方が具合悪そうだよ!? どっか入る!?」
「いえ、これはそういうのじゃないので」
「そ、そういうのじゃないの?」
「心配は無用です」
「ほ、ほんとに〜〜……?」
腰を落とした陸が、俯いた一織の顔を覗き込むように上目遣いで窺ってくる。その行動に、悲鳴を上げなかった自分を褒めてほしかった。
え、この人、マジか?
「…………………行きますよ」
「あ、ま、待って一織」
店に向かう道へ向き直り、さっさと歩き出した一織に、後ろから「早い早い!」と声がかかる。
体調が悪いわけではないなら、いつものペースで問題ないだろうと踏んだ一織は、陸の言葉を無視してすたすたと歩を進めた。
すると、後ろから、きゅっと裾を掴まれ、心臓が縮まる。思わず叫ばなかっただけ、以下省略。
なんですか、と背中だけで意思表示をして、もう一度立ち止まる。
一織の圧にやや押し負けながら、陸は小さな声で、殊勝に言ってのけた。
「折角二人で散歩してるのにさ、そんな早く歩いたら、すぐ着いちゃうよ? もったいないじゃんかー……」
――だから、この人、マジなのか?
結局陸からの要望に応える形で、二人でやけに時間をかけて歩いた。
一織が聞き飛ばしていた陸の話というのは、最近、花言葉にまつわる本を読んだということ。
案外と読書家の陸は、オフの日には本を読むことが多い。ナギからは童話や神話にまつわる本を、壮五からは話題作をプレゼントされることが多く、陸の元へと新刊が入荷される度、一織にラビチャで感想を送ってくるのだ。
『なんで私に?』と以前訊いたところ『一織はなんでも知ってるから』との答え。なるほど、ネタバレありきの感想を言える相手が欲しいらしかった。
であるなら、それこそプレゼントをしてくれたナギや壮五に言えばいい。それを不思議に思いつつも、陸の読書感想文は嫌いではなかったので、甘んじて受け入れている。
そして陸の予想通り、一織は大抵の話題作は読んでいたし、童話や神話にも明るい。どれも過去の仕事に必要な知識だったし、知識欲を簡単に満たせる点でも嫌いではなかった。
やっとのことで辿り着いた花屋は、店内に三人入れるかどうかの小ささだ。
花に合わせて空調は低めに設定されていて、炎天下をのたのたと歩いてきた二人にとってはオアシスだ。鼻孔をくすぐる様々な花の香りにも、否が応でも癒やされる。
どれにしようかなあ、と鼻歌交じりに花を見つめていた陸は、「あ!」と、何か思いついたように一織に声をかけた。
「ねえねえ、一織って花言葉詳しいよね?」
「……はあ。まあ、仕事で覚える機会がありましたから……ある程度は。というか、なんですかいきなり」
「クイズ出すからさ、答えてよ!」
陸が瞳を輝かせながら、体を擦り寄せてくるので「暑い」と言って手のひらで顔を押しのけた。
「ぶえっ」と可愛くない声が聞こえて、それすら、かわ……、か、………。
――いや、この男、誰にでもこんなことをしているのか?
同じグループかつ同性の自分ならまだしも、女性タレント相手にもしでかしていたらどうしよう、と一抹の不安が過る。
うん、やってるよ? なんて普通に返されたら、倒れてしまうかも。この件は家に帰ってから問いただすことに決め、一連の考えを誤魔化すように「仕方ないですね」と肩をすくめた。
「やったー! じゃあ……これは?」
陸が指を差したのはアンスリウムだった。ハートを逆さにしたような真っ赤な花は、その見た目通りの花言葉を持つ。
「〝恋に悶える心〟」
「正解!」
「……本当に正解か分かってます?」
一織の訝しげな視線を軽くかわして、陸は次に目についた花を指す。
「これ!」
先程のアンスリウムとは対照的に、青味に銀を帯びたどこか幻想的に見える花。プレートにはエリンジウムと書かれていて、ああ、と思い至った。
「〝秘めた思い〟」
「正解〜! 一織、凄いじゃん!」
この様子だと、どう考えても正解かどうかなんて分かっていない。一織の博識ぶりが単純に面白くなっている様子に、ジト目で陸を見るが、全く効果は得られなかった。
大の男二人が、花屋で花言葉について応酬している。傍から見たら、なんとも不思議な光景だろう。
けれど、陸が本気で楽しそうにしているのに、わざわざ止める理由も見つからないのだ。大概、自分も甘いなと思う半面、陸のせいでは、と思わないでもない。
訴求力モンスターの真価を、わざわざ私相手に発揮する必要が、あるだろうか?
「じゃあ次っ、これ!」
陸が次に指したのは、スノーボールの別名の方が有名な、ビバーナムだった。確かこの花は、以前撮影で陸と二人で持たされたものだ。陸も覚えがあったらしく「これ、可愛いよね」と笑顔を向けられた。
「……〝私は誓います〟」
「――え?」
「え? じゃないですよ。花言葉の話してるんでしょう!」
「あ、ご、ごめん! いきなりだったから、びっくりしちゃって……正解!」
もう、その正解コールは要らなくないか?
わたわたと顔を赤くする陸に釣られるように、自分の顔も赤くなっていく。
というか、さっきから自分ばかりが言わされていて、その内容も、偶然とはいえ口にするには照れくさすぎるセレクトなことが気に入らない。
「私も、七瀬さんにクイズを出したいんですけど」
「あ、え? 待って待って、そしたら、えーと、最後! これはっ?」
何故か慌てたように、矢継早に指されたそれはヒマワリだった。突然王道だな、と思いつつも、「次はあなたが答える番ですからね」と釘を刺しつつ口を開く。
陸がやけに熱心に視線を寄越すので、視線を重ねたまま言った。
「〝あなただけを見つめてる〟」
――なんて。見つめながら言うことじゃなかった。絶対。
「…………っ、せ、正解〜〜〜……」
陸も陸で、一織の真っ直ぐすぎる回答に面食らっている。
喉に詰まるような正解コールが気恥ずかしさを物語っていて、二人して更に顔を赤くさせた。
「……何言わせてんですか」
「あは……。ご、ごめん……?」
「次。私の番ですからね」
「え、あ、はいッ」
へらへら笑っていた陸が、一織の言葉にピシッと背筋を伸ばす。一織は狭い店内をくるりと一望して、ある花を指差した。
「これは?」
「えーと、……あ、ブーゲンビリアだ!」
「はい。では、花言葉をどうぞ?」
手を差し出すようにして答えを促すと、陸がうーん、だの、えーっと、だの唸る。パッと出てこない時点で私の勝ちですね、なんて謎の優越感を覚えたところで、陸が「あっ」と声をあげた。
パッと一織に向き直り、真っ直ぐに見つめられる。
「〝あなたしか見えない〟」
……。…………。
しばしの沈黙。
ブーゲンビリアの花言葉で最も有名なのは情熱だが、陸が口にしたものも正解だ。
……正解、だったのだ。
「……え、七瀬さん。もしかして、本当に花言葉知ってるんですか」
「えー!? つい昨日読んだって言ってんじゃん! 結構頑張って覚えたんだよ? って、ブーゲンビリア、当たりだった? わーい!」
褒めて褒めて! と見えない耳としっぽを振り始めた陸に、一織は心底恐ろしい気持ちになる。
今、自分の顔は、赤くなったり青くなったりと忙しないに違いなかった。
「……じゃああなた、全部分かってて、私にあんな恥ずかしい花言葉を……何度も……?」
「――あ。バレた?」
にへ、っと笑う顔は、悪巧みが成功した子供のようでもあり、そこそこあざとい大人の男のようにも見える。そのくせ、何故か本気で照れているのだ。
「一織、似合うからさ。言ってほしいなーって思っちゃった。……ごめんね?」
「……マジか……この人…………」
本日三度目ともなると、流石に声に出てしまった。
結局、名前の上がった花は妙に意識してしまい買うことが出来ず、お買い得となっていたブプレウムを買い占めた。
――もし明日インタビューがあったとして。オフの日に、花屋に行って花言葉になぞらえながら愛を囁き合いました、なんて。口が裂けても言えそうにない。
それから三日後。
陸から、リビングでお茶を飲もうと誘われた。エディブルフラワーが浮かんだ紅茶は美しく、なんとなく、その花の形状から名前を調べる。
ボリジ。花言葉は、〝鈍感〟だった。
……はい?
一織が顔を顰めると、陸はべっと舌を出したあと、「オレたちにぴったりだよね」と言って笑った。