君の愛は重く、その事実が僕を心底喜ばせている事を、他ならぬ君は知らない。
君だけが知らない。不思議と。
僕らの周りにいる人間全員が、理解しているというのに。
君のそういうところが愉快だった。惹かれる要素の一つでもある。それはしかし、たかだか一つだ。
しょうもない、くだらない会話を好むのは、端々に滲む愛を誤魔化す為だ。
例えば、よく僕の家の話をする。君しか知らないような、カーテンの色を変え、包丁を研ぎ、スリッパを新調した。そんなような話。脚色を交えて、面白おかしく、みんなに聞こえるように、声を張る。
少しわざとらしい声が、餌を求める猫のようで好ましかった。
当然のように、誰かが羨む。君は途端に、いいでしょう、と笑う。悪い顔だった。可愛い顔だった。僕はその顔を、もっと見せて欲しいと願う。
そのくせ、自分の卑しさを理解しているところが、君を余計に〝ひね〟させるのだ。僕には、全く、理解外だった。
君は落ち込んで、もう二度とあんなことはしないと、内省する。内省は、その時だけは真実になる。けれど君はまた、繰り返す。内省する。また繰り返す。泣きそうな顔をしながら。
僕はけれど嬉しかった。
君がくだらないと唾棄しようと、その卑しく、小賢しく、どうしようもない愛の発露が愛おしい。他ならぬ僕がよろこびを感じているのだから、君はずっと、そう在るべきだ。
そう思わないか?
思わないなら、やり直しだろう。僕のことを、何も理解していないに等しいのだから。
君は、君の愛の形がどれだけ歪でも、それを認めるほかないのだ。綺麗に作り変えようとしても、無駄だ。
何故なら君は、僕を想い、慕い、憂い、哀れみ、強く求め、独り占めしたいと喚き、誰よりも愛している。もう、変えられない。
だってもう、ここまで来てしまった。僕らは僕らでしか在れないということだ。君が変わりたくても変われないことに、安堵さえする。
モモ。おまえの形づくる全てを愛しているよ。
分かってくれるまで、繰り返し繰り返し、ささやくよ。