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 ユキさんが電車に乗っている。しかも、地下鉄。この湿っぽい空気にユキさんはちっとも似合わなくて、車内の清涼剤になってしまっていることを憂いた。
 みんな、おっかなびくりといった感じでユキさんを見ては、視線を外して、やっぱり見てる。ユキさん、これに今まで気づいてなかったの、ヤバいと思います。
 あーあ。これじゃあユキさんの無駄遣いだ。もっとこう、代官山とか、目黒とか、そういう場所のお洒落なカフェスタンドで一休みとかしていて欲しい。移動も、地下鉄じゃなくて、フェラーリとかマクラーレンとか、外車を軽く乗り回していてほしいのにな。オレの采配のせいで、ユキさんは貧乏暮らしを余儀なくされていて、そんなの夢のまた夢だ。勿論、夢で終わらせる気はないんだけど。
 服を買いに行くのに、電車を乗り継いで。そんなのって、ユキさんがすべきことではない。いつもみたく、オレ一人で行くべきだ。言いくるめられるべきじゃなかった。
 下赤塚まで赴いて、底値になっている古着を物色するのが、最近のオレの定番だ。オレはタイトな服がそんなに好きじゃないから、自分の体型よりひと回りもふた回りも大きい服を買う。ワンピースみたいになったって、別によかった。それで外に行くわけでもなし、ユキさんの前でしか着ることもない。
 なのにユキさんは、オレが肩を出せば直すし、腹を出せばしまう。オレのことなんて、気にしなくていいのに。ユキさん。オレ、あなたよりよっぽど丈夫で、体力もあります。ちょっと痩せたのは、運動量が増えただけ。それだけなんですよ。どれだけ説明しても、全然言うことを聞いてくれなくて、実はちょっと困ってる。
「モモくん。降りるよ」
「えっ、あっ」
 なんて考えているうちに、電車は目的地に到着していた。既に立ち上がっていたユキさんを追い掛けるように、慌てて立ち上がる。ユキさんの細く長い指が、オレの手を取ってぐっと引いてくれる。ダンッ、とホームに一歩強く踏み出し、それからすぐ、背後で扉が閉まる音がした。
「……間一髪だったね」
 平日の昼時。人気の少ない駅のホームで、ユキさんはオレの手を取ったまま、離さない。さっきまで、車内の視線を一身に集めていた人が、オレだけを見ている。
「あれ? 僕がモモくんを助けちゃったね」
 いたずらっぽく、けれど満足気に笑う。
 ほらね。僕と一緒にいるべきでしょ。とでも言うように。