「コントロールねえ……」
 突然だが、我が弟は同グループのメンバーとかなりディープな関係にあるらしい。
 自室のベッドの上であぐらをかき、腕を組みながら、オレは長いことうんうん唸っていた。


 以前、弟の一織から明かされた様々な事実の中の一つ。
 一織は陸を『コントロール』していて、陸はそれを了承しているということ。
 裏でIDOLiSH7をプロデュースしていただとか、それをメンバーに黙っていただとかは、一織にも直接伝えた通り、今のオレからすれば受け入れられて当然の話だった。
 けれど、陸との話は別だ。
 あの時は、聞けば聞くほど混沌の渦に巻き込まれる感じがして、脳の大事なところが機能しなくなる前に「きっと悪いことじゃないしまあいいだろ」で片付けてしまった。
 あれから数ヶ月。オレの中では、その問題は片付くどころか肥大化している。
 ……いやだって、「コントロールさせてください」って。
 そんでもって「わかった」って……。
 十七歳と十八歳が喋る内容か? いや二十五歳と二十六歳でも話すかどうか怪しいわ。
 勿論、二人の間でその約束が成立していて、それがお互いを支えているのであれば、第三者が口を出すことでは無い。と思う。陸に聞いた感じ、コントロールの文脈については誤解なく受け入れているようだし、一織に対しても本気の信用を置いているし。
 ……でもオレ、そもそも一織の兄ちゃんなんだよな。
 だからこそ、未だにその言葉に引っかかっているのだ。
 人様の息子さんをコントロール。レバーを握らせて。舵を取らせて。なんかこう、全部が全部、ちょっと……なんか……なんとも言えない……気分になるわけだ。
 兄の分際でいちいち口出しとか、普通に考えて鬱陶しい。それも分かってる。
 更に言えば、一織は両親やオレに対し反抗期的なものは一切なく育ち、むしろオレの方が一織と距離を置いていた時期があったぐらい、ずっとずっと聡明で聞き分けの良い弟でいてくれたのだ。
 そんな出来た弟に、あれこれ言うなんて、本当はしたくない。
 でも、でもさあ……。
 …………陸って、一織の好みど真ん中じゃん。
 ドンピシャどころの話じゃないじゃん。

 そんな相手に、コントロールすることをOKされたら、超がつくほど嬉しくないか?
 もう、全身全霊であなたのことを支えて守って一生一緒にいてみせます、みたいにならないか……?
 なんて、思っちゃうわけだ。一織が聞いたら「そういうんじゃないですから!!」って猛反発しそうだけど。オレはおまえのお兄ちゃんだから、分かっちゃうんだよな。色々と。

 小さい頃からドジっ子にやたら当たりがキツかったから、最初は苦手なタイプなのかなとか思っていたら真逆だった。
 当たりがキツく思えたのは極端なまでに世話を焼いてしまうから。相手が懐くと、それが嬉しくて嬉しくて、照れ隠しでつっけんどんな態度を取り、相手がショックを受ける……というやり取りを、過去に何度か見てきた。
 そこまでは、不器用な弟をあたたかく見守る兄の目線だった、間違いなく。
 うちの弟、一生懸命ないい子なんだよ。だからどうか許してやって。なんて、今思えば弟贔屓全開だったけれど。
 が。オレはある時、気づいてしまったのだ。
 一織が、シュンとしたドジっ子を見つめ――何故か頬を赤く染めていることに。
 更には、ぼそっと一言、「かわいい人だな」と、言っていることに。
 ……え、そういう感じ?
 当時、一織は小学五年生。オレは中学三年生。一織の拗れ方に一番最初に気づいたのは間違いなくオレで、なのに止めることも、触れることすら出来なかった。
 弟の趣味嗜好にいちいち口を出すなんて、兄であっても越権行為だし――というのは完全なる言い訳で、オレはちょっとビビっていたのだ。
 弟に垣間見た、ディープな一面に。

 それから六年。一織の一面――いや、言ってしまえば〝性癖〟に、完璧に合致する人間が現れてしまった。
 それが七瀬陸だ。
 最強のセンター、天真爛漫なザ・弟。ドジエピソードは数知れず、一織のお説教にはすぐにシュンとしてしまう。
 陸の調子がいい時はその後口喧嘩に発展するが、基本的に一回はシュンとするので、その都度一織がときめいている――のを、オレはかなり遠目で見つめていた。見守るというか、見るだけというか。
 マネージャーも最初こそ一織好みの人だったけれど、この一年で鍛え上げられたメンタルによって落ち込む顔を見る機会はぐっと減っていた。そのこと自体は、頼もしいしとても良いことだと思う。
 だが、それ故に、一織の寵愛は陸に注がれっぱなしなのだ。
 コントロール云々の話の際には、そこに愛や友情はあるのかと訊いてしまったけれど。正直、全く別ベクトルで、この二人、なんか「ある」んじゃないか? と思っているのが、現状だ。

 で。話の本題はここからだったりする。
 何も、突然一織と陸のディープさに思いを馳せていたわけではない。オレだって人気アイドルグループのメンバーであるわけで、忙殺される日々だ。少しでも体を休められるなら、それに超したことはない。
 しかし――……ベッドに放り投げていたスマホを手繰り寄せ、ラビチャを開く。
 そこには、陸からオレへの、明らかな誤爆メッセージが届いていた。
『一織、今から部屋行っていい?』
『今日あったこと話したいんだ』
 これだけならまだ、なるほど、日々あったことを報告・共有するのも、信頼の証だよな、なんて思えるレベルだった。
 けれどメッセージには、続きがある。
 陸、頼むから送信先をちゃんと確認してくれ。
『それでね、少し凹んじゃったことがあって』
『今日、一緒に寝てもいい?』
 マジ? だ。オレの第一声。
 マジ? にもなるだろ、これは。
 え、おまえら一緒に寝てんの? 寝るってどこで? 一織の部屋? 陸の部屋? まあどっちかの部屋しかないんだけど。でも、一緒に寝ること、あるか? それを『お願い』すること、あるか……?
 思わず環と壮五にも詳細は伏せつつ訊いてしまったが「普通に狭くね?」「暑そうだよね」と返されて終わった。うん、オレもそう思う。環、デカいしな。
 オレも、大和さんやナギと同じベッドで寝るかっつったら、酔いつぶれてそのまま……なら分かるけど、わざわざメッセージで確認取ってまでは、しない。
 それこそ一織とは今年の誕生日に一緒に寝た。けれど、それはオレたちが兄弟で、昔を懐かしみ〝あの頃の思い出〟をなぞる目的があったからだ。
 凹んじゃうことがあったから、一緒に寝てくれる? とは、全然違う。
 ……いや、うん。二人がいいならさ、オレは全然、いいんだけどさ……?
 そのメッセージが届いてからしばらく、頭を抱えていたオレは、しかしこれ以上の誤爆を受けるわけにも行かず、その旨を素直に伝えることにした。
 これから先の陸の心中を思うと共感性羞恥で死にそうになるが、致し方ない。
『陸、悪い。オレ、兄の方!』
 努めて明るく返してみたものの、その後の陸の返信たるや悲惨の一言だった。
『う』
『え?』
『あ』
『平家!』
 ああ、「平気」って打とうとしたやつ。
『今のぜんぶうそです』
 陸。その一言で真実味が増したよ。
『ごめんなさい、一人で寝ます!』
『いやちゃんと一織に送っとけ!? 待ってるかもしれないし!』
 ってなんでオレは助け舟を出してんだ……!? 待ってるってなんだよ!?
『そっか、そうかも……? ありがとう三月、送っておくね!』
 そこでメッセージは途絶えた。
「……そうかも、ってなるんだ……」
 この絵に描いたような慌てようは、一織宛のメッセージになんらかの含みがあることを示している。
 何の気無しに送ってるなら、わー恥ずかしいごめんな一織に送り直す! ぐらいで済むだろうし。過去にも何度か陸からの誤爆は経験していて、その時のテンションは至って普通だった。
 何より、オレの説得に速攻で乗ったのは、恐らく過去に一緒に寝たことがあるからだ。
「いや、いやいやいや…………」
 考えすぎ、考えすぎ。二人のちょっとディープな関係にビビってしまって、想像が斜め上に及んでいるだけ。全部が全部意味のあることだなんて、思っちゃいけない。
 あの二人はきっと、ちょっとだけ特殊な形ではあるが、健康的な関係を築いているハズ――……。


 と、改めて自分に言い聞かせたのが、昨日の話だった。
 ミスター下岡さんのラジオ収録にお呼ばれしたオレは、現場が物凄く楽しかったこと、その上で収録が巻きで終わったことにかなり機嫌を良くしていた。明るいうちからのオフは最近では珍しく、人が少ない時間帯というのもあって、寮近くのスーパーに立ち寄り大量に買い出しをした。
 今日は寸胴鍋いっぱいにカレーでも作ろう、と寮へ帰宅し「ただいま!」と真っ直ぐリビングに向かったところ、――ドアの窓越しに、一織と陸がソファに並んで座っているのが見えた。
 ああ、今日は土曜だし。二人揃ってオフなんだっけか。
 と、呑気に捉えていた自分を、ちょっと恨みたい。オレに、一織ほどの危険察知能力があれば、もしかすれば回避出来たアクシデントかもしれないのに。主に見なかったフリをする、という意味で。

 二人は、キスをしていた。完全に。
 ドサッ、と両手いっぱいの荷物が床に落ちる。

 ――いやオレの「ただいま」で気付けよ!!!!!!!!

 と絶叫しかけて、ギリギリのところで飲み込む。
 ドア越しなので、オレの存在はまだバレていない。バレてはないけど、おまえたちのそれはもうバレバレなわけで。
 いやでも『まつ毛についてたゴミ取っただけですよ』パターンかもしれないしな、と改めてそちらを見ると、数秒見つめ合ってから、もう一度キスしていた。
 いや本当にどうした?
 一番コントロールすべき衝動を一切制御出来ていないのは、青少年のあるべき姿なのかもしれないけど。らしくない。らしくなさすぎるぞ一織。オレは自分の顔から色が無くなっていることに気づいた。
 正直オレからしたら仔猫のじゃれ合いにしか見えないし、盗み見なんて悪趣味だからやめたい。しかし、例えばこれ〝以上〟のことをおっぱじめようもんなら流石に止めなきゃいけないので、オレは限界まで目を細めて二人を注視するしかなかった。
 かんっぜんに、唇と唇、くっつけてたな。あいつら……。
 寮に監視カメラがついていなくてよかった、と心底ホッとする。いやなんでオレが安心しなきゃなんねーんだ。
 でもほら、オレならともかく、他のメンバーにバレるのはちょっとこう、微妙じゃん……?
 環は「へー、仲良しいいじゃん」ぐらいかもしれないけど、ナギは「私は女性とのハグ&キスを愛していますので、お二人の期待に応えられずSORRY……」と勝手に二人を振りそうだし。壮五は大慌てで赤飯十号炊いた挙げ句テンションが変な方向に振り切れて『会見はいつ行おうか?』とか言いかねないし。
 大和さんは、……どうすればいいのか分かんなくて、暫く腫れ物扱いすること前提で目が泳ぎまくりになるだろうし……。
 むしろ、メンバーの中で恋愛ごとに一番厳しそうなのが一織であることは間違いなく、そう思うと全員が二人を祝福しそうな気配すらあるけど。どちらかと言うと知られてしまった側に、支障が出そうっちゃ出そうだ。
 そんな想像を膨らませつつ全身から汗を吹き出していると、背後から「たっだいまー」と気の抜けた声が聞こえた。
 大和さんである。
 そういえば、スケジュールボードには「早朝ロケ・午後戻り」って書いてあった気がする。
 それなのにリビングであんなことするなんて、一織おまえ、マジでどうした。そんなヘマするタイプじゃないだろ。
 恋は人を変えるって、こういうことなのか!?
 ――いや。一織がまさか、オレたちのスケジュールを把握してないわけがない。
 であるなら、そんな気なかったのに陸にお願いされて、限界まで抵抗したけど抗えなかったパターン……? 陸の元々持つ魅力に加え、惚れた欲目で更に可愛く見えてしまっている現状、世界で一番好みの人間にお願いされて打つ手なし。そんなこんなで今に至るとか?
 弟の葛藤と、打ち負けてしまった弱さと、普通に男子高校生なりの色々。
 それは想像に難くなく、だからこそ複雑な気持ちにもなる。
 いや、こんなこと実の兄に想像されてんの、マジで耐えられないだろうから墓まで持っていくけども。
 そして例に漏れず、大和さんの声もリビングの二人には届いていなかった。冷静に考えて、この扉自体防音性能が高すぎる。買い替えを検討するレベルだ。
 幸い未だキス止まりではあるが、それだけでも大和さんが見たら卒倒する。おっさんに突然刺激の強いものを食わせたら、罪に問われるのは若者だ。
 一織、陸、気づけ、気づいてくれ……! 乳繰り合ってる場合じゃないってことに……!!
 そうこうしているうちにスタスタとスリッパが床を蹴る音が聞こえ始める。二人は気づかない。足音は容赦なく近づく。
 覚悟を決めたオレは大和さんの方へと振り向き、腹いっぱいに空気を取り込んで――渾身の「ぎゃー!!!!!!!!」をお見舞いした。数メートル先まで来ていた大和さんが、「きゃー!!!???」と共鳴する。
 いやなんでッ?
「なっ、なになになにミツじゃん驚かせんなよ!!」
「あー、その、大和さんそこ、そこにGが!!」
「G!? マママママジで!? 今まで一回も見たことなかったのに!?」
「あっほらそこそこ、足元!!」
「いや無理無理マジで無理本当に無理!!」
 架空のGとオレたちがどったんばったんしていると、リビングの扉が開き「何をしてるんですか?」と呆れた声が飛んできた。
 振り返れば、そこには澄ました顔の一織が立っている。一織越しにチラリと見えた陸は、ソファに座ったまま、ちょっと顔が赤いかな、ぐらいの顔色で目を真ん丸にこちらを見ていた。
 勝手に激しく気まずくなり、今出来る一番の困り笑顔で「Gが出ちゃって……」と伝えた。我ながら、かなりスマートだ。演技力、上がってて良かった。
 その日、寮は架空のG殲滅の為、バルサンを焚くこととなる。
 寸胴鍋カレーの夢は潰え、珍しく全員で外食となった。まあ、安いファミレス飯だって、みんなで食えばなんでも美味い。領収書を切りつつ、帰りがけにコンビニに寄った。
 大和さん、巻き込んでマジでごめん。二人の代わりに心の中で謝罪し、ビールをしこたま買い込んでやった。
「ヤケ酒用かなにかか?」
「いや、これは大和さんの分」
「えっ、うそ。なんで? 嬉しいけど」
「慰謝料……?」
「なんの???」
 ちなみにこの嘘、墓まで持っていく。
 オレの墓、いつかパンクしちゃわねえかな。



<続く>

兄の分際