■事故るカバネ
「カバネ、大丈夫?」
「クオンさん、無理ですって! カバネさん今、ペラッペラッスよ! 返事出来ないッス」
「あ、そうか。口が無いものね」
 そういうことじゃない。そういうことじゃないだろう。クオン、お前、わざと言ってないか。声のトーンが軽いし、明らかに楽しんでいるフシがある。それに、わざわざ地上に着いてくるなんて、何百年ぶりだ?
 数百年ぶりに会話をして以降、クオンは妙に馴れ馴れしくしてくる。いや、今更馴れだとかそういうのは、どうでもいいが。別にそれを、悪いと言っているわけでもないが。

 ――リベリオンとユニティオーダーとの抗争が激化している地上で、うっかり、戦車に轢かれた。
 不死になって千年も経つと、死に対する危機意識は希薄になって仕方ない。が、まさかここまで気が緩んでいたとは。クオンが着いてきていることが気がかりで、そのことばかり考えていたせいだ。後ろから「カバネさん、まだ渡っちゃ駄目ッスよ!」と、声をかけられた時には、荒野の真ん中でぺしゃんこに潰れていたのだった。
 自分が明らかにヘマをした姿を見られているこの状況は、物凄く腹立たしく、かつ若干のいただけなさがある。
 コノエ曰く〝ペラッペラ〟の状態から、ゆっくり肉塊に姿を変えていく。骨も粉砕されているので、戻るのに若干時間がかかっているのが、また、度し難い。クオンの能天気にも聞こえる声が、空の方から振ってくる。
「カバネは痛覚をほぼ克服してるから、凄いよね。僕、この状態になったら、気が変になってしまうかも。まあ、変で居続けられるのも、十年が限度だろうけど」
「確かに、前に土砂崩れに巻き込まれた時、もっかい外出れるようになるまで五年ぐらいかかってたスもんね。でもそれが普通ッスよ! カバネさんがヤバいんス!」
「おい。いい加減にしろ」
「あっ、いつの間に! おかえりなさいッス!」
「ああ、カバネ。もう戻ったんだね」
 クオンが鼻歌でも歌いそうな様子で、戻ったばかりの俺の身体をぺたぺたと触る。あまりに急な行動に、全く反応が出来なかった。一国の王であった時代など昔話にすらならないが、それにしても、油断しすぎた。今日は妙に、動きが鈍いような気がする。 ……お前のせいか?
「うん。皮膚組織も完璧に戻ってる。キミの身体は相変わらず、強くて、美しいね」
「……おい。許可なく触るな」
「なら、避ければいいだけだよ。もしくは、今触れている手を、叩き落とせばいい。それが出来ないキミじゃないでしょ」
 静かに微笑まれて、我ながら露骨に顔を歪めた。コノエが「おお〜」と感嘆の声を漏らす。
 感心している場合か。
「クオンさん、めっちゃテンション上がってるじゃないスか! 仲直り効果ヤバいッスね、なんか俺も嬉しくなってきたッス!」
「そうかな? ……うん、そうかもしれないね」
「コノエ、勝手なことを言うな。こいつは、久々の地上で無駄に気分が高揚しているだけだ。仲直りだとかなんだとかは、関係ない」
 すかさず返すと「確かに」とクオンも同意する。
 おい。お前。そんなにすぐに、同意をするな。
「こんなに珍しいものが見れるなら、たまには地上へ出るのも悪くないね。カバネ、次もまた連れて行ってくれる?」
「絶対に駄目だ。お前が今みたいになってみろ。五年は寝込むぞ」
「そんなヤバい痛みの中、カバネさんは二分で完全復活ッスもん、敵わねえな〜」
 そう言いながら、このままでは日が暮れると判断したのだろう、コノエが歩き出す。確かにこの後、商人のオルカを見つけ出し、特殊栽培の野草を買わなければいけない。コノエが特別気に入っているスパイスの一つだ。オルカが顔を顰めながら「俺は小間物売りじゃねえぞ」と言いつつ、すぐに荷物から取り出す姿は、見ていてそこそこ面白い。
 コノエに続いて、クオンと並び歩く。ああ、そうだ、とクオンが呟いた。
「おかえり、カバネ」
 いつの日からか、蘇生すると「おかえり」「ただいま」と言い合うようになっていた。二度とこの地に還ることの出来ない、死にぞこないたちが三人。なんという皮肉と不毛さだと、ため息をつきたくなる。それなのに、正直、嫌いじゃない。悪くない。だから、俺も、口を開く。
「ただいま」 

「あ。それとね。今朝キミが飲んだハーブティー、動きを鈍くする作用があるみたいだ。コノエに報告しなきゃね」
「……おい。……やっぱりお前のせいか!!」





■焦るコノエ
「お前、同衾の必要はないのか」
「……はい?」
 とんでもない聞き間違えをしたな、と思った。
 三人での夕餉を終えて、クオンさんが寝室へ戻ったあと、カバネさん……いや、カバネ様と二人で、明日の予定を立てていた。はずだ。つい五秒前に、クオンさんにも畑を耕すの手伝ってもらいますねとかなんとか、言っていたはずなのだ。だからこれは、カバネ様が悪い。あまりにも、突拍子がなさすぎる。いくら部下でも、聞き返すぐらいは許して欲しい。
「すんません、ぜんっぜん分かんなかったッス。もう一回、お願いします」
「同衾だ。共寝。必要ないのか?」
「……ええ〜〜〜……? それって、セックスってことッスか? 俺ら、それしなくなってもう千年ッスけど。なんで今更……」
「だよな。それは、そうなんだ。お前が正しい」
「え?」
 なんだそれ。よく分からない。というか、全然分からない。カバネ様は何かを思い出したのか、苦虫を噛み潰したような顔をして、手元の酒を一気に煽った。酔うことはないので、本当にただの嗜好品だが、三人共が、結構気に入っている味だ。俺も、なんとなく続いて、飲む。クオンさんは、ここ最近やっと飲むようになった。数年前に、地上で分けてもらった酒の味をたいそう気に入ったのが始まりだ。
「……クオン、あいつ、最近一人でも地上に行くようになったろ。俺たちに何も言わずに」
「ああ、そうッスね。まあでも別に死にゃしないし、いいんじゃないッスか?」
 俺の軽口に、カバネ様の表情が険しくなる。怖っ。
 クオンさんが地上に行くことを、カバネ様は全くよしとしていない。クオンさんという人は――元・天子だから当たり前なのだが――非戦闘員であり、今まで誰かを殺したことはおろか、殴ったことすらないような人だ。もし地上で何者かに捕まったら、一人で逃げ出すことは難しいだろう。最悪、身体を両断してもらった方が早いぐらいだ。
 カバネ様的には「そんな奴をわざわざ助けに行かなければいけないと思うと目眩がする」らしいのだが、翻訳すると「危険な目にあって欲しくない」である。助けること前提で話している時点でお察しなわけで、素直じゃないにも程があった。クオンさんも、相変わらずよく分からない言葉を使うし、この二人が今また会話を成立させている事実に、毎度のことながらいたく感動している俺である。
「……まあ、いい。一人で地上に行って、そこからが問題なんだ。地上に行くということは、つまり、クウラやロイエと会話をしている」
「……はあ、まあそうなりますよね。でも、クヴァルやアルムくんとも会話ぐらいするんじゃないッスか。なんでそこの二人だけ名指し……、…………」
 あ。
 俺が察したことを察したカバネ様は、これ以上ないくらい険しい表情で、物々しい雰囲気のままゆっくり頷いた。
「元・天子という立場的に、不浄とされるものを徹底的に避けてこさせられた男だ。ここに持ち帰る文献の中に娯楽要素の強いものは無いし、行為自体は知っていても、それは生殖的な意味でしか受け取っていなかった」
「……うわ〜……。それを、クウラと、ロイエが……」
「………………ふざけるなよ……………………」
 ここまで地を這うような声、この千年で聞いたことがあっただろうか。禍々しいオーラを身に纏いながら、カバネ様は続ける。
「お前、クオンに突然『僕との同衾に興味はあるかい?』って訊かれたら、どうする」
「いや、どうするもこうするも、俺ら、性欲無いじゃないッスか。無いっつーか、消えたっつーか……」
「ああ、そうだな。だが、クオンは違う。最初から知らなかったものを、今、知ったんだ。忘れたどころか、覚えた」
「……考えうる限り最悪のパターンッスね……」
「…………」
 テーブルに両肘を立て、指を組み合わせた場所へ額を置く。カバネ様は、恐ろしく疲れているし、怒っている。しばらくリベリオンは出入り禁止だなと静かに誓った。
「で。カバネ様は、クオンさんに……なんて答えたんスか?」
「興味ないと答えたに決まってるだろう。……ただ」
「た、ただ」
「一日、同じ質問しかされず、恐らく百回目ぐらいで、あまりに鬱陶しくなり……『もういい、分かった』と……」
 話を聞いてもらいたかったのは、分かりますよカバネ様。
 でも明日から、二人をどんな目で見ればいいんすか。
「絶対負けないでください、カバネ様。俺からの一生のお願いッス」
「……すまない、コノエ」
 いや、何謝り!? 諦めないで俺の王様!!


ゆるゆる地下組2本立て