1000-022

「うわっ、やばい。ガス止まった」
「へ?」
 先に言っておく。今日は、久々のお泊りだったのだ。
 ユキが腕によりをかけてオレの好物フルコースを用意してくれている最中のことだった。
 正直、言葉の意味が分からなかった。だって今のユキは、あの頃みたいな貧乏暮らしではなく、ハイパーウルトラ高級マンションにて一人暮らしを堪能しているトップアイドル・Re:valeの千である。
「……あ、コンロ壊れたとか? だからIHにした方がいいって言ったのに!」
「IHは火加減の調整が難しいんだって。コンロも壊れてない。僕が、支払いを忘れた」
「は!? クレカ払いにしてないの!?」
「この前カードを変えて、変更依頼を出すのを忘れた。確か二ヶ月前。そうだった、ガスが先だよな……電気は、暫く持つ……」
「あ〜……そうだったね。あの頃、オレたち何度止めたらわかんなかったよね。水風呂の中であまりの冷たさに抱きしめ合ったことを昨日のように思い出すよ……」
「ふふ、懐かしいね」
 こういう時、全く動揺しないでいられるのは、長いこと貧乏暮らしをしてきたお陰だった。真冬に水で洗い物をして、油汚れの落ちにくさに泣き、真夏にエアコンがつかず、ウン年ぶりに訪れた図書館で半日粘り。そういった経験の全てが、今のオレたちの素になっている。
 久々のお泊りで、ユキのフルコースは食べることが叶わず、お風呂にも入れない。これは由々しき事態なんだけれど、幸い明日も、なんと明後日もお休みのオレたちだ。
 それって即ち、最強と言える。
 ソファから立ち上がり、山積みになっている書類から見覚えのある振込書をさっと引き抜いた。これで、ガス代払いにコンビニ行って、すぐに電話連絡すれば明日には復旧だ。キッチンのユキに「行こ!」と声をかけて、ユキも「そうね」とエプロンを外す。ポニーテールを下ろすその瞬間が好き。
 あの頃とは違う、床暖房完備の廊下を二人並んで歩き、玄関で靴を引っ掛けた。どこか、ワクワクしている自分がいて、ユキもきっと、同じ気持ちだ。
「……百年ぶりに、サイゼとか?」
「いいね。お店にあるワインの在庫、空にしよう」
「OK。釣りはいらないって、大金置いて逃げちゃおう!」