不織布のカバーに包まれたコートを見て、最初に思ったのは「やってしまった」だった。
次いで「申し訳ない」
最後に「有難う」
――本当に、クソだな。順番が、逆だろ?
身体に合わない酒を飲んだせいか、シチュエーションのせいか、あるいはそのどちらもか。ここ二日ほど、頭が使い物にならなかった。その間に案の定バイトはクビになり、吐き気も止まらず、モモくんが居ない隙に、胃液を何度か吐いた。明らかに調子の悪い僕を前にして、不安そうにするモモくんに、ただ情けなさが募る。もはや視界に入るのも苦しく、モモくんが出かけるまでの間は、布団の中から「いってらっしゃい」を言うことしか出来なかった。
きっと、モモくんは、呆れていただろう。
だって、あのコートからは、香水の匂いがした筈だ。僕が香水をつけないことは既知だろうし、だとすれば、僕が外で拾ってきた匂いでしかなく――それに気づかないモモくんでは、ない。
家にいれば曲は作れず、外に出ればバイトはクビになって――挙げ句女を引っ掛けている男。そう思われても、一つも言い訳出来なかった。違う、と否定したところで、自分の役立たずぶりが変わるわけでもない。むしろ、全く訊かれていないことが、モモくんの諦念を物語っているようだった。最悪なことを言ってしまえば、いっそのこと、責めて欲しかった。そしたら、謝れる。
――外をほっつき歩いて何をしてるかと思えば、女とデートですか。オレは死ぬ気で働いてるのに、いいご身分ですね。酷いよ、ユキさん――
……あり得ない。絶対に、言わない。確信があるから、こんな最低な妄想が出来る。実際のモモくんは、僕が「何も訊かないの?」と問いかければ、戸惑うように視線を彷徨わせて、眉をハの字にして笑うだけだ。
それは、君と僕は対等であると、僕だけが思っている証拠だった。
壁にかかっているコートを手に取り、不織布のカバーを外す。このコートも、バンド時代に貢がれたものだ。万によれば「お前の年齢で着ちゃいけないやつ」――クリーニング代だって、バカにならなかっただろう。
こんなもの、捨てたい。捨てられない。君の善意を、なかったことには出来ない。
モモくんが帰ってきたら、一番に言おう。もう順番は間違えない。助かったよ。いつも本当に、有難う。