「おまえが来るまでに1時間25分48秒かかった」
 と、テーブルに着く直前に言われ、二人の時間がほんの少しだけ止まった。それから、
「ああ! 学校の先生ごっこか」
 と得心して、構わず了くんの前に座る。
「先生、その待ってる時間、無駄じゃないですか? 本とか読んでればよかったのに」
 せっかくなので生徒としての助言を伝えると、絶句した了くんは多分体感で100回ぐらい舌打ちをした。なかなか素敵なBGMだ。
 テーブルには高級そうな肉が、何枚も何枚もホットプレートの上で焼かれている。焼き終えた肉は別の皿に大量に乗せられ、その全てが黒焦げになっていることに気づいた。
 折角の霜降りが勿体ないとか、焼くの下手すぎとか、完全に当てつけなんだろうなとか。
 思い浮かんだ言葉を全て飲み込み「美味しそうなお肉だね」と言う。
 了くんがバキバキの青筋をこめかみに立てたのを見届け、大正解の回答が出来たこと、僕としては満足だった。
 そんなゴミ、食えるもんなら食ってみろ。みたいな顔をしていたので、冷め切った消し炭を用意されていた(用意したんだな、律儀に。とも思った)皿へと移し、普通に食べた。黒焦げだろうと、肉は肉だ。腹におさめてしまえば同じ。物足りなければ他に食べに行ったっていい。
 君を置いて。
 僕が平気な顔で何枚も何枚も消し炭を食べていくので、了くんの方がゾッとしたみたいだった。
「そんな生ゴミを美味そうに食べるなよ、不気味な奴……」
「じゃあ普通のお肉もちょうだい」
「自分で焼けば?」
「いいの? 自分の分しか焼く気ないから、了くんが食べる肉なくなるけど」
 暗にまともな肉をすべて寄越せと伝えてみると、了くんはトングをテーブルへと叩きつけた。
 ガシャン! と大きな音が空間を引き裂くように鳴り響いて、あーあと思う。
 もう、死ぬほど面倒くさい。帰っていいかなあ、と顔から表情を消すと、苛立ちに震える声で「肉なんて腐るほどある」と言って、了くんはキッチンへと立ち去った。
 癇癪を起こしてみたはいいものの、僕の興味の一切が削がれたことに対し思うところがあったのだろう。以前までだったら、このまま解散の流れだった、確実に。
 了くんは変わった。芸能の神の存在を認めるほどに。
 そう思った瞬間、地獄の階段昇降で味わった足腰の負荷を思い出し、げんなりした。
 実際のところ、了くんがほんのちょっとだけ角が取れたというだけで、あんなのは美談でもなんでもないのだ。お焚き上げは阻止できなかったし。姉鷺さんからの連絡が来るまで、割と生きた心地しなかったし。
「ここのは勝手に焼くよー」
 一応キッチンの方へ声をかけつつ、僕はテーブルに捨てられたトングを手に取った。


 今日という日は。
 忙殺されている僕を見かねて、ŹOOĻの子たちが気を利かせ――移動は自分たちでするし何かあればすぐに連絡するからと――丸一日与えてくれた、貴重な貴重な休みだった。
 だから、折角の休みだし、という理由で既読すらつけていなかった了くんからのラビチャを、気まぐれに読んだ。日付を見ると、およそ二週間前の連絡だった。
『肉がある』
「はあ。だから?」
 と、返事をしなかっただけ褒めてほしい。
 結局、二週間越しに『なんの肉?』とだけ返信した。あ、五文字。了くんより多い文字を打ってしまったことを、ひどく労力をかけてしまったように思った。
 二週間ぶりの今更な返信に、普通であれば返事なんか来ない。しかし、了くんが返信する確率は――驚くべきことに9割を超えていた。
 なにせ、彼は友達がいない。少ない、じゃなくて、いない。友達だと思っていた人は、友達ではなかった。気にはかけてくれても、彼が仲間だったことはついぞ一度もなかったのだ。それは少しだけ、同情するけど。
 例えば仕事か何かでいい肉を、一人ではとても食べ切れたものではない量をもらったとしても。一緒に食べられるラブリーでエンジョイなフレンドはいない。
 だから、友達とは程遠い存在の、けれど昔馴染みというポジションである僕しか、了くんは頼れないのだ。
 その事実があるせいで、気まぐれな、意味の分からないタイミングでの返事でも、了くんはそれを無視することが出来ず、希少部位の名前を羅列しただけの文字を送ることになるのだった。
 そんな彼は自他共に認めるサイコパスらしい。
 ――それは流石に、ちょっと笑えた。

 で。
 送られてきた肉のラインナップがなかなか魅力的だったので、『今から行くね』と連絡し、今に至る。
 彼の職場は現在自宅であり、他の来客が無い限り、いつ行ったって構わないものだと僕は考えている。
 いや別に、来客があったところで、僕には勝手に上がる権利があると思ってるけど。資料だって、こっちの判断でシュレッダーにかけるぐらい、余裕だけど。
 ――真っ直ぐ行けば15分程度で辿り着ける距離に、ええとなんだっけ、1時間25分48秒? ……かかったことに、大した理由はなかった。
 身支度をして、玄関を出る直前。途端に全部面倒臭くなった。それだけだ。
 冷静に考えて、ŹOOĻの子たちが用意してくれたプレゼントみたいなお休みの日に、何が悲しくて了くんと顔を突き合わせ、了くんの家で肉を食べなきゃいけないんだ? という気分になったのだ。
 正直、了くんを知っている誰に話したって「それはそう」「かわいそうに」と同情してもらえると思う。
 無論、僕が無理矢理誘われていて、断れない状況であることが前提だけど。今回はそうではないし、今後もそんな状況生まれない(僕は了くんの誘いなら平気で断る)ので、誰からも同情されないことになる。現実って世知辛い。
 


<続く>

5回に1回の男